第36話 祭の合図

 手早く回復しつつ、スワローテイルの方に歩み寄る。タバコを咥えながらランマルも近くに歩いてきた。


「ほら、アンタで最後やで。でも、まさかこの期に及んでチート使うとか言わんやろなぁ? ウチら善良な普通のプレイヤーやねん。この前〈チートで《ゴースト・アリーナ》に行ったらそれ以上のチートでボコボコにされたwww〉とかいう動画見てドン引きしたで。アレに出てたのは他のAIやったけど、チート付けてあげたのはアンタやろ? ああいうのやられたら正直勝ち目ないねん」


 スワローテイルはランマルの言葉に何度か頷いて、観客に向かってアナウンスを始めた。


「さて、《WHO》クリアから半年、奇しくも今年の復活祭と同時に始まった《YDD》期間限定イベント《ゴースト・アリーナ》もいよいよ大詰め! 残すところ敵は私――《運営が最も恐れた女》、《脱獄王》、《拳王》、《ガチのチート使い》等の様々な異名で恐れられたスワローテイルだけとなりました!」


 観客席の方にマイクを向けながら、


「しかし皆さん、このまま最後の試合を眺めるだけではつまらないでしょう?」


 マイクを向けられた観客たちは少しざわつき、次第に、


「確かにそうだ!」

「このままじゃ終われねぇ!」


 等と叫び始めた。

 まるで、そう言うように規定されていたかのように。


「そう、時代が時代ですから、ゲームのイベントにはライヴ感や参加者体験型であることなどが求められているのです。この観客席にいる皆さんは恐らく、一度は《ゴースト・アリーナ》に挑戦し、そして敗れて行ったことでしょう。そこで、私はそんな皆様にもう一度だけチャンスを与えようと思うのです」


 観客席から歓声が飛んでくる。

 ギャラリーからは天使の微笑みに見えるかもしれないが、素性を知っている俺たちとしては憎たらしい笑みにしか見えない。


「なあ、何をするつもりなんだ?」


 俺の質問を受け、再び観客席に向けて語り始めた。


「皆さん、石を他人に向かって投げたことはありますか? 危険なので現実ではやめておいた方が良いです。普通に警察沙汰になるかもしれません。ですが!」


 今までとは違う方向の観客に語り掛ける。


「しかしながらですね、今日だけは一人一つ、武器を投げることを許可しましょう!」


 ……ん?

 何言ってんだ、コイツ。

 俺だけでなく、観客もスワローテイルの発言を理解しかねているのか数秒沈黙していた。

 だが、徐々に拍手と歓声が広がっていく。


「ご心配なく、皆様の武器は全て試合が決着した後に自動的に返却いたします!」


 そう言ってウィンドウを数回弄り、


「ミラ、ランマル。私のステータスです。チートが掛かっていないことを確認してください」


 特に異常がないことを確認する。


「あと、この試合中だけはお二人の武器を全てロックさせてもらいました。ご自慢の《富士山》も使えませんよ」


 俺が苦情を言う前にランマルが先に苦情を言い始めた。


「素手でも戦えるアンタと一緒にされても困るわぁ。ていうか、お二人さんはともかく、私は石も武器も投げられる覚えは無いんやけどなぁ……」

「ふふっ、強すぎるのも罪なんですよ?」

「いや~敗北を知りたい」


 勝者の余裕しか感じさせない。

 多分そういうところが武器を投げられる原因なのではないだろうか。


「ま、武器に関しては降ってくる武器を使えばいいんですよ」

「そういう問題か? ……そういう問題だな」


 もうコイツに何を言っても無駄だと悟って肩を竦める。


「さて、改めて最終戦のルール説明を始めます。ミラとランマルは武器の持ち込みをせずに戦います。私は手足が武器でもあるので、封じられるとちょっと……」


 声のボリュームを戻して、観客席に人差し指を向け、


「皆さんは一人一本まで自分の武器を任意のタイミングで投げることが出来ます。この武器は試合後に自動で返却されるので安心して投げてください。しかし、投擲スキルを使って的確に投げられると我々が主に辛いし、観客の皆さんも投げる速さバトルになってしまうので、観客席における投擲スキルの使用を封じさせてもらいます。そして、見事私に止めを刺した人が現れれば、ミラでもランマルでもなく、他でもないあなたがナンバーワンになるわけです」


 既に自分が優勝したような気分になって騒ぎ始めた聴衆を手で制し、


「また、あなたたちはミラやランマルを倒すことも出来ます。二人が倒れると、《ゴースト・アリーナ》の元からのルールに則って二人のアバターが出現します。これを倒すことも出来ます。私ばかりが狙われるのは嫌なので……。この二人と、二人のAIを倒した人には、なんと《ゴースト・アリーナ》の再挑戦権が与えられます! まだ未挑戦の人は一回死んでも大丈夫な保険を貰えるって感じですね。さあ、ルール確認はよろしいでしょうか」


「余計なことしやがって……」

「ええやん。面白そうやし。ウチらを倒した人たちって、後日挑戦する感じ? それとも、この場に参戦することになんの?」

「ん~、せっかくだし、この場で参戦してもらおうかな。倒したら五秒後にフィールドに出てくるように調整する」


 呼び出したウィンドウの操作を終え、一周して観客の反応を確かめるスワローテイル。

 ある程度ルールが浸透していることを確認すると、再びウィンドウをちょっと弄る。

 するとお馴染みのカウントダウンが始まった。

 カウントダウン中もコール&レスポンスのようなことを繰り返していた。


「さあ皆、武器は持ったか~?」

「イエ~イッ!!」


「投げる準備は出来たか~?」

「ウエ~イッ!!」


「上に投げてくれた方が対処が楽だし、面白い光景が見れそうだから、出来れば試合開始直後に一斉に武器を上に投げてくれると助かるかな!」

「うおおおおおおっ!!」


 試合開始時間が近付くと、マイクを投げ捨てたスワローテイルが両手を広げて叫んだ。


「さて皆さん一丁お手を拝借! いよ~~~~っ!」




 ────パン



 とお手本のような拍手の音が鳴る。

 その音はとても小さかったが、それでも会場の喧騒に掻き消されることなく、闘技場全体に響き渡った。


 スワローテイルの拍手が決まると、一拍遅れて観客席から大量の武器が射出された。

 瞬く間にフィールドが暗雲に覆われる。

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