第15話 告知の告知

「今日からネットでの動画配信も始めてみようと思います。よろしくお願いします」

「ミラ先生はこういうの初めてだから、俺がちゃんと色々教えてあげますよ!」


 挨拶をすると、横から同じく配信中のハッシュが話しかけてきた。

 つまりコラボ配信というやつである。

 ほとんど映らなくても大丈夫な企画の時に何度かハッシュの手伝いとして参加していたためか、ハッシュのリスナーさんからは意外とすんなり受け入れられたようだった。


 昨今のゲーマーの一番の収入源は、動画配信中に視聴者からお金を寄付してもらうことなのだと会社の人に聞かされていたため、世界大会というデビュー戦の後に開始する予定にしていた。

 世界大会までに、スタッフの人から色々聞いたり、ハッシュの配信に立ち会ったりしていたので、ある程度のことは頭に入っている。

 さらに幸いなことに、俺がやるべきことは動画投稿ではなくライブ配信なので、後で編集する手間が省けるのは有難い。


 コメント欄も会社の人たちに調整してもらっているので、さほど荒れていないようだった。

 最初の配信ということで、軽めにモンスター狩りなどをした。

 途中からは、キラがプライベートで参戦してきたので三人でサクサク倒す。

 一時間ほど続けて、締めの挨拶。


「SNSアカウントも開設したので、そちらのフォローなどもよろしくお願いします。ご視聴ありがとうございました」


 俺たち二人が配信を終えると、キラが話しかけて来た。


「ミラ、SNSも始めたのね。これで好きな時にメッセージを送りやすくなったわ」

「俺名義のアカウントは幾つか作られているけど、中の人は俺じゃないからメッセージを送っても会社の広報スタッフさんが読むだけだぞ」


 俺が自由にやるとボロが出そうだったけど、時代的にやらないわけにもいかないので委託したというわけだ。

 スタッフさんには打ち合わせの時に趣味嗜好などを伝えてあるので、それらの情報を年齢相応な文章かつSNS的に無難な感じの内容で定期的に投稿してもらうことになっている。

 そもそも、パスワードを教えてもらっていないため、俺は全く関与出来ない。

 裏事情を明かすと、キラは素っ頓狂な声を上げた。


「うえっ!? さ、先に聞いておいて良かった……」

「慌て過ぎだろ……。一体どんなメッセージを送るつもりだったんだ?」

「べ、別に……ちょっとスケジュール聞く程度だから気にしないで!」

「はぁ。スケジュール程度ならスタッフさんも答えてくれるんじゃないか?」

「え、いや、仕事のスケジュールならこっちでも分かるというか……とにかく、この話は忘れなさい!」


 意図がイマイチ掴めなかったが、曖昧に頷いて、その日は解散となった。

 配信を終えて数日後、スタッフさんと話していると、俺の配信は結構稼げているらしいということを聞いた。

《ヴァーチャル・アーク》に内蔵されている自動翻訳機能と、世界大会での知名度が功を奏して、海外の人が投げ銭を多くしてくれていたらしい。

 投げ銭文化は昔から日本よりも海外の方で浸透していたので、海外ファンが増えた方が儲かるらしい。


 日本では評判が最悪だが、グローバル社会で良かったと切実に感じた。

 配信業を始めたのは、世界大会が開催された二月からであり、それから一ヵ月ほど経って、もう三月になった。

 現実世界では出会いと別れの季節が訪れているはずなのだが、ゲーム専業の俺たちは完全に平常運転だ。

 一般的には、環境の変化によってゲームを引退する人なども出て来る季節でもあるが、俺が所属しているのはゲームが仕事である人間の集団なのでほとんど影響はない。


 そんな中、《YDD》運営から、全プレイヤーに、とあるイベントが開催されるという告知が届いた。いわゆる告知の告知というやつで、具体的なイベントの内容まではまだ分からない。

 こういうイベント自体は定期的に開催されているので、いつもの光景とも言えたが、今までのイベントと異なる点で話題になっていた。


「いつもはAIにこういうイベントを開催してくれ、と発注して作っているのだが、今回はそういう企画無しにAIが勝手に作ってしまった。何故か止めることが出来ないものの、《YDD》運営スタッフ一同心から開催を楽しみにしている」


 という《YDD》ディレクターの発言がSNSを始め、各所で話題になっていたからだ。

 ネット上では、「ついにAIの反乱か?」とか「もう人間スタッフ要らないのでは? 人件費削ってガチャを値下げしろ」、「詫びガチャ券はよ」などの意見が多く見られた。


 そもそも《YDD》開発スタッフが参照したと言われる《WHO》は、ほぼAIによる運営だったと言われているため、実質サーバーメンテナンスとかの人員だけで十分という説が無いわけでは無い。

 ともかく、その謎に包まれたイベントのお知らせには、イベント名と開催時期及び難易度の目安ぐらいしか書かれていなかった。


「《ゴースト・アリーナ》、二〇三六年四月中旬開幕! かなり難易度高めを想定中」


 難易度が高い、と明記されることは今までほとんど無かったため、この点だけでも話題になっている。

《YDD》はライト層も参加しやすいイベントが大半で、それが人気の秘訣でもあったのだが、AIはその路線を敢えて踏襲しなかったようだ。


「《ゴースト・アリーナ》って物々しい名前っすよね。でもまあ、難易度が高いイベントこそ自分達プロの領分だから気合い入るっす!」


 今日の配信を終えたハッシュが、街を歩きながら例のお知らせを読んでガッツポーズをした。


「俺は過去の高難度イベントを知らないからな……高難度、と言われてもよく分からん」


 ハッシュと同様に配信を終えていたキラが尋ねる。


「ハッシュ、前の高難度って何だったっけ?」

「ん~? あのレイドバトルみたいなやつじゃないっすか? 最終的にプロ総出で徹夜しながら相手の残り体力を刈り取ったやつ」


 げんなりした様子で、


「あー、アレは疲れたわね。《WHO》経験者が増えているから、それぐらいの内容なら意外と楽になってそうだけど」


 具体的にどんな敵だったのかは分からないが、レイドバトルぐらいは分かる。

 一人では絶対に削り切れないような体力を持った敵を大人数で倒す戦闘形式の名前だ。

 どれぐらいのプレイヤーを参加人数として見込むかによって、体力の多さが調整されるため、全プレイヤーが対象になった場合、体力の桁数がどうなるのか考えたくもない。


 俺たちのチームに所属している人しか表示されないように設定された街には、他のプレイヤー不在でも街の賑やかさを演出するために多くのNPCが歩いている。

 今までNPCの外見なんてほとんど気にしたこともないのだが、今日は何故か視線が吸い寄せられた。

 ハッシュとキラの会話に適当な相槌を打ちつつ、NPCたちの姿を観察する。


 多くのNPCを見ている内に、違和感の正体に思い当たった。《YDD》のアバターはリアル寄りというよりも、少しアニメ調のイラストみたいな外見になるのだが、NPCの一部にリアル寄りの外見の者が含まれていたからだ。


 実は、《WHO》からそのままデータを引き継ぐとこんな感じの雰囲気になることを俺は身をもって知っている。《WHO》は専用ハードとも呼べる《クオンタム・センチネル》の性能を活かしてリアルのプレイヤーの顔がスキャンし、その画像をアバターに流用していたため、単純に引き継げばリアル寄りの顔になるからだ。


 そのままでは周囲のアバターから浮いて見えるし、個人情報保護の観点から見てもよろしくないため、データを引き継いだ後には設定を弄って多少外見を変えることが推奨されていた。

 故に俺も少しだけ外見を変えているのだが、ランマルからは「やっぱりお人形さんみたい」と言われ続けている。《人斬り人形》とかいう渾名も、俺の外見に由来しているものだ。


 ともかく、今日は何故かそういうリアル調のアバターをよく見かける。今までこんなことがあっただろうか。


「なぁ二人とも。今まであんな感じのNPCって居たか?」


 近くを通っていた男のNPCを指差す。

 男は指差されたことを分かったかのようにこちらをチラ見しながら通り過ぎて行った。


「確かに今まであんまりいなかったタイプの顔ね。現実にもいそうな顔だから、ゲーム内の雰囲気をちょっと損ねているようにも思うけど」

「あのAI、気分屋っすから、単純に今までと系統の違うNPCも出してみただけなんじゃないっすか? まあ、苦情が入るようになればその内消えますよ」

「そういうものか? まあ、それなら良いのだが、何か嫌な予感がする」


 NPCの外見が多少変わっただけで嫌な予感がする方がヤバいということぐらい分かっている。

 しかし、何かがあるような気がしてならない。

 隣を歩いていたキラが溜め息をついて、


「たかだかNPCの変化程度で嫌な予感、ってプレイヤーに何が起きるっていうの? 考えすぎでしょ。もしくはゲームのやり過ぎ。私もそろそろログアウトしようと思っていたから、ミラも一旦休憩したら?」

「あぁ……あ?」


 彷徨わせた視線の先にふと、このゲーム内に存在しないはずのモノに目が留まり、思わず呆然としてしまった。

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