第38話 隠し玉

 観客席近辺の壁を走り回りながら、あのクソ目立つ虹色ツーブロックを探す。

 これだけ人が多くても、案外簡単に見つかった。近付いて声を掛ける。


「《ヤバB》、お前もう武器を投げ込んだか?」

「まだだけど……わざわざ探しに来たってことは何かリクエストでもあるのかい?」

「刀を鞘ごと。長さは問わない。鞘がどこにも落ちてないから予備の武器を持てなくて困っている」


 俺のリクエストを聞き終えたデニールは、ここにきて何故か困ったような表情を作った。


「刀は一応あるよ。でも、ミラもランマルもスワローテイルも大事な顧客だから、誰か一人に肩入れするのは不公平な感じがして、投げるかどうか悩んでるんだよね……」


 近くから投げ込まれる武器を避けながら答える。


「うちのギルドじゃ、こういうのは先着順ってことになっている。つーか、この程度でキレるほどアイツらは装備にこだわってないだろ」

「あー、何となく分かる気がする。じゃあ、これ。長さを問わないって言ったから、あえて短いやつね」


 投げられた刀をキャッチする。

 柄まで含めても、俺の肩から指先ぐらいの長さしかない。


「銘は《キュービット》だよ。古代の長さの単位だね」

「ありがてぇ。ちょっとアイツの首刈ってくる」


 刀を腰に差しながら、フィールドに戻る準備を整える。

 投げ込まれた武器の中から、普段使っている刀に近いものを拾いながら地上……というより、幾多もの武器で構成された足場と表した方が正しそうな場所に戻る。


 そこではランマルとスワローテイルが既に戦っていた。

 ランマルが振るう武器を、スワローテイルが手で器用に捌いている。

 ようやく追いついた俺も二人の戦いに遠慮なく割り込んでいく。


「行くぞ、スワローテイル。ここからが本番だ」

「ちょっと本番に入るのが遅いかな? ランマルもそう思うよね?」

「せやな! てか、その腰の刀何なん?」

「《ヤバB》から貰ったやつだ」


 二人から軽いブーイングが出たものの、戦闘だけは滞りなく続いた。

 拳と蹴りが混ざった攻撃をランマルは淡々と捌き続ける。

 多少危ない攻撃が来ても、《神の見えざる手》によって軽々と流す。


 ランマルの攻撃は、スワローテイルの技量と《ヤバB》渾身の防具で受け流されていた。

 剣による攻撃を籠手やブーツだけで受け流すなんて、相当な技術と度胸が無ければ出来ない。

 今でこそ完全にAIだが、スワローテイルは現役の時からこのスタイルだったのだ。そこには敬意を表するに値するものがある。


 無限に続くかと思われる攻防の中でスワローテイルに質問をぶつける。


「なあ。お前は《WHO》についてどう思っているんだ?」


 口の端を吊り上げ、


「命を捧げるに足る名作。俗っぽくいえば、神ゲー。……ランマルもそう思うでしょ?」

「ウチはそこまでの信者にはなれへんかったけど、スペック的にも話題性的にもゲーム史に残るであろう名作ではあったと思うで」


 攻撃の手を緩めないまま、今度は向こうから同じ質問が返された。


「ミラはそう思ってない、と?」

「ああ。どうせアイギスもまだ成仏してないんだろ?」

「うん。退場しているだけだから、この会話もどこかで聞いていると思うよ」

「なら、聞こえるように言ってやる。アレは紛れもなくだ」


 スワローテイルとランマルが同時に苦笑した。

 だが、動きは止まらない。


「あのゲームをクリアした奴なんて、実質的にはヘイズとハルナとアイギスとお前ぐらいだろ。他の連中は、勝手にサービス終了されただけだ。んなもんクソゲー以外の何物でもないだろ?」

「そういう見方もあるかもしれないね。でも、あの時点でもうゲームから解放されたいと考えていた人も多いってことはミラも体感していたでしょ? 世の中には未完の大作も結構あるわけだし、あそこで終わって正解だったのかもしれないよ」


 振ってくる武器を避けながら、言葉と剣戟を交わし続ける。


「ハッ。そういう連中はあのゲームがデスゲームになった時からゴマンといたぜ。つーか、やめたいと思っている人が大勢いる時点で、そのゲームはクソゲーなんじゃねぇの?」

「あっはは、語るに落ちるってやつか。アイギスも苦笑いしているだろうね。でも、そんなクソゲーを何年もやっていた割には楽しそうじゃないか」

「は? 面白いクソゲーだってあるだろ」

「ツンデレだねぇ」

「ただまあ、アレだ。そのクソゲーが新しい神ゲーに移植されて、かつて見ることが出来なかった景色に挑戦できるようになるってのなら、俺は当然それを希望する。だからお前たちを倒しにきた」


 スワローテイルは暫く無言のまま手足を振るった。不意に口を開く。


「……そんな単純な理由のためだけにここまでするのかい?」

「そらまあそれだけやないとは思うけど、簡単には言語化できへんのやろ。せやけど、結局のところ、ウチらが戦うのに複雑な理由とか必要ないんとちゃう?」

「うーん、かもね。じゃあ、こっちも今だけは難しいことを考えずにバトルに集中させてもらうね!」


 大技をぶつけあって、全員が吹き飛ぶ。

 これで仕切り直しだ。


「やっぱり、見慣れた技同士をぶつけあってもちゃんと対処されますねぇ」

「《神の見えざる手》すら決め手にならへんからねぇ」

「しかも、正確性ならAIとなった相手の方が上と来たか。キリがないんじゃないか?」


 ヘラヘラと笑い合う。

 どこまで出来るのか、とことんまで戦ってやろうという意思がまだ全員に残っている。


「でもまあ、観客的には延々と続きそうな試合って嫌ですよね?」


 スワローテイルのニヤついた顔に、嫌な予感がした。

 それはランマルも同じらしい。


「何か隠し玉でもあるんか?」

「全く隠してはいませんが、隠し玉と呼べるようなものはありますよ~」


 しかしながら、言葉とは裏腹に、一向に何かを仕掛ける素振りを見せない。

 俺とランマルの攻撃を楽しそうに拳で捌き続けている。

 挟み撃ちになるのを避けるために、常に移動しながらだ。

 壁の近くまで追い込まれたスワローテイルが、やけに勢いのある方向転換を行った。


「ランマル! アイツ、何か拾ったぞ!」


 俺が気付いた時には既に手遅れで、ダメージを受けたランマルが吹き飛んでいた。

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