1-4

「ごめん、マスター」

「カオルちゃん遅かったね」

「また、ネット通販にハマってた」

「そんなところかな」

 カオルはコートを脱いで、カウンターの中に入っていく。

 カウンターの常連客はミキちゃんが相手をしていた。

「そういえばさっきまでカオルちゃんを待っていた人がいたよ」

 常連客の一人がカオルに声をかける。

「誰だろう」

「カップルで来てたみたい」

「あたしも今来たばかりだから」ミキちゃんがカオルに言う。

「さみしかったよ。マスターだけでさ」

「はじめてのお客さん」

「そうだね」マスターが答える。

「女のほうは機嫌悪そうだったな」

「男はもう少し待っていたかったのかも」

「カオルちゃんに会いたかったら、カップルで来ることもないのに」

「そうだね」カオルは少し考え込んでいる。

「ねえ、やっぱりそうだった」

 きれいなピンク色をしたロゼを飲みながらカスミはヒロにきいた。

「多分ね。あの時の人だよ」

「マスターはヒロ君のことわかったかな」

「どうだろう」

「なかなかおしゃれな店だよね、ここ」

 ホテルの近くにあるワインバー。大通りから一本入った路地にひっそりと佇んでいた。ディキシーランド・ジャズがかかっていた店を出たあと、カスミが見つけたこの店に入った。

 二人の前のカウンターにはサーモンのカルパッチョとチーズの盛り合わせが置かれている。

「アイリッシュ・パブに行きたかったんじゃなかったの」

「そうだけど、ここもいいでしょ」

「渋いよね、ジュディ・シルなんて」

「あたしこの感じ好き」

「もう少しギター練習しないとね。コード・ストロークだけじゃ」

「そうだね。がんばる」

「バシュティ・バニアンに似てない」

「そうだね。同じ系列だけど、この人はアメリカの人だから」

「バシュティはイギリスだよね」

「そう。英国人」

 ヒロはポケットからジッポーを取り出した。

「タバコはやめたんじゃなかった」

「さっきの店で、これを出せばよかったかなって」

「そうか。ライター貸してあげたんだよね、あの時」

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