第24話 夫婦になる

「うっ、うっ、今日は結婚初夜なのよ。どういう理由であれ、結婚初夜の日になんでこんな悲しい思いをしないといけないの。

 私だって、一人前の女の幸せを感じても悪くないじゃない」

 彩芽はそう言って泣き出した。泣かれるとさすがに可哀想になってくる。

「彩芽、そんなに泣かなくても」

「だって、結婚は女の夢なのよ。それがこんな形になるなんて」

 彩芽は一向に泣き止まない。

「分かりました」

 俺は、リビングに行くと、AIスピーカ「カレクサ」の電源を落とした。すると、ミイはそのまま動かなくなった。

「ミイちゃん、大丈夫かしら」

「多分、大丈夫でしょう」

「でも、このベッドに寝ていられると、ここで寝るのは無理ね」

「今日は、このベッドはミイに使わせてあげましょう」

「なら、私の部屋へ行きましょう」

「いいんですか?」

「もう、夫婦ですもの」

 そう言う彩芽は、顔を紅くした。

 俺は彩芽に手を引かれ彩芽の部屋に入る。

 見渡してみると、やっぱり女性の部屋だなと思う。雰囲気が柔らかい感じだ。

 彩芽のベッドはセミダブルぐらいの広さがあるので、二人で寝てもそう狭くはない。俺たちは二人並んでベッドに横になった。

 ベッドに入っても二人は何もしない。

 俺は左横に寝ている彩芽を見ると、彩芽もこちらを見る。暗い部屋の中で、彩芽の白い顔が見え、その大きな目は俺の方を見つめている。

 彩芽は34歳といっても若く見え、美人と言われる部類に入るだろう。それが、今まで独身だったのが不思議だ。

 その美人は今、俺の妻となって横に寝ている。

 俺は彩芽の目に吸い込まれるような錯覚になり、右手を彩芽の顔に持って行き、その髪を掬い上げた。

 すると、彩芽は俺の方に近づくようにこちらに来ると、お互いの息が分かるぐらい顔が近くなる。

 近くなった顔の大きな目が閉じられると、俺は吸い込まれるように彩芽の紅い唇に触れた。

 彩芽の唇から離れると、俺は彩芽を抱き寄せる。そして、ネグリジェにある結ばれたリボンを解いていく。

「優しくして」

 小さな声で彩芽が言う。

 俺はその声に再び彩芽の唇を閉じる事で答えた。


 翌朝、目を覚ますと二人とも裸だ。

 俺は彩芽を見つめていると、彩芽も目を覚ました。すると、彩芽は俺に腕を回して抱き着いて来る。

「彩芽、どうしたの?」

「だって、恥ずかしいもの」

 服の上からは分からなかったが、彩芽の大きな胸が俺に押し付けられ、俺はドキッとしてしまう。

 彩芽の白桃のような匂いが俺を包み込み、意識が朦朧として俺は再び、彩芽にキスをする。

「あん、また」

「彩芽は俺の妻だ」

「そうよ、私は圭くんの奥さん。大事にしてくれる?」

「一生、大事にするよ」

「ほんと?嬉しい」

 俺は彩芽を抱き締めるとキスをして、露わになったままの二つの双丘を唇に含んだ。

 明け方、二人の愛を確かめ合うと、その後は何も言わない。

 枕元の時計を見ると、6時を指している。

「そろそろ起きようか?」

「今日は、このまま居たい」

「ちゃんとした社会人とは思えない言葉だな」

「ちゃんとした社会人の前に、あたなの妻であるもの」

「警視殿、国民のために働きなさい」

「もう、二人だけの時はそんなヤボな呼び方しないで」

「ほら、シャワーに行くよ。それから出かけよう」

「あん、待って」

 彩芽は昨晩、脱いだままの身体にネグリジェで前を隠すと、俺の後についてきた。

 二人して、シャワーを浴びるが、彩芽はスタイルが良い。確かにスーツ姿は立派だったが、それはこのスタイルを誤魔化していたとも思えるぐらいだ。

 彩芽の肩まである髪に落ちたお湯が、その白い肌を滑り落ちる。俺がそれを見ていると、彩芽が俺に抱き着いて来る。彩芽の体温が直接、俺に伝わって来る。

 彩芽はシャワーの湯に濡れたまま目を閉じた。俺はお湯に濡れた紅い唇を俺の唇で塞ぐ。

「ごめん」

「何が?」

「昨夜、痛かったろう?」

「うん、でも一緒になれた方の事が嬉しかった」

 34歳で処女だった妻に言うと、彩芽は俺に気を使ってなのか、そう答える。

 もしかしたら、この人はとても可愛らしい人なんじゃないだろうか。夫婦となって初めて気が付く事もある。

 俺たちは風呂場を出ると、髪を乾かし、朝食の席に着いた。

「ミイ、テレビを点けてくれ」

 ミイからの返事が無い。

「おい、ミイ、どうした?」

「ミイちゃんは、電源を切ってあるのでしょう?」

「ああ、そうだった」

 俺はAIスピーカの電源を入れる。すると、俺の部屋からミイが出て来た。

「ご主人さま、私とした事が、ご主人さまより後に起きるなんて、何て情けない。愛情3ポイントダウン」

 ここで、夕べ本体の電源を切った事が分かると、ミイがどんな行動を取るか分からないので、何も言わない方が良いだろう。

「そんな事はないさ。ミイはいつも良くしてくれるから、たまにはゆっくりと休んで貰って構わないさ」

「愛情1ポイントアップ」

 そこへ彩芽が食事を運んで来た。

「はい、あなた」

「ああ、ありがとう」

「二人、何かありましたか?」

「いや、特に何もないよ」

 夕べ、書類上だけでなく、身体も夫婦になった事は秘密だ。

 食事が終わると、支度をして部屋を出る。

「ちょっと、待って」

 彩芽はそう言うと、玄関で俺の服を直してくれた。

「これで良しと。さて、行きましょうか」

 彩芽はそう言うと、俺と手を繋いだ。

 それを見たミイが彩芽の反対側の手を握ると、彩芽は俺から手を離した。

「ミイちゃん、また電撃するつもりだったのでしょう」

「ご主人さまに色目を使う女狐は許しません」

「はーあ、外に出る時は他人か」

「外に出ない時も他人です」

 俺は苦笑いするしかない。


 昨日と何も変わらない。同じ部屋から出て、同じ方向に歩く。それでも、二人の間には何か別な感情がある事を意識してしまう。

 しかし、彩芽は賢い。俺が授業を受けている間は、姿を見せない。それはミイも同じで、彩芽がミイに言い聞かせているのだろう。

「圭くん」

 授業が終わって、建物の外に出ようとしていた時に声を掛けられた。

「木村さん」

 声を掛けて来たのは、木村さくらだ。

「ねぇ、今度の土曜日、友だちと映画に行くんだけど、行かない?」

「映画?」

「ほら、新しいのが封切になるでしょう。なので、男女4,5人で行く予定なんだけど、圭くんもどうかなと思って」

「土曜日は仕事があるから、ちょっと無理かなぁ」

「そう?日曜日は?」

「日曜日も仕事だから」

「土日とも働いているの?」

「まあ、貧乏学生だから」

「でも、前にワーキングレストランは土日は休みだって言っていたじゃない」

 今はどこの会社も副業というのが認められているので、土日になると意外と働き手が多くなる。

「別の会社で働いているんだ」

 まさか、警察でアルバイトとは言えない。

「そうなんだ。なら、仕事のやり繰りが出来たら教えて。その時に映画に行きましょう」

「でも、木村さんは皆と映画に行くんだろう?」

「圭くんが行かないなら、私も止めようかな」

「いいじゃん、行ってくれば。楽しみにしていたんだろう」

「うん、もういいの」

 木村さくらと話をしながら建物の外に出た。

 そこからバス停に向かい、バスで最寄り駅に向かう。


 学校が終わると、今度はワーキングレストランでアルバイトになる。ここはミイと一緒に行く。

 その後に彩芽が、客となって来店するというパターンはいつもと同じだ。

 夕方の時間は、会社員が帰るのと入れ替わりに学生の入店が多い。男子学生はミイが受付に居ると、頬が緩んでいるのが分かる。

「あの、これを」

 眼鏡を掛けた高校生と思われる男子学生がミイに手紙を差し出した。

 スマホ全盛になった時代でも、ファーストコンタクトは緊張するのだろう。

「頂く訳には行きません。私には恋人がいます」

「えっ…」

 差し出した手紙を学生は引っ込めた。

「ご、ごめんなさい」

「いえ、いいんです。これからも来て下さいね」

「は、はい」

 その日の帰り、俺はミイに聞いてみた。

「ミイ、ラブレターを渡されるのは多いのか?」

「はい、1日に1.3回ぐらいの割合でしょうか」

「1.3回、やけに細かいな」

「今までに頂いた平均でございます」

「ねえ、相談があるんだけど」

 そう言ったのは彩芽だ。

「何?」

「今のアルバイトを辞めて、情報鑑識センターで働かない?」

「えっ、アルバイトを辞める?」

「今日の昼、福山所長から電話があって、私の方から圭くんに話してくれないかって」

「ミイはどう思う?」

「AIで分析した結果、彩芽の指示に従う方が良いかと判断します」

「え、今、彩芽って…」

「ご主人さまの妻ならば私の妻です」

 このAIは本当にどういうアルゴリズムなんだ。どうして、俺の妻ならミイの妻なんだ、その理屈が分からない。

 俺は彩芽の方を見るが、彩芽も俺を見る。その目は仕方ないといった目をしている。

「ミイもそう言うなら、今のアルバイト先は辞める事にしようか。でも、直ぐに人の手配が出来るとは思えないから、しばらくはこのままだろう。明日、店長に言ってみるよ」

 妻を娶ったからには、俺もいつまでもアルバイトという訳にもいかない。就職後の事も考えて、今のうちに警察に入るのも有りかと思う。

 店長といっても実際に店に出て来る訳ではないので、電話で店長の水谷さんに電話することになる。

「水谷さん、申し訳ないのですが、店を辞めたいと思います」

 いきなりの申し出だったので、水谷さんも一瞬間が開いたようだ。

「そ、そうなのか?理由を聞いても良いかな」

 俺は就職が決まったことと、その就職先に見習いとして入社すると言った。まさか、警察だとは言えないので、仕方ないだろう。

「それで、ミイくんは続けて貰えるのだろうか?」

 まあ、男の俺より美人のミイがいなくなる方が売り上げに響くだろうから、気になるのも仕方ない。

「ミイも一緒に辞めます」

「うーん、残念だな。二人とも一片に辞められると。次を探すのも大変だ」

「申し訳ありません」

「いや、就職が決まったのだから、良い事だろう」

 水谷さんとは、2週間後に辞めることに決まった。その間、後10日間は最後のアルバイトになる。


 翌朝、いつものバス停で木村さくらと一緒になった時に、その事を言う。

「そうなんだ。アルバイト辞めるんだ。それで、その就職先に今から見習いって事で働くことになるのは、ブラックじゃないの?」

 確かに、半年以上前から働くとなると、ブラック企業みたいなものだろう。

「働くと言っても、大学が終わった後からだし、そういう意味ではアルバイトと大差はないと思うんだ。それに、そっちの方が給料が良いし。ところで、木村さんは、公務員希望とか言ったけど、決まったんだっけ?」

「結局、公務員は競争が高くて止めたの。それで、商社の事務職にしたんだ。商社といっても、大企業じゃないし、出来れば公務員が良かったけど。圭くんはどこに決まったの?」

「えっ、ああ、まあ、そんな大したところじゃないから」

「えっ、いいじゃん、教えてよ」

「いや、ちょっと、言えないんだ」

「ほんとに、ブラックじゃないの?」

「う、うん、まあ、違うと思う」

 警察なんてブラック企業というイメージがある俺としては、木村さくらの質問に否定出来なかった。

「圭くんが良ければ、それで良いんだけど…」

 それに俺たちの後ろには彩芽とミイが居て、俺たちの話を聞いている。二人は他人のフリをするように言ってあるので、何も口は挟まないが、きっと俺たちの会話に聞き耳を立てているだろう。

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