第07話

「すごーい!! 色々ある!!」

 駅前のゲーセンに足を踏み入れた途端、大音響が襲いかかってきた。

 真白さんは見るもの全てに目を輝かせていた。

「わたし、ゲーセンって来るの初めてなの!」

「そうなんだ。じゃあ色々と案内するよ」

 ……ふう。

 誘ったはいいけど、どこに行くかなんてまったく考えてなかったからな。喜んでくれているようで何よりだ。

 ……それにしても、自分でもけっこう大胆なことを言ったと思う。

 今だけは自分を褒めてやりたい気分だった。

 真白さんは子供のようにきょろきょろとゲーセンの中を見回していた。どうやら本当にゲーセンへ来るのは初めてらしい。

 ……マックだけじゃなくてゲーセンまで初めてなのか。

 信一の言っていたことをふと思い出した。

 あいつが言うには、真白ましろさんの制服はかなりのお嬢様学校のものらしい。今のところ、その話の信憑性はかなり高いと思う。だって今どき、マックにすら行ったことがないとか普通に考えてあり得ないだろう。

「ねえ、あれなに?」

 真白さんが指差したのはロボットで戦うゲームだった。僕も少しやったことはある。

「ああ、あれはロボットで戦うゲームだよ」

「ロボット……」(キラキラ)

 真白さんの目がキラキラしていた。

 ……どうやらやりたいらしいな。

「ちょっとやってみたら? 僕あのゲームのICカード持ってるし」

「ううん、わたしは見てるだけでいいの。それで十分だから」

「まあまあ、せっかく来たんだし」

「いや、でも……お金ないし……」

 真白さんは申し訳なさそうな顔をした。

 そう言えば、昨日もお金持ってないって言ってたな。

 うーん、もしかして家が厳しくて、あんまり遊ぶお金とかもたせてもらえないのかな? それとも金持ち過ぎてブラックカードしかもってないとか……。

 理由はよく分からなかったけど、僕は彼女にはそんな顔はしていて欲しくなかった。

「まあまあ。お金なら僕が出すし」

「え? でも……」

「まあまあ。ほらほら」

 やんわりと押し切った。

「じゃ、じゃあ……」

 真白さんが筐体の前に座った。

 やっぱりやりたかったのか、真白ましろさんはちょっとうずうずしているように見えた。

 とりあえず横で見守っておこう。

 ……うーん、他の筐体でプレイしてる人たちは見るからにうまいな。

 こういうのは最初にまずチュートリアルから始めるのが普通だろうが、なぜか真白さんはチュートリアルをすっ飛ばした。

 ……え? チュートリアルやらないの?

 彼女の様子を窺うと、何やら不敵な笑みを浮かべていた。

 ……なんだ? あの自信に満ちあふれた顔は……? この程度のゲーム、チュートリアルをやるすら必要もないということか……?

 思わずごくりと息を呑んだが――

「きゃー!? ちょ!? なに!? え!? これ何が起きてるの!? キャー!? ええ!? 死んだ!? わたし死んだ!?」

 めちゃくちゃ下手くそだった。

 ――10分後。

「なによこれ! 意味分かんないんだけど!!」

 真白さんがぷんすかお怒りになっていた。

「見事に何もできてなかったね」

「だって歩いてたらいきなり死ぬのよ!? 復活してもすぐ死ぬし! これ壊れてるんじゃないの!?」

「そりゃ戦場でのこのことネギしょって歩いてたら餌食にされると思うよ」

「うう~! 悔しい!」

「もっかいやる?」

「……ううん。いい」

 真白ましろさんは肩を落としてしまった。

 ……どうやらこういうゲームは合わないみたいだな。

「それじゃあ、あっちの平和なクレーンゲームとかどう?」

「クレーンゲーム?」

 僕らはクレーンゲームコーナーへ移動した。

「これがクレーンゲームだよ」

「中に人形が入ってるね」

「そう。これをこのアームで取るんだ。一回やってみるよ」

 とりあえず五百円を突っ込んだ。

 この台は百円で一回、五百円で六回プレイできる。

 ウィーン、とクレーンが動いた。

 どれ……あれが取りやすそうな気がするな。

 まったく興味もない上に知らないキャラクター人形だが、ここは僕の見栄のために生け贄になってもらおう。

 ……。

 ――ここだ!!

 ッターーン!!!!

 スカッ。

「……という感じのゲームだよ」

「ソータくん、もしかしてだけど下手ヘタ?」

「これは単純なように見えてとても奥が深いゲームなんだ。コンマ一秒の判断の遅れが死に繋がる恐ろしいデスゲームなんだよ」

「デスの要素は特に見当たらないけど……」

「あと五回できるから、真白ましろさんやってみなよ」

「いいの?」

「どうぞ」

「よ、よし」

 真白さんがゲーム機の前に立った。

「ようはこのアームで人形を掴めばいいのよね? めちゃくちゃ簡単じゃない?」

「と思うでしょ? それが難しいんだな、これが」

「あ、取れた」

 ごとん、と人形が落ちて来た。

「……」

 ……あれ?

「やっぱ簡単じゃん」

「い、いやいや。たまたま偶然、まぐれだよ。まぁビギナーズラックってやつかな」

「あ、また取れた」

 ごとん、と人形が落ちて来た。

「……」

 ……あれえ?

 最終的に、真白さんはよく分からない人形を四つもゲットした。

「何か分かんないけど、よく分からない人形が四つも取れたわね」

「なぜだ……」

「はい、じゃあこれ」

 人形を差し出された。

「え? いらないの?」

「あー、うん。本当は持って帰りたいんだけど……見つかったら親に怒られると思うから」

「ああ、なるほど……」

 やっぱり真白ましろさんの家はけっこう厳しいようだ。

 というわけで、よく分からない人形を四つもらった。

 ……うん。あんまり貰って嬉しい人形じゃないな。

 でもこの人形には『女の子から貰った』という付加価値がある。陽介や信一から貰ったらただのゴミだが、この場合はその限りではない。僕にとってはダイアモンドくらいの価値がある。

 ……大事に持って帰ろう。

「でも、これこのまま持って帰ると邪魔だよね」

「店員の人に言えば持って帰る袋くれるんだよ」

「そうなの?」

「うん。もらってくるよ。あ、すいませーん」

 店員の人からゲーセンのロゴが入ったビニール袋をもらってきた。

 荷物が少し増えた。

「ねえ、あれなに?」

 真白ましろさんが別のゲームに興味をうつした。

「ああ、うん。あれはね――」

 ……僕らは時間を忘れて、ゲーセンで遊んだ。


 μβψ


「あー! すっごい楽しかった!」

 外に出てきた。

 すっかり日が暮れていた。

「……」

 ……思ったより使っちゃったな。

 こっそりと財布の中を見た。

 真白ましろさんは遠慮したが、僕が見栄を張って色々と勧めた結果、財布の中は寂しいことになってしまった。

 ……いや、これはお金の問題じゃないんだ。

 それこそ、財布なんて空っぽになったって構わない。真白ましろさんが楽しんでくれればそれでいいのだ。

「ゲーセン楽しかった?」

「うん! すっごく!」

 真白ましろさんの楽しそうな姿を見ているだけで僕は満足だった。

 ……でも、今日もこれで終わりか。

「そう言えば、真白ましろさんの家って門限とかないの?」

「え? 門限?」

「うん。けっこう遅くなっちゃったけど……時間、大丈夫?」

「あ、ああ、うん。門限ね、門限……」

 真白ましろさんは困ったように視線を彷徨さまよわせてから、

「だ、大丈夫よ。うん。まだ全然大丈夫」

 と言った。

「そうなの? まぁ大丈夫ならいいけど……」

「それにしても、もうこんな時間なんだ。いつもはあんなに時間が過ぎるのが遅かったのに……嘘みたい」

 すっかり暗くなった空を真白ましろさんが仰ぎ見ていた。

 ……冬は日が暮れるのが本当に早い。

 夏みたいに、もっと一日が長ければいいのにな。

 切実にそう思った。

 ……よし。

 僕は意を決して顔を上げた。

「……あの、真白ましろさん」

「ん? なに?」

「その、さ……よかったら連絡先とか交換しない……?」

 頭の中で何度も繰り返したことを何とか言葉に出した。

 本当はもっと気軽に聞くつもりだったのだが、チキンフィルターを通して出てきた言葉は随分と頼りなかった。

 いや、いける。

 大丈夫だ。

 きっと真白ましろさんは教えてくれると思う。

 僕は自分にそう言い聞かせたけど、

「あー……えっと」

 と、真白ましろさんはちょっと困ったような顔をしてしまった。

 ……あれ?

 こ、この反応は……?

 真白さんはちょっと困った顔をしていた。

 それは以前、クラスのちょっと気になる女の子にラインを聞いた時と、まったく同じ顔だった。

 トラウマスイッチが入った。

 僕は慌てた。

「も、もちろん嫌ならいいんだよ!? ごめんね、いきなり変なこと言って!」

「ううん! 違うの! そうじゃなくて!」

 真白ましろさんも慌てたような顔をした。

 それから彼女は言いにくそうに、

「……その、わたしケータイって持ってないの」

 と、ちょっと遠慮がちに言った。

「……え?」

 予想外の答えだった。

 ケータイ持ってない……?

「……そうなの?」

「うん。だから、本当に教えるのが嫌とかじゃないの! それは本当だから!」

 何だか一生懸命な様子だった。

 今どきケータイを持ってないなんてことあるか? と思ったが、僕には彼女が嘘を言っているようには見えなかった。

 少なくとも、決して教えたくないわけじゃない――という気持ちは伝わってきた。

 僕にはそれだけで十分だった。

 思わずほっとしてしまった。

「そうだったんだ……でもケータイないと不便じゃない?」

「ま、まぁ、ちょっとだけね。あはは」

 真白ましろさんは誤魔化すように笑った。

「その、ソータくん。だからね……明日もあのベンチのところで待ち合わせしない?」

「……え?」

 完全に不意を突かれた。

 真白ましろさんはちょっと遠慮がちに続けた。

「今日はほら、ちゃんと約束してなかったからさ……でも、明日はちゃんと待ち合わせしてさ……」

「……」

「あ、嫌ならいいんだけどね!?」

「……」(ぶわっ)

「え!? どうしたの!? 何で泣いてるの!?」

「いや、ごめん……ちょっと嬉しすぎて……」

 女の子からそんなこと言われる日がくるなんて……。

 まるで、本当に夢みたいだ。

 そう思った。


 μβψ


 ……ああ、そうだ。

 この時から僕は、完全に浮かれてしまっていた。

 不可解なことは色々とあった。

 でも、僕はそれらを全て見ないようにしていた。

 この、都合のいい夢をもっと見ていたくて――

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