第9話

走り出して兵助は感じた。

ユキが隣近所にまで異変を伝えて回った事で連尺町はすっかり目を覚ましている。

流石と言えた。商人の感は予知能力に近い。

一旦は大丈夫だと眠りについたとしても、誰かが「何かおかしいぞ」と言えば無視はしない。己で再び確認しようとする。それは商人としての本能だ。

己の感覚だけが頼りに生きる者だからだ。

商いを続けるには他人が欲しがるものを見つけ出し品物を調達する先物取引を一生続けなければならない。

彼らは蔵の中にある品物は己の体の一部だと信じている。

だからこそ、命がけで品物や町を守ろうとするのだ。

兵助は確信と共に誓う。



これから戦おうとする得体のしれないモノは倒さなければならない。

町ごと焼き払うような戦いは終わらせてやる。




兵助は人々をかき分けながら中尺町へ踏み込んでいった。

中尺町はつい最近作られた町で、まだ人が入居していない家も多かった。

その為か、混雑もなく真っ直ぐに火事場へ走る事が出来る様になった。

ほんの少し走ったところで兵助は立ち止まった。


「妙だ、いくら新し町だからって、全く人がいない」


兵助は、この中尺町を何度も通り抜けた事があった。昔から商人の町として栄えた連尺町と大尺町の間で、この二つの町に商談にやって来る全国の商人を泊める為の宿場が開き、江戸に職探しにやって来た浪人も多く滞在していた。そんな訳で宿場だけでなく料理屋や菓子屋なども点在していた。その数件の料理屋に染め物の、のれんを納品したこともあった。こんなにも静まり返っているなど信じられない事だ。よく見ると、この町の建物は既に水浸しだった。


家々の壁に手をあてて確認した。

「なぜだ?一体・・・。この町の者は火事が起こる事を知っていたのか!」


この水浸しの町を見れば、知っていたに違いない。


そう考えれば辻褄は合うが、なんと町の者、全員が知っていた事になる。


「そんな馬鹿な・・・」





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