レンタル彼女にキスはNG

羽間慧

ご指名はクラスメイト

 高校生になって、初めて男子と下校する。それも、半年前から好意を寄せていた同級生と。


 華恋の心拍数は上がりっぱなしだった。

 よく行くはずのショッピングモールの景色が落ち着かない。


 遠くから見つめていた頼斗の横顔が近くにあるだけではない。触れたこともない手を繋いでいた。それも指を絡めた恋人繋ぎだ。


 指先のしなやかな美しさは知っていた。授業中にペン回しをする姿に釘付けになっていたから。


 だが、頼斗の手が自分よりも大きく、引き締まっているとは分からなかった。


 手汗が気になって仕方がないが、右手がすっぽりと覆われていては為す術がない。


 今はただ、思い描いたシチュエーションが現実になっている幸せを噛み締めていよう。


 前の席になったことはあっても、話しかけられることは滅多にない。クラスの人気者で、どの先生からの信頼も厚い。


 華恋にとって、近くて遠い人だった。少しの間だけ、彼女の特権を使って独占していたい。


 目的地のフードコートに着き、一緒に店選びをするときも浮き足立っていた。


「華恋。この店でいいか?」

「もちろん」


 また下の名前で呼ばれた。それだけで胸が温かく、苦しくて涙が出そうになる。


 だが、華恋は唇を噛んだ。


 これはデートではない。今の華恋は、頼斗のレンタル彼女なのだ。




「望月くん、ぼうっとしてどうしたの?彼女さんが待っているんじゃない?」


 日直だった華恋は、日誌を書いて戸締りをしていた。電気を消そうとしても着席したままの頼斗に、華恋は話し掛ける。


 帰宅部の王子と呼ばれる頼斗が、夏休み前から交際していることは有名だった。告白したのが学校のアイドルだったこともあり、校内に大きな衝撃を与えていた。


 ほんわかとした望月頼斗と、クールビューティな有村愛。大多数の生徒がお似合いのカップルと認めていた。先月の文化祭でも、ベストカップルとして観客から盛大な拍手を送られていた。


「愛とは今朝別れた」


 頼斗は低い声で答えた。憔悴し、普段の快活さは見る影もない。


「ごめん」

「いや、心配してくれてサンキュな」


 気遣う優しさを忘れないことが、頼斗の人間性を表していた。



「ううん。帰りにくいよね」

「あぁ。家を出るとき、母さんにデートすることを言ってたから余計つらいな」

「一緒に帰る友達がいたらいいんだけど」

「難しいかも。お前ら仲良すぎって呆れられてからは、テスト週間以外は帰らなくなってさ」


 重い溜息を聞いて華恋は迷う。部活のない日はベッドでごろごろするために早く帰っていた。だが、このまま頼斗を一人にさせれば罪悪感で眠れそうにない。捨てられた子犬のような目を向けられて、何もしない選択はできなかった。一方で、あまり関わりのないクラスメイトが出しゃばっていいのか戸惑いがある。


 いや、頼斗の笑顔を取り戻すためだ。強気になれ、 華恋!


 華恋は手の震えを悟られないように、堂々とした声を出した。


「じゃあ、これからデートしない?」


 頼斗は初めて顔を上げた。モノクロになった世界に色が戻ったように見える。


「レンタル彼女として、望月くんと付き合ってあげる」


 付き合ってあげる、だなんて。親衛隊がいれば要注意人物としてマークされそうだ。だが、目的を果たすまでは本来のキャラから離れた話し方がいい。

 華恋は臆病な自分と戦いながら、なおも言葉を紡ぐ。


「お礼はいいの。私がほっとけないだけだから」


 頼斗の反応は悪くなさそうだ。瞳には悲哀の影が消え失せている。ここで一気に畳み掛けよう。


 華恋はふっと息をついた。


「四時間目の体育のせいで、お腹空いちゃった。どこか美味しい店を知ってる人がいないかなぁ」


 頼斗は吹き出した。


「面白いな、梨田は」


 よし、私の大好きな笑顔だ。断られてもお釣りが来る。


「高嶺の花だと思ってたから意外すぎる」

「どこが? チア部の中で唯一の彼氏なしだよ?」


 テンパりすぎて、だじゃれのような発言になってしまった。


 華やかな恋なんて一度もない。

 初恋は小三。当時の友達が勝手に告白しに行っていて、知らぬ間に玉砕するという黒歴史から始まった。

 中学は一目惚れした相手に失恋しまくり。その反省から、モテない自分を変える努力を続けていた。

 チアがきっかけで色々な部活の人と交流し、人の恋は俯瞰できるようになった。恋愛相談によく乗っていたが、高嶺の花と思われるとは予想外だ。


 むくれる華恋に、頼斗はにっと口角を上げた。


「レンタル彼女、お願いするわ」

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