第16話 ハプニング
今日はあんこさんのお店のWebデザインの打ち合わせの日。
私、猫家族では一番強いと言われている花ママですの。
あんこさんの幸せを一番願っている猫だと自負していますわ。
昨日は、性別がいまいち分かりずらい神原さんが来られて、あんこさんは動揺していたように見受けられましたわ。だってそうじゃない?過去の自分が言った言葉の重みを感謝を添えて告白されたんですもの。誰だって戸惑いますわね。
でも、よい戸惑いかもしれませんわね。あんこさんは自己肯定感が少し低いから…。あらやだ、私、上から目線すぎかしら?
◇◇◇
あんこは、今日は何だか化粧を念入りにしている。俺は、ハッピーという名の猫家族の父だ。いつだってあんこの動向をチェックしている、偉い猫なのさ。
昨日の神原とかいう奴と話をしてから、少し落ち着きが無かったあんこも化粧をしながら「うん、よし、お肌の調子は大丈夫!」なんて小声でもぞもぞ言う頃には、いつもの調子に戻ってきたようだった。良かったよ。
Webデザイン打ち合わせは、お客が比較的少ない午前中に始まった。昨日来た神原は、店に入るとあんこにウインクをして見せるし、ちょっと痩せ型の市井って野郎は瞳をハートマークにさせてあんこを見つめるし…。何だか油断も隙も無いって雰囲気で俺はソワソワしてしまった。
猫家族会議では、あんこの生涯の伴侶を俺たちで見つけていこうって感じにまとまってしまったけど、やっぱり納得がいかないんだ、俺的には…。
人間は、怒ると暴力を振るう奴や大声で怒鳴る奴がいる。猫カフェに来る客の中にも、何が気に入らないのか叩いたり、耳元で大声を出す輩がいる。本当に迷惑なんだ。一見優しそうに見えても、こっそり俺たちの肉球をギューってつまんだり、耳やしっぽを引っ張ったり…。二面性ってやつを持っているのさ。
ま、あんこにはないけど…。
だから、本当にいい奴かどうか、見極めることが大切だと思う。
◇◇◇
打ち合わせのまとめ役は、今回も中原が中心になっていた。俺、ライターとしてここにいる市井守としては、いつもの調子で顧客の言いたいことを綺麗な言葉に置き換えて、広告を作り出すことに集中しておけばいいはずだった。
でも、しかし、杏子さんのなんとも言えない可愛い姿を見ていると、それを言葉で表現したくて堪らなくなってしまい、挙句にはその言葉が列をなして頭の中を駆け巡り、思考回路が停止になるって状態で…。とても冷静に考えることができなかった。
一方で、冷静に見ている俺もいる。彼女の言葉の意味を受け止め、よりよく表現するための言霊を本気で探しているんだ。ライターの性ってやつだな。
今日の杏子さんは、前回の様子とは全く違って、出来るだけ言葉を選んで、自分の言葉で話そうとしている。なんだろう、お店のことを伝えたいって気持ちが素直に伝わってくる。素直な人なんだなって感じる自分がいて、瞳を輝かして話す杏子さんにまた惚れ直している俺を客観視して更に照れる…。
俺、マジで大丈夫なのか?
それに、前回と違ってやたらと猫達が寄ってくる。俺の体温が若干高いせいもあると思うが、もうすでに1匹膝で寝ているし、しっぽを立てて何度も擦り寄ってくる猫がいる。猫にもてるって、何だか気持ちいいな…。
◇◇◇
あー、なんだか意地悪をしたい!こいつらの本性を見たい!そこで俺は、奥の手を思いついたんだ。だから、市井って奴に擦り寄っていた四男の小夏君に話しかけた。
「おい、お前ここでなんか吐いちゃえよ!もうそろそろ毛玉を吐く頃合いだろ?」(byハッピーパパ)
「えー?今?ここで?僕がー?」(by四男の小夏)
「いいから、ほら!吐いちゃえよ!」(byハッピーパパ)
「分かったよー。」(by四男の小夏)
◇◇◇
ぐえ、ぐえ、ぐえ…。
突然、足元にいた猫が小さな身体を震わし、嗚咽を始めた。俺は、一瞬何が起きたのか分からなかったけど、咄嗟に猫の口元に手を差し出した。
…。見事に猫のゲロを右手で受け止めてしまった。この時感じたことは、生温かいゲロを吐いた猫が死んでしまうんじゃないか?っていう不安しかなかった。
だから、その猫の背中を撫でながら、不覚にも涙が出てしまった。
「おい、大丈夫か?死ぬなよ!」(by市井)
◇◇◇
「あなた!やりすぎよ!小夏君が可哀想じゃない!」(by花ママ)
「お兄ちゃん大丈夫?」(by末っ子ミミ)
「おやじ!なんてことさせてんだ!小夏も言われたことホイホイやってじゃないぞ!」(by五男ロイヤルミルクティー)
「僕、本当に気持ち悪い…」(by四男小夏)
みんなが責めたけど、人間の本性を見るならこれ位しないと駄目なんだよって俺は思う。ほら、見ろあの市井って奴を…。ゲロを吐かれて怒っている…????
おい、泣いてんじゃん?どうした?
◇◇◇
「杏子さん!すみません。猫ちゃんが吐いちゃって…。この子、死んじゃわないですか?俺、どうしたらいいのか…。」(by市井)
あんこは、俺たち猫が吐くことに大分慣れている。そりゃそうだ、猫は時々毛玉を吐かないと駄目だからな。吐くために猫草だって買って来てくれているわけだし…。
あんこは、猫が吐いたって聞いてから、すぐにおしぼりやティッシュを準備して、小夏君の元に駆け寄って来てくれた。小夏君の様子を見て、大丈夫と思ったのか、てきぱきと片付けを始めた。
「すみません。猫ちゃんって時々吐いたりするんですよ。大丈夫ですよ。死んだりしませんから…」
あんこが優しく微笑んで市井って奴に話しかけると、市井は急に泣いたことが恥ずかしくなったのか、小夏君が吐いたものを受け止めた右手を自分の頭に乗せ、照れ隠しにぼりぼりしてしまった。
この時は、俺たち猫皆が驚くというよりも、引いた…。
「おい、小夏君のゲロが頭に…」(by次男レパード)
「わー。汚いー!」(by長男シャーアズナブル)
「あーあ、頭の上に毛玉が…」(by三男ちょび髭)
「水も滴るいい男っているけど、ゲロまみれは、ダメだわー」(by花ママ)
小夏君の周りに集まってくる子ども達や花ちゃんの冷たい視線が突き刺さる。
俺?俺が悪いの?でもさー、本性ってみんなも見たいと思うよね?
「キャー、どうしましょう…。」(byあんこ)
「うわー。お前なにやってんの?」(by中原)
こりゃ、完全に人間の皆さん達も引いたな…。でも俺は見直したぜ。猫のゲロを手で受け止める奴なんてそうそう居ないからな。俺だって出来ないよ…。
「ははは…。ハアー」(by市井)
この後、打ち合わせは中止となり、市井は3階のあんこと俺たちの居住に移り、シャワーを浴びることになってしまった。俺は、やっぱやりすぎたな…って反省したよ。市井、ごめんな?
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