第2話 エリー

合成鬼竜の甲板に到着すると、アルドはここまでの成り行きを鬼竜に話して聞かせた。


「……という訳なんだ。すまないがジョージさんとこおるどすりーぷ装置を俺の時代まで運んでくれないか?」


アルドの横で、ジョージは合成鬼竜に会釈した。

サイラスは空を眺めている。


「——いいだろう。容易いことだ。」


合成鬼竜は快諾した。



「行き先はAD300年、砂漠地帯だ。装置の積込みが完了次第出発する。」


「ありがとう、恩に着るよ。」


アルドはいつものように礼を言うと、コールドスリープ装置の積込み作業に入る。




出発後上空。

3人は甲板にいた。


「あの装置結構重かったでござるな。」


額の汗を拭うサイラス。

アルドはその横で疲労した肩を回している。


「そうだな、なかなか骨が折れたよ。」


「すまないな。キミたちにばかり作業をさせてしまって。」


ジョージは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「いや、気にしないでくれ。そんなことより……」


アルドは思い出したようにジョージに問いかける。


「———オレやサイラスが違う時代を行き来していることをどうやって知ったんだ?」



サイラスは驚いて口を大きく開いた。


「今聞くでござるか!?アルド……そういうのは手伝うと決める前に聞いておくべきでござる。一番気になるところではござらんか?拙者はてっきりお主が敢えて聞かないという選択をしたのだとばかり思っていたでござる。これは触れてはいけない的なやつでござるなぁ〜と思って、拙者はわざわざ聞くのを遠慮したのでござるよ?」


「そうなのか?」


アルドのあまりにも短い返答にサイラスは少し呆れたが、自分の危険を考えるよりも誰かの助けになりたい気持ちを優先することがアルドの良さだと思い直し、それ以上は口を閉ざした。

アルドのそういった部分がこれまで多くの人たちを救ってきたことは間違いない、そうも思った。



ジョージは笑っている。


「いやぁすまない。隠すつもりはなかったんだ。先程は私もキミたちに出会えたことに気持ちが前のめりになっていたからね。……実は私にも不思議なんだが、キミたちのことを知っていたのは妻なんだ。」


「へぇ……奥さんが。ジョージさんの奥さんってどんな人なんだ?」


アルドが聞くとジョージは嬉しそうに答える。


「妻は……エリーは、それはもう器量が良くて、美人で、私にはもったいない女性だよ。装置の製作も手伝ってくれてね。いろんなアイデアをくれたんだ。装置の外装デザインなんか妻が考えたんだ、すごいだろう?」


ジョージの目が眼鏡の奥で輝いている。



ジョージはエリーとの出会いに思いを馳せる。


「——妻との出会いはとても刺激的なものだった。私がまだ若かった頃、最果ての島で研究用の材料を探していたんだが、棺桶を拾ったんだ。ボロボロの棺桶でね、私はそれを興味本位で開けてしまった。すると中には1人の少女が横たわっていた。それはもう驚いたよ。棺桶から生きた人間が出てくるんだからね。私は少女をエルジオンの医大病院に連れて行った。それからしばらく少女は入院したんだが、私は何度もお見舞いに行ったものさ。…今思えばこのときにはもう好きになっていたんだろうね。言うまでもないがその少女がエリーだ。エリーは無事に退院するが、私たちが交際を始めるのはもっと後になる。」


「そうなのか?いかにもそのまま交際がスタートしそうな流れじゃないか。」


アルドは驚いた表情だ。


「当時の私は引っ込み思案でね。なかなか交際を申し込むことが出来なかった。プロポーズしたときなんか心臓が口から出てくるんじゃないかと思うくらい緊張したものさ。ところが交際を申し込んだときも、プロポーズしたときも、ふたつ返事でOKでね…。おまけに『私はあなたが幸せにしてくれることをずっと前から知ってるの』なんて言うんだ。その言葉が嘘にならないよう全力で妻を幸せにしてきたつもりだよ。」


自慢の妻の話を出来ることが嬉しいのだろう。

満面の笑みを浮かべるジョージの横顔をアルドは眺め続けた。


「へぇー…奥さんのことずいぶん愛してるんだなぁ。そんなに自慢の奥さんならオレも会ってみたいよ。」


アルドの言葉を聞いてジョージはやや目を伏せた。


「……妻はもういないんだ。病気で死んでしまってね。もともと身体が強い方ではなかったんだ。」


一瞬言葉を詰まらせるアルド。


「…そうか。悪いことを聞いたな。」


ジョージは明るく執りなす。


「あぁ、気にすることはないよ。私も妻の話を聞いてくれて嬉しいよ。それに妻は死ぬ前に『あなたと一緒に生きて来られて幸せだった』、そう言ってくれたんだ。だから私も妻とともに生きてきた日々に後悔はない。——本当に素晴らしい日々だった。」


ジョージは遠くを見ている。

ジョージの人柄に、その手伝いが出来ることをアルドは嬉しく思った。



「妻には装置の完成を見せてやることは出来なかったが、それもようやく完成した。コールドスリープ装置でたくさんの人の命を救うのが私と妻の夢だったからね。何としても実験を成功させなくては。」


「ああ、そうだな。エリーさんのためにも必ず成功させよう!」



笑顔で語り合うアルドとジョージだが、不意にサイラスが口を挟む。


「——して、……その奥方が拙者らのことを知っていたでござるか。エリー殿……そんな知り合いは拙者にはおらんでござるよ?」


「そうなのか?俺にもエリーさんなんて名前の知り合いはいないぞ。てっきりサイラスの知り合いだと思ってたけど。忘れてるだけじゃないのか?」


「未来での知り合いなど、拙者には数えるほどしかいないでござる。忘れようがないでござろう?」


「それもそうだなぁ……。ジョージさんは何か知っているか?」


アルドが訊ねるとジョージはややうつむいた。


「すまないな。エリーがキミたちとどういう知り合いなのかまでは私も聞いたことがないよ。エリーはよくキミたちの話をしていたけど、その話はしていなかったな。」


ジョージは宙に視線を移し、記憶を遡る。


「エリーはいつも口癖のように言っていたんだ。『言葉を話すカエルのサイラス君と、大きな剣を佩いたアルド君、2人は800年前の世界と行き来することが出来るのよ。あなたが困っているとき、きっと2人が支えになってくれるわ。』ってね。まさか本当に喋るカエルがいるなんて思わなかったから、私はいつもお伽話か何かだと思って聞いていたんだ。だがキミたちは本当にいた。すぐにピンときたよ。装置が完成して臨床実験の件でどうするか悩んでいたからね……。それで声を掛けたんだ。——そう言えば『アルド君とサイラス君に会ったら、紅茶をご馳走しなければ』というのも、エリーが言っていたな。」



「…………」


3人はそれぞれの頭の中で状況を整理するが答えが出ない。



「……『みすてりあす』でござるな……。」



アルドは横目でチラリとサイラスを見る。

案の定、サイラスは『上手いこと言ってやったぞ』みたいなドヤ顔をしていた。


(——今回はまぁ、割と使い方あってるか……)





しばらくすると、やや丸みを帯びた水平線に砂漠の陸地が姿を現す。


「——疑問は残るけどこれからやるべきことは分かってる。臨床実験を成功させるには800年間、誰にも見つからない必要がある。途中で装置を開けられちゃ敵わないからな。やっぱりルチャナ砂漠に埋めるのが最適だろう。」


「そうでござるな。もうすぐ到着でござる。準備するでござるよ。」


サイラスが言うとアルドとジョージはうなずき、それぞれ下艦の準備に入る。


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