第14話 六男 きなこ君の内緒話

 僕たちがいる猫カフェには、いろんな人が来る。お年寄りも若い人も…。女性も男性も…。猫だからなのか、そうでなくても同じなのか分からないけど気の合う人って誰にでもいると思う。


 あのね、猫ブースの入り口には、僕たち猫の写真と簡単な自己紹介が張り出されているんだ。初めての人の場合、全員が一つの家族であるとあんこちゃんが説明すると「へえーすごいですね」と感嘆の声をあげる。僕は自分の家族が大好きだから、そんな風に言ってくれると嬉しくなるんだ。


 それでね。あるときね、僕たちの家族を

「ほうーこりゃあすごい。えらい家族だなー。いっぱいでいいなあー。」

と大声で褒めてくれたおじいさんが居たんだ。

僕は、このおじいさんをちょっといいなあーって思っていたんだ。


 自己紹介をするね。僕は、六男きなこ。命名の理由は、僕の毛色のせいさ。男の子だけど茶色の毛色が誰よりも濃いんだ。オレンジ色って言ってもいいくらい。

あんこちゃんは僕の毛色を見て、ピンと感じたのは、大好きな『きな粉』がかかったあんこ入りのおはぎ…。7匹の出産のお手伝いをしたから、お腹も空いていたのかもしれないね。ま、名前がおはぎでなくてよかったよ。でもね、食べ物の名前がついているのは、僕だけ。五男ロイヤルミルクティー君は飲み物だらかカウントしないんだ。僕はきっと特別なんだと思う。


 でね。僕は、猫兄弟の中でも一番痩せてて身体も小さい。

だから、誰かが猫ブースにある猫じゃらしで、猫相手に遊び始めても他の兄弟の力には負けてしまって、手が届かない…。いっつも、身体が大きい兄猫に邪魔されてしまう…。


 そんな僕を不憫に思ったのか、あの大きな声で僕たち猫家族を「いいなあー」って言ってくれたおじいさんは、僕とだけ遊ぼうとしてくれるんだ。

名前は知らない。だって、わざわざ猫に自己紹介してくれる人は、いないでしょ?だから、僕も聞かないんだ。

それでね、このおじいさんは、最初は怖かった。

「ほら、早くとらんか!」って怒ったような大きな声を出すんだよ?僕、びっくりしちゃった…。

でもね、僕の目のすぐ上のところで猫じゃらしをゆらゆら揺らすんだ。

僕が手を伸ばすと、ほんの少し高くしたり、低くしたり、床に這わせてみたり…。でも、必ず手に触れさせてくれるし、時々猫じゃらしに嚙みついても急に引いたりしないで、待ってくれてたり…。んでもって、ほかの兄弟には容赦なく、手の届かない所に持っていき、僕が近づくと、僕の届くところに置いてくれたり…。

なんて言うのかなぁ、絶妙なんだよね、遊び方が…。きっと昔猫を飼っていたんだろうなって思ったよ。


 おじいさんは、僕が自分から尻尾を立てて擦り寄っていくまで、辛抱強く僕のご機嫌を取ってくれていたのかもしれない。

 初めてしっぽを立ててマーキングしたら、ちょっと笑って

「やっぱり、トラに似てるな。」って言ったんだ。


おじいさんは、中々自分のことを話そうとしなかったけど、今から思えば人見知りしていたのかもって思う。あー。僕が相手だから、猫見知り?なんか変だね。

おじいさんは話を始めると長くなって、話好きなのがよく分かったんだ。


いつもおじいさんが来る時間は、夕方の4時なんだけど、それは連れ合いの『ばあさん』のお見舞いの帰りに寄るからだそうだ。おじいさんが『ばあさん』と呼ぶ声は、とても優しい声になるんだけど、きっとおじいさんは、気付いてないだろうな。


「俺はな、ばあさんのために今、生きてんだ。愛してんだよ。」

おじいさんは臆面もなく、愛の言葉を吐く。僕はおじいさんの『ばあさん』に向けた愛の言葉を聞くと、恥ずかしくて俯いてしまう。

だって、愛してるなんて、テレビか映画の中じゃなきゃ、言わないでしょ?

特にこんなお年寄りが…。


おじいさんが結婚したのは、終戦して数年経ってからだったそうだ。

僕には、戦争って言葉もよく分かんないよ。何?ゲームなの?って感じさ。自分の叔父さんと同じ工場で働いていた人は、飛行機に爆弾を積んで敵の船まで飛んで行ったと話してくれた。僕は、何度聞いてもおとぎ話のように現実感がなくて、そうなんだ…しか思わなかった。それでね。おじいさんが10歳に満たないときに終戦を迎えたって言ってたよ。


戦後すぐの日本の復興は、大変だったと聞いても全くピンとこなかった。

でも、『ばあさん』と呼ぶ奥さんと苦労した話は、面白かった。

ご飯をお腹いっぱい食べるために、一生懸命朝から晩まで働いて働いて、くたくたになって家に帰って…。いっつも子どもの寝顔しか見たことなかったけど、『ばあさん』は寝ないで待っててくれてたんだって。

何だかすっごく頑張ったんだなって思って、おじいさんの前に転がってお腹を出してあげたんだ。


茶トラの柄のトラ君を拾ったのは、長男君だったらしい。自分たちの生活ですらままならない程、かつかつの生活だったから「そんな猫、捨ててこい。」って怒鳴ったんだけど、長男君は引かず、土下座までして…。仕方なく飼うことに決めたんだって。トラ君は、とっても賢くて、ネズミや鳩、ヘビとか取ってくるし、おじいさんが帰宅する直前には玄関まで迎えに来てくれる、そんな猫だったそうだ。

「ま、いつの間にか居なくなってたけどな。猫って奴はな、自分の死に場所を探すらしいぞ。まあ、お前さん達みたいに、ずっと家にいる猫には難しいだろうけどな。」


昔話をするときのおじいさんは、僕の頭をポンポンと叩くような、触るような、撫でるような、そんな触り方をする。まるで、僕ではないほかの猫を見ているようだ。僕はちょっとイラついて、指を甘噛みするんだけど、おじいさんは気にしないようだ。


でもってメインの話はいつだって『ばあさん』のことだ。

戦争のことや、子育ての苦労は、単なる前菜って感じで、『ばあさん』のことになると、もう、唾が飛んで来るくらい興奮し始めてしまうんだ。


「最初見た時はな、こんなに可愛い子見たことないって思ったよ。戦争のせいで疎開してきたんだよ、うちの隣りにさ…。可愛かったよー。

仲良くなって、食べるもんもないから、川に行って魚を取ったり、山に行ってあけびを取ったり…。はっはっは。食べることばっかりが、まだ頭に残ってら。」


 そして、必ず『ばあさん』が怪我したときのことを話すんだ。

「『ばあさん』は転んだんだよ。ここんとこ折れてな…。」

おじいさんは、僕の右足の付け根を優しく撫でながら、おんなじ話を何回もしてくれた。


「一番良く効く薬を使って貰ってるけど、本当に効いているのかな。

手術だって、上手くいったって言ってたけど、本当なのかな。

元気になって家に帰れるってお医者さまは言うけど、本当なのかな。…。」


最後の言葉が聞こえない。本当なのかなって、不安があるから言ってしまう言葉だよね。

おじいさんの声が小さくなると、僕は思いっきり転がって、お腹を見せてあげるんだ。

元気だして!僕を見て笑って!お腹や頭を撫でて!


僕の願いを聞いてくれる神様がいるのなら、おじいさんが、『ばあさん』と一緒に家に帰れますようにって…僕はお願いをしたい。もしも願いを叶えてくれるなら、何度だって転がってお腹を見せてあげる…。



◇◇◇



おじいさんは、今日もやって来た。

『ばあさん』は一体どうしたのだろう…。

僕が少しぼんやりしていたら、おじいさんは僕を急に抱き上げた。

「おい!『ばあさん』の退院日決まったぞ。3日後だ。退院したら、もうここには来れないからな。お前、淋しくても鳴くなよ。な!きなこ」

え?僕は驚いた。だって僕の名前、初めてちゃんと呼んだんだよ…。


うわあーって気持ちでいっぱいになって、おじいさんの腕の中でもじもじしていたら、おじいさんは僕の顔を覗き込んで言った。


「今度は『ばあさん』と来るからな!それまで元気にしとけよ。きなこちゃん」


うんうんうん。僕はうなずく代わりに指を舐めてあげた。

おじいさんの『ばあさん』に会えるのがとっても楽しみだ。



キャットタワーのてっぺんで、ごろりと転がって、優雅に手を舐めていた花ママがにゃーんと小さく鳴いた。「良かったわね。」


花ママに向かって、僕はしっぽを振ってみせた。

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