彼岸晴れ

「一言だけでも否定してくれたら釈放するんだけどね」

「曇さんはあいつが幻灰だとは思わないのか?」

「滝が違うと言ったからね」



 東西南北に配される内の一つ、東屯所内にて。

 滝を絃の見張りとして置いたまま、隣室で畳の上に座り、向かい合う曇と貴。だんまりを決め込んでいる絃をこれからどうするか、決めかねていた。

 直接相対した滝が違うと断定しているのだ。やる気はないが、洞察力は一流である。幻灰と絃の所作の違いに気付いたのだろう。



(しかし、娘が一流の忍びや武人であったなら、話は別だがな)



 曇は形だけの任意同行だと思っているが、貴は違った。幻灰の件でも、幻灰の件とは別にしても、閑雲出身である絃に話を聴いてみたいとは思っていた。

 無論、上からの指示も関係なく。



 怪しきは罰せよ。神に罰せられた村の者なら尚の事。

 上からの指示。誰からも、職も不明。とにかく、上の者から。




 国王を頂点と据えた三つ葉国の職制は以下である。

 司法、立法、行政を司る大老が一人。

 大老を補佐する五人の老中は文官と武官で構成されており、司法、立法、行政を司る。

老中が担当するのが、大番頭おおばんがしら大芽月おおめつき、四つの町奉行、勘定奉行、勘定吟味役、城代じょうだい



 大番頭とは武官の長であり、部下に持つ番頭、日付盗賊改ともども、司法を司る。

 大芽月は文官で、大番頭以下武官に限定される監察、監査を担っている。

 文官が所属する四つの奉行所とは、首都の東風奉行所、準首都の雷風らいぷう奉行所、禾風かふう奉行所、空風からかぜ奉行所を示しており、所長しょちょう与力よりきと呼ばれる文官が、官吏ではない同心どうしんの協力を得て、それぞれの都市の行政、司法を司る。

 勘定奉行とは文官で、租税徴収、国の財政の管理を担っている。

 勘定吟味役とは文官で、勘定奉行所の監察、監査を担っている。

 城代とは武官であり、城の守衛を担い、捕縛権を持つ。



 老中それぞれを補佐する三人の若年寄わかどしよりは文官と武官で構成されており、老中の許可を得ずとも、直属の部下である芽月めつきに独自に監察してもらう事は可能。


 

 加えて、今は四人いる国王の子には、女性だったら妹月せのつき、男性だったら弟月てのつきと呼ぶ直属の補佐役がつく。



 日付盗賊改である曇たちに直接命じられるのは大番頭及び番頭なのだが、国に仕える官吏としては、下っ端も下っ端。与力と同心を除き、今まで列挙してきた官吏であれば、誰でも命じる事はできる。




「それにしても。官吏の中でこんな文句を言う輩がいるなんてね」



 口頭での命令。忍びを使っているので、誰からの命かを探る事も難しい。

 間違ってはいけない上に、何か手がかりがあるのではと筆を取って書き記した紙は今、二人の間に置かれている。


 神に罰せられた村の者。


 一点に注がれるのはその一文。

 今まで原因不明の病が広まり、神によって治癒及び断絶された村は、閑雲を含めれば、五つ。都市が二つ、準都市が一つずつであるが、これらの村に対して、まことしやかに噂が流されていた。


 国に害を及ぼす企みを持っていた。故に、実行される前に神が病を広めて罪を認識したら治癒を施す。村を奪うのは、罰である。



「莫迦莫迦しいにも程がある」


 憤慨する貴に、曇はそうだねと同意した。


「でも噂を消し去る事なんてできないし、各々が考えるしかないんだけどね」



 曇は立ち上がり、急須に茶葉を入れ、お湯ポットからお湯を注ぎ、少々時間を置いてから、専用の湯呑それぞれにお茶を淹れて、まずは貴に渡し、お盆に滝と絃の分を載せて、この部屋を後にした。

 貴は熱湯をものともせずに一気に飲み干してから、曇の後を追った。



 お茶の味はきちんとした。









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