第23話 挑むための条件

 警察の決定に驚いて質問する。


「おいおい、あんたら正気か? 例の特殊演出のせいで殺人者だとバレた《WHO経験者》たちがどういう扱いを受けているのか知らないとは言わせんぞ。あと、まずは会社に言え」

「はい。その辺に対しても様々な対抗措置を講じているところではありますが、まだまだ十分とは言えません。ともかく、我々としては、《デスゲーム事件》の様々な裏事情が見えてくるであろうチャンスを無駄にしたくないのです」


 そこから先を雄斗が引き継いだ。


「会社の方からも既に色よい返事を貰っている。明日、橘成蔵氏が最終的に君と面談して決めるらしい。それに、何だかんだ言っても君は我々に保護されている立場なのだから、安全なのは間違いないだろう?」


 ここまでストレートに言われると思わず笑みが出て来る。


「ハッ、そりゃあ住所特定されても、こんなところに入り込めるやつなんかほとんどいないと思いますけどね……問題はプロゲーマーとしての人気とか信頼とかの方ですよ」

「だが、《ゴースト・アリーナ》に行かなければ、それはそれで人気が落ちるんじゃないか?」


 確かにその可能性はかなり高い。

 視聴者の要望を無視し続ければ見限られるのは配信者の方だ。

 実際、最近配信もしていないこともあって、若干人気が落ちていることは否めなかった。

 でも、その程度の挑発に乗るほど俺も甘くない。


「ちょっと減るのと、ゼロを突き抜けてマイナスになるのとは全然違うぞ」


 これだからゲームをただの遊びだと思っているような連中は……。

 俺たちが睨み合っていると、小春さんが視線を落としながら、


「申し訳ないけど、多少の人気は諦めてもらうしかないかも……。それに、これは単に私たちが《デスゲーム事件》の新たな情報を収集するためだけに要請しているわけではないの。さっきから未来くんが気にしている、他のプレイヤーのためでもあるのよ」


 意味が分からず、聞き返してしまう。


「他のプレイヤー?」

「そう。もし、ゲームの中で百人殺したという未来くんの証言が正しいのなら、あなたが《ゴースト・アリーナ》に行けばこれ以上ない騒ぎになる」

「なるだろうな。それが嫌だという話を今まで続けていたのだが……」

「でも、人々の興味の矛先が未来くんに向かえば、現在執拗に叩かれている人たちへの攻撃が緩くなるはず。あなたは幸い、ここに匿われている身だし……」


 なるほど。

 話の流れが見えて来た。


「つまり俺に、今叩かれている奴らのための盾になれって話か? そりゃあネットでどれだけ炎上騒ぎがエスカレートして、住所特定や自宅突撃だの嫌がらせのための高額着払い攻撃だのが始まっても、警察に匿われている限り、そよ風みたいに立っていられるだろうな。本人の代わりにターゲットにされるような家族も既にいないと言う点まで含めれば、人柱としてこれ以上ない人材かもしれないが……」


 俺より遥かに少ない数のプレイヤーしか殺していないような他のプレイヤーが散々に叩かれている現状を見て、思うところが無いわけではない。

 しかし、他のプレイヤーを哀れに思って、自ら地獄の業火のようなネット炎上の場に飛び込もうと思うほどのお人好しでもない。


「ダメ、かな……?」


 数分間目を閉じて考える。

 とは言っても、実際の所は目を閉じても全く思考が纏まらなかった。

 どこから手をつけていいのか全く分からない。


 今ここで決断を下すには時間が足らなさ過ぎるが、期限を決めなければいつまで経っても何も決まらないだろう。

 行けば確実に炎上して、プロゲーマー生活が危うくなる。

 俺が生計を立てるためのほぼ唯一の道が高確率で閉ざされるかもしれない。


 しかしながら、今俺に依頼しているのは、俺が殺したグレイスの妹にして、《WHO》終了後に俺の世話を引き受けてくれていた小春さんだ。簡単には断れない。

 それに、グレイスやスワローテイルたちと再び会いたいという気持ちが何より強い。

 目を開けて、一つ質問する。


「橘成蔵さんは明日の何時に面会に来るんだ?」


 雄斗が手元の端末に目を通し、


「明日の午後……つまり、俺らが今日君の家に行った時と同じぐらいだろう」


 と答えた。


「まだ引き受けると決めたわけじゃないが、これを引き受けるためには絶対に譲れない条件がある。金の話は後からでも出来るとして、もう一つの条件は俺個人ではどうにも出来ないから、他の《WHO経験者》と連絡が取れる小春さんたちに頼むしかない」


 二人は意外そうな顔をして、小春さんが応じた。


「私たちに出来る事なら協力するわ。何でも言ってみて」

「《WHO》の英雄――《ダブルウエポン》のヘイズと、その彼女――《流星》のハルナを呼べ。あいつらにはアイギスを引きずり出してもらわなきゃ困るんだが、俺はあいつらとやり取りする手段を持っていない」

「えっと……ヘイズくんが必要な理由は分かるけど、ハルナさんも呼ばないとダメなの?」


 ヘイズとハルナのコンビの《WHO》終盤の戦闘シーンを思い返しつつ、


「ハルナも《七雄》の一人だから純粋に戦力として欲しい。それに、ヘイズの原動力はハルナを守ることにあるように見えるからな。ハルナが居ないと、ヘイズのやつが案外あっさり殺されて退場する可能性すらある」

「そ、そう。じゃあ、一応連絡してみるわね」

「頼む。俺とランマルだけでは恐らく勝てない。だから、橘成蔵さんとの話が上手くいっても、ヘイズたちが来なければ、あなたたちの要請には応えられない。一度死ぬとリアルでの死に繋がる世界で育ったから、明らかな負け戦には挑みたくないんだ」


 これで、この話にも一応の決着がついたので聞き取り終了となった。

 基本的には明日の橘成蔵さんとの面談内容が決め手になるだろうが、俺の中で《ゴースト・アリーナ》に挑戦したい、グレイスやスワローテイルと再び会いたい、という欲も燃え上がっていたので、今回の警察からの要請は有難かった。


 部屋に戻り、ランマルに先ほどの話を軽く説明しておく。

 気軽に承諾してくれた。

 ランマルは、前に宣言していた通り、まだ一度も《ゴースト・アリーナ》には行っていないらしい。

 誰も殺していないあいつにとっては、例の特別演出も全く脅威ではないのに、変なところで律儀なやつだ。


 夕食時、俺より小春さんの方が早く食べ終えるのはいつもの光景なのだが、初めて俺が食べ終えるまで待つことなく小春さんが自室に戻った。


「ごめんなさい、未来くん。仕事の時は色々割り切って普通に接することが出来たけど、家の中まではちょっと無理みたい。数日経てば多分気持ちの整理がついて昨日までのように優しく接することが出来るようになると思うけど……。食べ終えたら未来くんの部屋から私にメッセージを送って。そうしたら片付けは私がやるから。……本当にごめんなさいね」


 それだけ言い残して。

 去っていく小春さんに、俺は何と声を掛ければ良かったのだろう?


 最初から小春さんの姉だと思ってグレイスを殺したわけじゃない。

 たまたまグレイスが小春さんの姉だっただけだ。


 お姉さんを殺してしまってごめんなさい……?

 しかし、謝ったところでどうにかなるような問題じゃないだろう。

 ただ謝罪すれば許されるのか?

 何かお金や物で埋め合わせ出来るのか?

 どれもどこかに違和感がある。

 でも、何もしないよりはマシ、というだけで多くの人は賠償とか償いのようなことをしている。

 俺もそういう慣習に倣うべきなのかもしれないが、そういうことをする気にもならなかった。


 俺には、罪を犯したという実感がほとんど無かったのだ。

 特に罰せられてもいないし、殺した相手の実名も、小春さんと接点が無ければ永遠に知ることは無かっただろう。

 そもそも、殺した相手の死体を見たことも無ければ、俺たち《WHO経験者》の大半が物理的に動けない時期に行われていたであろう彼女たちの葬式にも参加したことがない。

 だから、結局小春さんに対して何かをわざわざ言う気にはなれなかった。

 そういうわけで、普通に夕食を食べて、普通に自室に戻った。




 昼から中断していた情報収集を再開する。

 これまでは、他の《WHO経験者》の炎上具合を中心にリサーチしていたが、今からは視点を変えていく。


 もしグレイスたちと戦うなら、無策で挑むわけにはいかない。

 フィールドや他人の戦い方を見ながら、必要なモノや戦略を考えていく。


 短かったプロゲーマー人生の最後の戦いになるのかもしれないのだから、ファンの前で負けるわけには……いや、これは違うな。

 ここまでくるとそんな体裁はどうでもよくて、ただ単に負けたくないだけだ。

 人間としての評判が死ぬとしても、ゲーマーとして対戦相手に負けるわけにはいかない。

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