第25話 ヤバい武具屋さん

 自室に戻って、まずランマルとキラに《ゴースト・アリーナ》攻略のための日程を報告する。


 日程は、基本的に俺ら暇人側が、例の《WHO経験者》向けに作られたと言われている学校に通っているヘイズたちの都合に合わせている。

 ランマルも特に重要な授業なども無かったらしく、日程的な問題は全てクリアされた。


 その後、ハッシュやヴォルフの試合動画を見る。

 報告通り、ヴォルフの動画にアイギスが出ていた。ヴォルフはスピードと手数で攻め立てていたが、アイギスの守りを突破できていなかった。

 特殊なスキルも使わずに、鉄壁の防御と冷静な判断から繰り出されるカウンターだけでヴォルフの体力を削り切る。

 いつものスタイルだ。

 勝利を収めて、観客席に小さく手を振りながら去っていく姿を見て思わず苦笑してしまう。


「このレベルの相手なら特殊なことをしなくても勝てますってツラだな。あの攻撃を全て盾で流すやつなんて、コイツの他に見たことねぇんだけど」


 俺たちが攻略予定日としている日までにはまだ数日あるので、その間に海外勢も攻略に乗り出してくるだろう。

 相変わらずの化け物ぶりを見るに、俺たちが行くまで生き残ってそうだ。

 そのことに対して、ある種の安心感を覚えた。


 アイギスはまだ健在だ。

 だからこそ、倒す価値がある。


 動画を見終わった後で、《ゴースト・アリーナ》周辺を歩く。

 いつもはプライベートな設定を行っているのだが、人を探す都合のために、設定を変えている。

 その代わり、装備をかなり変えて、パッと見では全然分からないように工夫しているのだが。

 一応、《YDD》のユーザー検索機能を使って大体の位置を割り出しているのだが、人が多すぎて中々見つからない。


 あいつの頭、かなり目立つから分かりやすいはずなんだけどなぁ……。

 すれ違うプレイヤーたちの頭部を見ながら歩いていると、虹を横倒しにしたような奇抜過ぎるカラーリングの髪色のプレイヤーの姿が見えた。

 その人は、誰かを探しているかのように闘技場の近くでキョロキョロしていた。

 背後から声をかける。


「おい、そこの虹色ツーブロック。アンタ……《ヤバB》だな」


 相手の動きが一瞬止まって、その後ゆっくりと振り返った。


「懐かしい名前で私のことを呼ぶあなたは……」


 俺の顔を数秒見つめ、名前やギルドタグ等を確認したらしき相手の顔がパッと明るくなった。

 この見るからにヤバそうな見た目の女性アバターこそが、俺たち《ピアニッシモ》のメンバーに武器や防具を提供してくれたプレイヤー、デニールだ。

 髪の色から既にヤバいのだが、武具のデザイン等もヤバいと評判で、付いたあだ名が《ヤバい武具屋さん》、略して《ヤバB》。


「ミラちゃん久しぶり~! 私、ずっとミラちゃんレベルのプレイヤーを探してたんだよ」


 かなりキツく抱きしめられる。あと、どさくさに紛れて何かあちこち触られた。


「探していたのは俺も同じだ。まさかお前も俺のことを探していたとは思わなかったが……」

「どうしたの? 久しぶりに採寸して欲しくなった?」


 あまり良い思い出の無い単語を聞いて寒気がした。


「お前の採寸は普通に測って終わりって感じじゃないから嫌だ。……取りあえず場所を変えるか。相変わらず変なデザインの装備で注目を浴びているようだし」

「変なデザインって言うな。装備のデザインと装備のステータスは全然関係が無いってことをいい加減学習して欲しいね」

「だからって、ポーション作る前の薬草っぽい草で隠すところだけ隠しました、みたいな装備をして街に立つのもどうかと思うぞ?」


 実際、かなり注目を集めている。

 しかし、こういうネタ装備に対して大きなリアクションを見せそうなチビッ子アバターが全然反応せずに、誰も立っていないかのように通り過ぎているところを見ると、恐らく一定年齢以下のプレイヤーには強制的に視界に映らないようになっているのかもしれない。

 要するに不適切なコンテンツ扱いである。


「え? この葉っぱ食べたいの? でもダメ、これ特殊な素材で編んでいるものだから食べ物じゃないの。だからこんなナリでもそのまま最前線行けるぐらいの防御力があるんだけど」


 おい、こんなテキトーなデザインなのに防御力高すぎるだろ……とツッコミたくなったが、これ以上この辺の話を掘り下げるとデニールのペースに乗せられる。

 こちらから話題をコントロールしなければ。


「そろそろ俺も《ゴースト・アリーナ》に挑もうと……」


 そこまで言うと、完全に話の腰を折るようなタイミングで《ヤバB》が喋り始めた。


「その《ゴースト・アリーナ》が問題で、初日に行ったらグレイスにもスワローテイルにも会えないまま二人ぐらいと戦ってすぐ負けちゃって、観客席以外立ち入り禁止になったから本当に困っていたんだよ。そこにミラちゃんが颯爽と現れたってわけ。ネットの噂だと一回も挑まないままスルーするとか言われてたけど、私は絶対にミラちゃんが来るって信じてたから」


 二人ぐらいと戦ったということは、一人には勝っているということか。

 意外と強いんだな。

 出禁云々は例のイベント参加権の話だろう。

 しかしながら、少し気になる事がある。


「何で生産職メインなのに初日に行くほど熱心なんだよ……」

「何でって……私こう見えても仕事だけはキッチリこなす性質だから、納品出来ていない商品があると落ち着かないんですよね」


 確かに、デニールの仕事にはかなりの信頼を寄せていたが……納品?

 まさか……。

 まさかそんな理由はないだろう、と思いながら質問する。


「もしかして、グレイスかスワローテイルにエリア八十二攻略後に納品するよう頼まれていた商品が在って、それをこのイベント中に渡そうとしていたってことか?」


 俺の言葉が合っていたのか、デニールが指を鳴らした。

 えぇ……。そんな理由で《ゴースト・アリーナ》に行く奴なんてデニールだけだろ。

 コイツやべぇ、と少し引きながら確認を取る。


「つまり、俺にその商品を代わりに納品して来て欲しいってことか?」


 デニールが何度も首を縦に振った。

 その虹みたいなカラーの頭が高速で移動していると、目の前に変な空間が広がっているようにも見えるからやめて欲しい。


「まあ構わないが……俺も装備を作って欲しくてアンタを探していただし」


 仕事を匂わせるような話を持ち出すと、ヘッドバンキングがピタリと止まった。


「うん? どういうものを作って欲しいの? 真面目な話なら、ちょっと場所変えようか」


 そういうわけで軽食店のボックスシートに場所を移して商談を始める。

 割とテンポよく話が纏まったのだが、最後に難関が待っていた。


「とにかく、全身の採寸が必要です。これが出来ないと仕事にならないの!」


 ドンッと強く机を叩いたデニールの方に他の客から視線が注がれる。


「話聞いてたか? 今回作ってもらうのは靴と手袋だけだ! そこ以外の採寸なんて必要ないだろ! 今ここでパパッと手と足のサイズ測ったら終わりだろ?」

「いいえ、これだけは譲れません。……あっ、測るためのアイテムを仕事場に置いて来たのでここでは測れません。私の仕事場まで行きましょう!」

「おい、後半完全に今思いついたって感じで付け足しただろ! 普通にアイテムボックスの中から出て来るだろうが! まだしらばっくれるつもりなら、その辺のアイテム屋で俺が買ってやってもいいからな」


 睨み合っていると、デニールが唐突に何かを閃いたような表情をした。


「どっちにしても装備外して採寸みたいな行為を店内でやっているとセクハラ案件か何かと間違われて運営に通報された時が怖いから、私の仕事場に行きましょう!」


 嫌な予感しか感じないほどニッコニコの笑顔だったのだが、中々反論が難しい内容だったので、大人しくついていくことにした。

 薄暗い工房チックな部屋に入ってから五秒。


「ひゃっ!? ちょっとデニール、そこは手でも足でもない! ……んっ、そこは足だけど、ねぇ、採寸だけって言っただろ? あ、あっ……足舐めるとか頭どうかしているぞ? ……っあ、ハイ、ごめんなさい。全身の採寸を許可するからそれ以上変なツボを刺激するのは……」


 この後めちゃくちゃ採寸した。

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