05

 そこで、目が覚めた。

 ドアホンの音。

 すぐに、起きて扉を開ける。


「服は着て玄関に来いよ」


「あ、ごめんごめん」


 彼を部屋に招き入れて。服を着て、とりあえずごはんを作ろうとした。なんか、ふらふらする。


「座ってろ。俺が作る」


「頼むわ」


 キッチンに立って、慣れた仕草でコンロとまな板を交互に行き来する彼を、見ていた。


「左利きだったよな」


「ああ」


 彼は、左利き。フライパンを左手で動かしているし、包丁も左。


 自分が伸ばした手は。どっちの手だっただろうか。


「今日。学校は、休むのか?」


 そうか。忘れていた。学校。


「午後は行くよ」


「連絡は?」


「まだしてない」


「俺がやろう」


 彼。左手で鍋をかき混ぜながら、右手で携帯端末を動かす。

 ひとりで生きているから。何をするにも、ひとりだった。彼には、両親がいる。妹だか弟だかもいる。彼には、色々な才能があって。


「ほれ。連絡終わり。ごはんもできた」


 机の上に。ごはんが並ぶ。


「食えよ」


「いただきます」


 食べる。美味しい。彼は、ごはんの才能もある。


「なんでもできるね?」


「そりゃあ、なんでもできたほうが得だろ」


 夢しか見れない自分とは、まったく釣り合わない。


「でも、夢は見れない。心の奥にある幻想的な何かに対して、俺はそれを把握したり感じたりすることはできない。おまえはそれができる。すごいよ」


「同じこと思ってたよ」


「そうかい。そりゃあよかった」


 彼が、自分を励ましてくれる。

 彼の作ったごはんは、暖かい。彼の心遣いも。

 ひとりの自分が、惨めになるぐらいの。


「しけた顔してるなあ。お前、午後も休めよ」


「やだよ。学校行かないと、本当に、ひとりぼっちだから」


「俺がいるだろうが」


「君一人に迷惑をかけるわけにはいかないし」


「ばかだな」


 左手が伸びてくる。


「俺が勝手に心配してんだよ。おまえは心配されるままにしとけ。無駄に恩返しとか考えるんじゃねえ」


 頬に触れて。ごはんつぶが、取られた。


「ゆっくり食えよ」


「うん」

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