ふくぼんっ!~男なんて嫌いだって言ってたじゃない~

くろねこどらごん

前編

「私、男の人って嫌いなんですよね」




部活終わりの帰り道。私は歩きながら、そんな愚痴を聞かされていた。




「苦手すっ飛ばして嫌いときたかー。そんなにダメなの?」




「ダメです。視線がいやらしいですし、不躾なんですよ。少なくとも、ああいう人達と自分が付き合う姿なんて想像できません」




本当に嫌そうに首を振るのは四ノ宮可憐しのみやかれんという、隣を歩くひとつ年下の女の子だ。


栗色のふわふわの髪をツインテールにしており、一歩踏み出すごとに太陽の光を反射して輝いている。


その姿はどこか幻想的で、女の私でも視線が自然と吸い寄せられてしまうものだった。




(この子なら男子が見ちゃうのも仕方ないと思うけどなぁ)




可憐は顔立ちも整っており、今すぐアイドルとしても通用すると思うし、スタイルだって抜群だ。


同じクラスにいる男子なら気になってしまうのは仕方ないと思うけど、そんな男の子の気持ちなんてこの子にはどうでもいいのだろう。私も割と見られることが多いので気持ちは分かるし。




「まぁそれなら仕方ないか。無理してもしょうがないしね」




肯定の言葉を返しながら、私はつい苦笑してしまう。


男なんてそんなもんだから気にせず受け流せ、なんて言っても、素直に頷いてくれる性格でないこともこれまでの付き合いでわかっていた。


だからまぁ、とりあえず頷いてあげることにしたのだが、途端に可憐の目がキラキラと輝きだしていく。




(あ、ミスったわ、これ)




「ですよね!そう言って頂けて嬉しいです!やっぱりお姉様に相談してよかったぁ…」




気付いた時にすでに遅し。止める間もなく人が行き交う往来の路上で大声を張り上げる我が後輩。


興奮して周りが見えてないのは百歩譲っていいにしても、その呼び方だけは頂けなかった。


ほら、会社帰りの人たちが何事かと、こっちを見てくるじゃないの。恥ずかしいったらないんですけど。




「あの、だからお姉様はやめてって」




それらの視線をつい意識してしまい、羞恥心から次第に赤くなる顔を隠すようにバタバタと手を振りながら、私は可憐へ訂正を求めるのだが、後輩は先輩の気持ちを察してくれるに至らなかったようである。




「いえ、瑞佳みずかお姉様は私にとって尊敬できる方ですので!」




などと一切悪びれた様子もなく、綺麗な瞳でこちらを見ている。名前まで呼んで、より一層強調してくる始末だ。いろんな意味でげんなりとしてしまう。


なんだこれは。罰ゲームかなにかだろうか。




(そういう気持ちをストレートにぶつけられるの、恥ずかしいんだってば…)




なにがタチが悪いって、この子に一切の悪意がないことだ。


部活でも私を慕ってくれて、話しかけてくれるのは嬉しいけど、強すぎる好意は正直荷が重いと感じるときが多々あった。




(こういうところがちょっとあれなのよね、この子。私、別にお姉様なんてガラじゃ到底ないし…)




気付かれないよう、こっそりと嘆息する。


ここで怒ったら可憐はきっと今日一日引きずることになるだろうし、我慢するのが最適解なんだろうけど…それもなんだか理不尽な話だ。私だってまだ17歳で、この子とはひとつしか違わないのに。


不満を全部飲み込めるほど、私はまだ大人にもなりきれていなかった。




「…あ、そうだ」




だからあんなことを思い付いてしまったのだろう。


慕ってくれるのはいいけれど、ちょっと周りを見れないところがある後輩への、ほんのささやかな意趣返しを。




「はい?どうしました、お姉様?」




さらにいえば、私の小さな呟きを聞き逃すことなく食いついてくる後輩がその場にいたものだから、深く考え込む暇がなかったのも悪かったのだと今では思う。




「フッフッフ。ちょーっといいことを思いついちゃった」




その思いつきを悪いことではないと思い込み、あからさまなドヤ顔をしてしまうくらいには、私も周りが見えていなかった。




「いいこと、ですか」




「そ。…ねぇ、可憐。アンタに会わせたい人がいるのよね」




キョトンとした顔で首をかしげる可憐は、女の私でも思わず見惚れてしまうくらい愛らしいものであったけど、それに負けじと敢えて意地の悪い顔をする。




もしかしたら、その時の私には少しばかり良心の呵責のようなものもあったのかもしれない。


それを誤魔化そうとして、話を急いでしまったのもかもしれなかった。




でも、それは今となっては分かるはずもないことだ。眉を顰めながらどこか不安げにこちらを見る後輩を落ち着かせるように、私は今後の予定について話すのだった。
























「ねぇ、翔也しょうや。アンタ今日暇?」




「んあ?」




あくる日の午後、私が教室でとある男子に話しかけたところ、返ってきたのはそんな気の抜けた返事だった。




「んあってなによ。目も死んでるし。…アンタ、さてはさっきの授業寝てたでしょ」




こっちはちょっと緊張してたっていうのにこんな対応をされたのは、口調に少し棘が混じるのは仕方ないと思う。


だけど翔也はまるで気にした風でもなく、むしろ大きなあくびをひとつすると、ようやくこちらに視線向けた。




「なんだ、瑞佳か。別にそんなことはねーよ。ちょっと眠いのはまぁ事実だけどな」




名前を呼ばれてドキンとする。このマイペースさは昔からまるで変わらない、私が知っている幼馴染の姿そのものだ。




(…なんかムカつく)




それが何故か嬉しく感じてしまったのがなんだか悔しい。このモヤモヤを抱えていたくもなかったため、とりあえず話を続けることにする。




「そんなので大丈夫なの?翔也ってただでさえ成績イマイチなのに…ま、いいや。それよりもう一度聞くんだけど、アンタ今日暇?ちょっと紹介したい子がいるんだけど」




「え、今日はバイトもないし暇っちゃ暇だけど…しかし、随分といきなりだな」




あからさまに戸惑いを見せる翔也。まぁそりゃそっか。コイツに私以外の女の子の影って全くないし。ろくに耐性がないのがまるわかりだ。




「まぁそういう流れになったのは昨日のことだしね。でもすっごく可愛い子よ。文句あんの?」




「いや、全然…ちなみに、名前を伺っても…?」




うん、あっさり食いついてきた。ここまで簡単だとちょっと引くかな。


コイツ、付き合ったらすぐ浮気するタイプなんじゃないかしら…


なんだかちょっと不安になる。




「四ノ宮可憐っていう、私と同じ部の一年生なんだけど…」




「え、四ノ宮?マジで?」




そんな気持ちを抱えつつ、とりあえず話を進めようとしたのだけど、翔也の反応は予想以上だった。可憐の名前を出した途端、目に見えて顔色を変えたのだ。




「マジよ。ていうか、アンタ可憐のこと知ってんの?」




「知ってるもなにも、男子の間じゃ結構な有名人だぞ。今年の一年に滅茶苦茶可愛い子がいるって評判だったし」




「あー…」




なるほど、それは納得。実際可憐は私の目から見てもすごく可愛い子だし。


だけど、それを翔也の口から聞くのは、なんかムカつくな…




「まぁ確かに可憐は可愛いけど…でもさ、それを言ったら、私だって中々のものじゃない?」




急に芽生えたあの子への対抗意識そのままに、思い切り胸を張る。


少なくともこちらは間違いなく私のほうが上であるという自負があった。




「いや、瑞佳さんや。いきなり張り合われても困るんだが…だいたい、お前は美少女ってガラじゃねーだろ」




だというのに、目の前の幼馴染は私のセクシーポーズを華麗にスルーし、何故か憐れむような視線をこちらに向けた。それを見て、私は羞恥心からすぐに顔が真っ赤になる。




「な、なによ!?分かってるわよそんなの!!可愛くなくて悪かったわね!」




そして激昂。恥ずかしさを誤魔化すために声を荒らげてしまうけど、これはどうしようもない。翔也から女の子扱いされてないと思うと、悔しい気持ちすら湧いてきてしまう。




「いや、お前はどっちかというと美人系っつーか、タイプがだな」




「お世辞なんてどうでもいいから!それで、会うの!会わないの!?」




言い訳なんて聞きたくなかった。これ以上なにか言われたら泣いてしまいそうだったので、強引に勢いで乗り切ろうと翔也に迫った。まぁ顔が近づこうと、今回ばかりは全然嬉しくもなかったけど。




「お、おう。そりゃ会うけど」




「なら放課後帰らずに待ってなさい!私が可憐のとこに連れてくから!いいわね!」




私の迫力に押されたのか、狼狽えながら翔也は頷いた。


ならば良し。約束を取り付けたなら、もう話す必要もない。


この後の予定を一気にまくし立て、私は鼻息荒く翔也の席から離れていく。




(なによ、結局男って、可愛ければそれでいいわけ?)




私だって、それなりにモテたりするのに…まぁ、主に女の子にだけど…


なんだかいろいろやるせなくなって、私はガックリと肩を落とした。




(なんでこうなっちゃうかなぁ…)




せっかく久しぶりに話すことができたのに…これじゃダメだと分かっていても、すぐにカッとなってしまう自分の性格がどうにも憎い。




だけど、こればかりはすぐにどうにかなるものでもないし、なんとか上手く付き合っていくしかないのだろう。


なにはともあれ、きっかけは作れたんだ。あの子をダシにするようで少し気が引けるけど、それでもこのチャンスは活かしたい。


時間を置いて仕切り直せば、もっと上手く話せるはず。




「頑張れ、私…!」




自分で自分を励ましながら、私は自分の教室へと戻っていくのだった。


















そして放課後。翔也の教室を訪れた私は、そのままふたり並んで可憐と待ち合わせていた空き教室まできたわけだけど、




「…………それで、この人が私に会わせたい人なんですか?お姉様」




なんというか、後輩の翔也に対する第一印象は、あまりいいものではないようだった。




「ええ、そうよ。私の幼馴染で、阿部翔也っていうの」




「えっと、はじめまして。四ノ宮さんだよな?よろしく」




「はぁ…」




とりあえず紹介するのだけど、やっぱり反応はイマイチだ。


翔也を見る可憐の目には、あからさまに警戒の色が宿っている。


横目でこちらを見てくる翔也も、どうゆうことだよという無言のプレッシャーを感じるし、今の私は幼馴染と後輩による板挟みの状態だった。




(う、参ったなぁ…)




可憐が全然食いついてこないことは、私としても思惑通りだから良しとして、この空気が続くのはさすがにまずい。


間にいる私がとにかく居た堪れなくなるし、なにか話さないとと思ったところで、可憐が先に口を開いた。




「あの、阿部先輩、でいいんですよね?」




「あ、ああ。いや、翔也でいいけど…なにか俺に聞きたいことがあるのか?」




話しかけた先は翔也だった。そのことが少し意外に感じるけど、声をかけられた翔也がちょっと嬉しそうに答えるものだから、私は口を挟めない。




(なによ、デレデレしちゃって…)




さり気なく名前で呼ばせようとしているあたり、コイツも結局下心がアリアリなんじゃないかと密かに邪推してしまう。


なんで私はこんなやつが好きなんだろうかと、この場に誰もいなければいっそため息をつきたい気分だった。




「はい…阿部先輩とお姉様って、いったいどういう関係なんですか?」




「どういうって、俺と瑞佳は幼馴染なんだけど…ていうか、お姉様って瑞佳のこと言ってんの?」




「他に誰がいるっていうんですか。お姉様はお姉様です」




可憐の刺々しい口調を受けて気後れしたのか、翔也が助けを求めるように再び私に視線を寄せる。




(おい、コイツヤバくないか?)




(こういう子なのよ…)




無言のアイコンタクトを交わすと、私は諦めの気持ちを示すように首を振った。


それを見て頬をヒクつかせてるあたり、上手く伝わったようでなによりだ。


まぁ伝わったからといって、それがどうしたって話だけど。




「……なにお姉様と見つめ合っているんですか?」




そんな私達を、可憐はジト目で見つめてくる。私との関係を訝しんでいるのか、翔也に向ける視線にますます棘が入っているように感じるのは気のせいだろうか。




「い、いや、ちょっと確認をだな」




「なんの確認ですか…まさかとは思いますけど、お姉様のことをいやらしい目で見ていたんじゃないでしょうね」




「「ハァッ!?」」




とんでもないことを言い出す可憐に、私と翔也の声が思わずハモった。


いや、ほんとなに言ってんのこの子!?この空気さらにぶち壊す気!?




「可憐、あのねコイツは」




「いきなりなんつーこと言い出すんだお前!?いくらなんでも失礼だろうが!」




さすがに空気が読めなすぎると説教のひとつでもしておこうとしたのだが、翔也の沸点が高まるほうが早かったようだ。


我先に激昂し、可憐へと詰め寄っていく背中には、明らかに怒りが滲んでいた。




「間違ったことは言ってないでしょう?男なんてみんなケダモノですもの!幼馴染でお姉様のことを昔から知っているというなら尚更です!」




「んなわけねーだろ!瑞佳はただの幼馴染だっつーの!そんな目で見てねーよ!」




「っつ…」




顔を突き合わせて二人は舌戦を繰り広げるが、そのなかで翔也の放った一言に、私は顔を曇らせた。




(ただの幼馴染、か…)




ズキンと胸の奥が僅かに痛む。分かっていたことだけど、本人の口から改めて聞かされると思うところがないはずもない。




「ハァッ!?お姉様をそんな目で見ないなんて、そんなの有り得ないでしょう!?お姉様に魅力がないとでも言うつもりですか!?」




「あのなぁ、幼馴染って付き合い長いからそういう風に思えなくなるのは当たり前で…つーかめんどくせぇよ!なんなのお前!?」




だけど、物思いにふけることはできなかった。すぐ近くでギャーギャーと騒ぎ立てるやつらがいたからだ。


こんな状況でひとり落ち込むことができるような性格なら、はじめからこんなことにもなっていないことだろう。




「…やめなさいよ。アンタたち。普通にうるさいわよ」




「だってコイツが!」




「この人が!」




全く同時に互いを指差すふたり。ある意味息がピッタリだ。だけどなんでだろう、まるで羨ましくない。


高校生にもなってこんな子供のような会話を人前で平気でできる神経は多少欲しくはあるけれども。




「だーかーらー!やめろっていってんの!ちょっとは落ち着きなさい!!」




「「!?」」




雷を落とした私を見て、二人は肩をビクリと震わせる。どうやら効果はあったらしい。


とはいえおとなしくなったのは良いものの、初対面での印象はもはや最悪に近いものとなったのだろう。




「むぅ…」




「はぁ…」




睨み合うように視線を交錯させる二人は、既に犬猿の仲と言ってもいいほどに険悪だ。これでは先が思いやられると、私はゆっくり頭を振った。




(これじゃあ可憐の男嫌いなんて治りそうもないわね…)




翔也と距離を詰めつつ可憐の潔癖なところを少しは矯正できる一石二鳥な策だと思っていたのだけど、世の中早々上手くはいかないようだ。


自分の目論見がだいぶ外れたことに、私はその日一番となる大きなため息をついてしまう。いろんな意味で心労が絶えない一日だ。




(―――だけどまぁ、これで良かったのかも)




少なくとも、あの様子を見る限り翔也が可憐に対して好印象を持つことはないだろう。


あの子の性格を知ったのだから、今後は可憐の相談もだいぶしやすくなったはず。


これに関しては大成功と言ってもいいだろう。




「まぁとりあえずさ。せっかく知り合ったことだし、連絡先の交換くらいはいいでしょ?ほら、二人共スマホ出しなさいよ」




「えー…」




「コイツと…?」




そんな打算に満ちた考えを抱きながら、三人で連絡先の交換をしようと、半ば強引に話を進めていく。ふたりの反論はもちろん無視だ。




「ほら、私もしてあげるからさ。せっかくの機会だしいいじゃない。私、まだ翔也の番号知らなかったし」




「そうだっけ?まぁそれなら…」




翔也がスマホを取り出す仕草を見せたことに、私は内心ガッツポーズを決める。




(よし、やった!)




これが狙いだったのだ。高校生になってからスマホを買った翔也とは一年の頃クラスが別であったため、なんとなく聞く機会を逃してずるずると今日まで至っていた。


ちょうどいい理由付けにもなると思いこの場をセッティングしたわけだが、一番の目標を達成できたことでこれまでの苦労も報われるというものだ。




「私は遠慮したいんですが…」




「ワガママ言わないの。ホラホラ、早くしましょ。部活に遅れちゃうじゃない。私の顔を立てると思ってさ」




気を良くした私は未だ翔也との連絡先の交換を嫌がる可憐に部活を盾にせっつかせていく。


彼女は私とスマホに映った時刻を交互に見ると、やがて渋々と頷いた。




「…………お姉様がそこまでいうのでしたら…ほんとはすっごく嫌なんですけど」




不本意ですと書かれた顔を思い切り膨らませながら翔也に自身のスマホを腕だけ向けて近づける。


それを見て、翔也はあからさまにげんなりとした顔を可憐に向けた。




「おい、ひどくねーかそれ。俺はなんもしねーって」




「どうだか……セクハラトークとか送ってこないでくださいよ。そのときはお姉様の幼馴染といえど、遠慮なくブロックしますからね」




「だからしねーよ。ほんと可愛くないなこの後輩…」




めんどくさそうにスマホを操作する翔也。その様子を見て、私は確信を得る。




(……うん、これは間違いなく大丈夫だな。なんか心配して損したかも)




少しだけ不安だった顔合わせは、最後には思惑通りに進んでくれた。


このふたりの仲がどうこうなる可能性など、万に一つもないだろう。


そうとわかれば焦ることはなにもない。後は私が翔也との距離をじっくり詰めていけばいいだけだ。




「アンタら初対面で仲悪すぎでしょ。まったくもう…」




輝く未来に想いを馳せながら、私は最後まで口喧嘩を交わすふたりのことを、生暖かく見守るのだった。

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