03

 もともと、この世界の人間ではなかった。


 気付いたら、路上に一人。立っていて。服のポケットのなかには、お金のはいったクレジットカードと、パスポートが入っていて。それで、自分の名前を知った。


 連妥れだ端乢はしたわ。それが、自分の名前。


 ばかみたいな名前だなと思った。逆から読むと、わたしはだれ。それだけ。アナグラムにすら、なっていない。


 じっとしていたら、おなかがすいてきたので。近くのファミレスに入って、なんとなくごはんにしようと思った。そのときに、彼と出会った。


 今でも覚えてる。

 なんとなく座って、なんとなくメニューを眺めていたら、向かい側から、おい、って言われて。それではじめて、人がいるのに気付いて。あ、いたんですか。空気薄くてわかんなかったですって言ったら、彼は笑いながら、そのファミレスの美味しいメニューを教えてくれた。


 覚えてる。美味しく食べてるわたしに向かって、これで空気薄い人間じゃなくなったでしょって言って、笑っていた。


 住む家がなかったので、彼の家に泊まった。泊まる前に彼が色々なところに電話して、不思議がっていたのも覚えている。

 おまえ、登記上は存在してるけど、足取りがないな。幽霊かよ。そう言っていた。


 たぶん、幽霊みたいな感じ。わたしは、幻想的な部分から、ここにきた。


 そして、彼と暮らした。

 彼はやさしくて。わたしは、彼のことが好きだった。仕事のとき以外は、いつも、一緒にいた。


 でも。


 暮らしはじめて、数年経って。


 ニュースで、失踪者が増えているというのを見てから。


 自分が、ここにいちゃいけない人間なんだって、なんとなく、思った。


 きっと、わたしがここに来たから。幻想とここが繋がってしまったから。


 ここにいたくないと思った人が、幻想のなかに消えてしまう。いなくなってしまう。


 戻らなくちゃ。幻想に。


 そう思っても、彼とは。彼との生活からは、離れがたかった。

 ずっと、彼と一緒にいたい。できるのなら、彼のそばに。ふたりでいたい。


 そう思っても。

 失踪者は、増えるばかりだった。


 その日。


 彼と、いつものように抱き合って眠る前に。


「わたし。幻想に行かなくちゃ」


 それだけを。


 伝えた。


 彼は、何か店の名前だと思ったかもしれない。


 それが、自分のできる、せいいっぱいだった。

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