第6話鞍馬山にて、鞍馬天狗現れる

「着いたぞ、ここが鞍馬山の本堂だ」

 牛若は涼しい顔で、目の前にそびえる巨大な寺院を見上げて言った。

 一方、俺はというと……

「はっ、はぁっ! はぁっ……お、お前、鞍馬山まで来るなら、先にそう言えよ! つか、どんだけ走らせるんだよ! 現代人なめんなよ!」

 息も絶え絶えに、俺は牛若に反論した。

 俺の反論も当然だ。ここは鞍馬山の山頂で、標高は五〇〇メートルを超える。その山道を走り抜けただけでも大変だというのに、実はこの鞍馬山。京都の清水寺から十五キロ以上も離れているのだ。……走破できただけでも俺を褒めろよこの女。

 しかし、へばって膝に手をつく俺とは違い、牛若はケロッとして自分の髪を撫でる。

「お前、強い割に意気地がないな。この程度、いつものわたしなら半刻で行くぞ?」

「だから! お前ら古代人と一緒にすんな! こちとら、来るときはいつも車だっての!」

「車? ああ、牛車のことか。お前、貴族だったのか?」

 こてんと首をかしげる牛若。もう、いいや。一々説明するのがしんどい。

「まあ、何かは知らんが、もう少し歩くぞ」

 そう言うと、牛若は荘厳な鞍馬山の本堂には入らず、裏手に回ろうとする。

「ちょ、ちょっと待てよ! まだ行くのかよ!」

「無論だ。ここでは人目が気になる。裏から細道を使って、『魔王尊の影向』に行く」

 それだけを告げると、牛若はそそくさと寺の裏手に姿を消した。

 ここまで走ってきた疲労感と、勝手に走って行ってしまう牛若に、ついに俺は切れた。

「ああもう! 分かった! 分かったよ! 行けばいいんだろ行けばァ!」

 もう、ここまで来たら自棄だ。どこまででも行ってやらぁ!

 俺も牛若の後を追って本堂の裏手に回り込む。そして、その裏にある細道を下っていく。

 やがて深い谷のようなところに出ると、妙にデカく、異様な存在感を醸し出す千本杉があった。牛若はその千本杉の前で立ち止まった。

 天空に広がるように伸びる枝。その気になれば、木の上に大きな家を建てられそうなほど立派な杉の木だ。もしかして、これが『魔王尊の影向』だろうか。

 その下に立った牛若は、その杉に自分の白くて綺麗な手を置いた。

「……出てこい。話がある」

 呟くように牛若が言うと、千年杉の枝や葉が、風も無いのにざわざわと揺れた。

『……丁度よい。こちらも話があります。牛若丸』

 ハスキーボイスが、揺れる千本杉の中から木霊した。

 木の葉が揺れる中、木の上から一人の老人が下りてきた。

 細い、枯れ枝のような老人だった。しかし、その老人の眼だけは異様に鋭い。まるで、シベリアンハスキーのような青い目をしている。

 牛若は、その老人がやって来ると俺に向き直った。

「紹介する。わたしの兵法の師匠、鞍馬天狗こと鬼一法眼だ」

「鬼一法眼と申す」

「あ、ああ。俺は――」

「言われなくても存じております。その荒珠を見れば、あの僧兵がお主に何を託したのかが分かる故」

 鬼一は、形だけの笑顔を作って言った。

「あんた、あのおっさんと知り合いなのか?」

「ええ。そして、この牛若丸に試練を課し、清水に巣くう悪鬼を懲らしめよと命じたのも、この鬼一でございまする」

「あんたが黒幕だったのか」

「はい。しかし、本来はそれもあの僧兵がするべき仕事でございました。それが出来ぬと分かったあやつは、あなたを召喚し、この牛若丸の下へ送ったのでしょう」

 どういうことだ。あの弁慶とこの鞍馬天狗がグルだったってことか?

「私たちの目的は唯一つ。この牛若丸を強く育てることでございます。それが、先の源氏の棟梁より仰せつかった我が使命でございます」

 鬼一は続ける。

「私は、未来を予言できるあの僧兵と手を組み、牛若に試練を与えて己の使命を告げようと画策しておりました。しかし、それは叶いませんでした。存在しないはずの平氏の武士が現れ、あの僧兵を殺してしまったからです」

 鬼一は、憂いの視線を俺の『弁慶』Tシャツに向けた。

「……あの僧兵曰く、牛若丸は時代を動かす英雄となるとのこと。ここでこの子を死なせるわけにはいきませぬ。源氏の血を、絶やしてはなりませぬ」

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