第5話 真実って何?

 兄に省吾さんとの経緯を話したけれども、多分納得はしていないだろう…って思う。自分でもおかしいと思ってる。男の人と付き合った経験があまりない私にとって、省吾さんからの求愛は突然の嵐のような出来事だった。独身であると思っていたのが、既婚者だったと知り、それでも好きの気持ちを持ち続けるなんて、どうかしている。

自棄になっているのかもしれない。好きと思った自分の気持ちを単なる衝動として片付けたくないだけなのかもしれない。

でも、でも…。一緒に過ごしたあのキラキラした風景の中の二人の世界を無かったことにしたくない…。

それなのに、今は本当に好きなのかも分からない。省吾さんはとても私を大事に思ってくれているのだけど、これは恋愛感情からなのか、憐憫なのか…。

 長く一緒にいると情も沸くだろう。でも、一生を共にに生きていきたいという思いがあるようには、感じられない。奥様との関係も子どもが居なきゃいつでも離婚できるとか言ってるけど、本音はやっぱり愛しているんだと思う。奥様の事やご家族の事を話すときの省吾さんは、穏やかで優しい表情に変わる…。

その瞳で私を見つめて欲しいと思っていたけど、それだけは無かった。

省吾さん自身も本当の気持ちにきっと気づいていないだけ。


 私を…私だけを愛してくれる人、私も全身全霊で愛せる人が欲しいと切実に思う…。はぁ~。


◇◇◇


 あんこが溜息を付いている。大方省吾のことでも考えているんだろう。

 僕は長男シャーアズナブルだ。赤茶色と白のまだら模様だけど、一番薄くてきれいな毛並みだと自負している。最近太り気味だけどね。

 僕はあんこが大好きだ。出来るなら人間になって全てのことからあんこを守りたいって思うぐらい好きだ。

でも、猫だから、この思いを伝えることも出来ない。だから、せめて良い伴侶を見つけてあげたいって思うんだ。あんこ、幸せになっておくれよ。


◇◇◇


 私、岡島聖子は究極で凄惨な気分なまま法律事務所のソファーに座っているわ。私が出した浮気相手への慰謝料請求を却下すべく手続きをしたいのに、すでに相手の弁護士が乗り込んできていて、大揉めに揉めているからよ。

 そりゃあ、私の勇み足であることは間違いないけど…。相手の女性だって少しは責任を感じてほしいとかも思うわけよ。省吾さんが全面的に悪いのだけど、一応お付き合いは了承したのだろうし…。

 今からお会いする弁護士さんは、その女性のお兄様とか聞くと余計に恐縮しちゃうじゃない?そう、私が悪いのだけどね…。


 この事務所には緑が多い。光触媒の人工植物と違って光に向かって精一杯葉を広げる姿は、まるで省吾さんに向かって愛してほしいと願う私の姿に似ていると思ったわ。そうか、私は省吾さんに愛されたいのかと、急に自分の心の奥を覗いてしまったようで、胸が苦しくなってしまって…。あーだめ、だめ、涙が出てきそう…。

 

 扉から入って来た男性は、まだ若く凛々しい顔をされていたわ。名刺を差し出し、頭を下げ事情をゆっくりと聞いてくれて…。

「奥様には落ち度がないし、状況を聞けば浮気と勘違いしても仕方なかった。」

とまで言ってくださったわ。

「でも、兄としては納得がいかない。」と、本音もお話してくれた。どうしてこんな風になってしまったのか…と問われても、思い当たることがあるようで、ないようで、自分でも思いがけず嗚咽が出て涙がほろほろと零れてしまったのよ。

 本来ならば、こんなことまで関わらないのだろうと思うのだけど、この弁護士さんは私達夫婦の話し合いに同席させてほしいという申し出をしてくれたわ。

今後のことを話し合うためよ。離婚になるのかなって思うと不安で一杯だし、このまま結婚生活を続けてもいいのかなとも思うし、第三者に入ってもらうのもいいのかもしれないわね。



◇◇◇



 俺の大切な妹であるあんこを誑かす男の奥さんって聞いたから、どんな人かと思ったら、凄く綺麗で優しそうな女性で面食らってしまった。

夫の浮気を嘆き、涙を流す姿を見たら、やっぱり省吾って男に一言文句を言いたくなってきた。身内の事件に関わるのはいいことじゃないって思っているけど、一目顔を見て諭してやりたい。こんな綺麗な奥さんを泣かすなんて正気の沙汰ではないよ、全く…。

 あんこのことも心配だけど、奥さんと何があったのかちゃんと確認しないと先に進まない気がする。俺って小さいバグは潰す主義なんだよね。細かすぎとも言われるけど、大事じゃん。人間関係ってよく見ないとさ…。

罪ばかりに囚われても、本質を見失ってしまうからね。



◇◇◇


 

 光溢れる広いリビングは、とても快適な空間を演出していた。調度品も欧米のクラシック調で整えられていて柔らかい雰囲気を醸し出し、所々に家族写真が飾ってあっていかにも和やかな一家が暮らしていますって感じにまとまっていた。

家を見ると住む人の人柄が分かるって言うけど、何の問題もないように見える。幸せそうな家族が住んでいる家だ。

 あんこのお相手とその奥さんの話し合いに参加させてもらうべく、お宅訪問をしたのだけど、何ら問題も見受けられず、些か居心地の悪さを噛みしめていたのだけど、問題の夫婦の方が俺の何倍も居心地悪いって顔をしていた。

 で?どうしてこうなった訳?って言いたいのを我慢して二人の会話をまずは聞こうか…。



◇◇◇



「省吾さん、貴方は、何が不満なんですか?私の何が悪かったの?どうして…。」

「いや、その、実は…。僕は、結婚してからもずっと幸せだったよ。

でも、君が僕に結婚当初から不満があったのだと知って…。

君が友人と電話で話しているのを聞いてね…。大学のとき、僕は強引に君を口説いたから…。君は本当は僕との結婚に後悔しているんだと思って…。」

「いつ?いつそんな事話してた?」

「下の子が3歳の時さ。よく覚えているよ。七五三の祝いを君は友人から送られてお礼の電話をしていた時さ。僕から強引に迫られて困って結婚したんだって、君は話してた…。きっと君は僕と結婚するより他の男との結婚の方が良かったのかなって…本気で思ったんだよ。あの頃の僕の行動を振り返って見ても恥ずかしいことばかえりで…。正直に言えば、後悔している。

僕が君の気持ちに気付かなかったから…。だから、君はいやいや結婚を承諾したんだろう?」

「あれは…。違うわよ。私がぞっこんだったって話をあの子が蒸し返したから…。ちょっと強引に迫られたって誤魔化しただけで…。好きで好きで夜も眠れない程だった私を彼女はよくからかっていたから、冗談を返しただけで…。

いつまでも仲良しなのを彼女は羨ましがって、いろいろ言う子だし…。

 大体、そんなことはその時に聞けばいいじゃない。ずっと引きずってたの?

私は貴方が大好きなのよ。じゃなきゃ、一緒に居るわけないじゃない。」

「え?そうなの?でもさ、子どもが生まれてから、僕のこと蔑ろにしていたじゃん…。特に最近は…。僕のこと構ってくれないじゃん」


「あー。ごっほん」

俺は、バカみたいな痴話げんかに巻き込まれているような気がした。何故こんなバカップルに俺の妹が巻き込まれてんだ?全く馬鹿らしい。もう帰りたいよ。

「つまりは、ご夫婦の犬も食わない痴話げんかに妹は巻き込まれたということでよいのでしょうか?」


「本当にすみません。私達、もっとよく話し合います。妹様には本当に申し訳ございませんとお伝えください。こうなりましたら私が、責任を持って素晴らしいお相手を探して見せます。是非、宜しくお願いされて下さいます?」


 おいおい、この奥さん大丈夫か?

 あんこがこんな男に振り回されていたのなら、やっぱり心配だ…。ここは、俺がなんとかしないと…。


◇◇◇



かくして、あんこの未来のお相手探しが始まるのであるにゃー。

今回は、俺たち猫の出番が少なくて悲しいけど、あんこの未来の伴侶を探すためにも、このおばさんやお兄さんに活躍してもらわないとにゃ。

ま、俺たち猫家族も協力するにゃー。どんな男が来るのか、楽しみだにゃー。


猫家族の父でああるハッピーは、ごろごろ喉を鳴らしながら、独り言…いや猫言を吐いた。もちろん、あんこさんの耳には届かなかったけどね。

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