第10話 夢から覚めたら


 暗い室内で目を覚ました。

 外はまだ夜明け前のようだ。

 ユウギリさんとの電話を終えてから、そのままずっと眠り続けていたらしい。


「水ぅ……腹へったぁ……」


 おぼつかない足取りで冷蔵庫に向かう。

 途中のキッチンで水道の水をがぶ飲みした。

 冷蔵庫には帰りに買った食材があったが、面倒な気持ちが勝った。結局キッチン棚に入っているカップ麺に手をつける。

 ケトルに水を入れて電源を入れてお湯が沸くのを待ちながら、また中学時代のことを思い出していた。


 記憶っていうのは煩わしい。

 思い出したくなくても、勝手に映像が頭に浮かんでくる。

 それが自分にとって忘れたいと願っている記憶ほど、鮮明に、ねちっこく、その映像を見せてくる。


 中学校にいる間、水戸瀬とずっと付き合っていた。

 つまり、告白を受けた二年の中盤くらいから卒業まで、一年半は付き合っていたことになる。

 だがあまり、楽しい思い出は少ないように思えた。

 水戸瀬に問題があったわけじゃない。彼女は僕とは釣り合わないほど容姿端麗で成績優秀だったけど、それを鼻にかけず、僕が不出来なことにだって寛大だった。

 それなりに順調な付き合いだった。


 でも環境は最悪だった。

 誰もが祝福してくれるような状況ではなかった。


 水戸瀬は僕と同じ高校に行きたいとまで言ってくれたのに、

 それなのに僕は――


「逃げたんだ……」


 僕を貶めていた他の同級生たちと同じ学校に行くのが嫌で、一次募集の試験で手を抜いた。

 あの時の水戸瀬の落胆した表情、

「二次募集があるよ」とすぐに励ましてくれた言葉、

 頭から離れない……。


 信じられるか?

 こんな汚泥まみれの記憶を、最近まで忘れていたのだ。

 罪悪感で、胸が、苦しくなった。


 結局僕は、二次募集をあきらめて、遠くの私立高校を滑り止めで受けた。

 水戸瀬とは、高校に上がってから疎遠になってしまった。


「おかしいよな……」


 水戸瀬との関係はたったの一週間で終わったと思っていた。

 でもそれは誤りで、彼女との付き合いは一年半にも及んでいた。

 そこになにか違和感がある。


「まあ、どっちにしても別れたんなら、おんなじだよな……」


 いずれにしても、今の僕の隣には、水戸瀬はいない。

 それは確かだ。

 最終的に上手くいかなかったんなら、どっちでもいい気がしてきた。


 なにか……得体のしれない何かに、頭の中をいじられているような気がしてくるが、ケトルのお湯が沸いたタイミングで、それも一旦棚上げにした。


 とりあえずカップ麺にお湯を入れて、出来上がるのを待つ。

 今週金曜日、水戸瀬陽と久しぶりに再会する。

 それでこの違和感の正体について何かがわかるのだろうか。


 いつまでもそのことについて考えている。


 いつまでも、いつまでも。


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