第8話 森妖精

「面白そう」好奇心をまるで隠さず当たり前のように馬車に乗り込んできたノワールを引き連れ、豪華絢爛な装飾の馬車は一路アトラス中心街へと向かっていた。

 想像していた馬車は座席が相当揺れるものだと覚悟していたが、これが存外快適な乗り心地で、クッションのおかげでお尻は守られ道路のちょっとしたわだちや凹凸に乗り上げてもちっとも揺れを感じることはなかった。


 というのも、「客車キャビンには振動を制御する魔法が組み込まれているからだ」と、俺を制服のまま半ば拉致に近い形で連れてきたオパルがノワールに尋ねたはずの質問に真っ先に答えたからだ。


「まったく……私が仕えているのはハイアット家だというのに、何故このような凡人の面倒を私が見なくてはならないんだ」


 馬車の中でオパルはわざとらしく溜め息を吐くと愚痴をこぼして眼鏡を押し上げる。


「おい、営業中だっていうのに無理矢理連れ出しといてその言い草はないんじゃないか」

「黙れ。無知な人間ヒューマン風情が図に乗るなよ。今回は奥様の命で仕方なく、やむを得ず、不本意だが貴様をもてなすためこうして同じ客車に乗せてはいるが、本来であれば人間である貴様をこうして乗せることなど断じてあり得ぬことをしれ」

「コノヤロ……言わせておけば」

「なんだ、いくらハイアット家の客人とて、今この場での生殺与奪は私が握っていることを忘れるなよ」


 向こうの殺気が虎だとすれば、対峙している俺など鼠に等しい。

 世界を見渡せば二十一世紀にも関わらず未だ解決には程遠い差別がありふれているが、それでもここまで正面切って他者を見下す奴がいるのかと呆気に取られていると、耳元でノワールがそっと耳打ちをして教えてくれた。


森妖精エルフ。傲慢多い。人間嫌いも」

「え? いったいどうして」


 無駄口を利きたくないとばかりに、瞼を閉じているオパルを横目に小声でのやり取りが続く。


「マチダ何も知らない。森妖精は魔法の天才。だけど二百年前人間に虐殺された。今も根に持ってる森妖精多い」

「そんな悲惨な事件があったのか……。だけど俺はまったく関係ない民間人だぞ」

「ん。関係ない。だけど森妖精には関係ない。同じ人間だと決めつける」


 同じも何も、そもそも俺は違う世界の人間であってそのような陰惨な歴史とはなんの関連もないのだが、そんなことはどうやらオパルには関係がないらしい。

 二百年経っても続く恨みとは、遥か昔の先人達が犯したとがはどれほど苛烈だったのか――差別的な態度は甘んじて受け入れるしかないのかと肩を落としていると、馬車の速度がじょじょに落ちていった。


       ✽✽✽


 御者に扉を開けてもらい、恐る恐る降り立った先は綺羅びやかな店舗が立ち並ぶ上流階級ハイソな香り漂う通りだった。大正ロマンを感じさせる街灯が連なり、舗装された道路を似たような装飾の馬車がひっきりなしに駆けている。行き交う人々もどこかお洒落な装いで、たまたま覗き込んだショーウィンドウに並ぶ商品の値段を目にし、思わず二度見三度見してしまうほどの金額に驚かされた。日本で言えば銀座に相当する街は、俺が足を踏み入れるには敷居が高すぎる。


 俺のことを余程毛嫌いしてるのだろう、わざわざ距離を開けて先を歩いていたオパルは一軒の仕立屋テイラーの前で立ち止まると、執事らしく扉を開けて中へ入るよう促された。

 一度だけ百貨店でスーツをオーダーメイドしてもらったことがあるが、それに負けず劣らずの生地の豊富さでメジャーを肩にかけたこちらも森妖精の店主が出迎えると、「こいつに似合う燕尾服を早急に仕立ててくれ」とオパルは気さくに話しかける。


「え? ちょっと待ってくれ。俺はこんな店でスーツを新調する金なんてないぞ」

「ふん。金の面は心配しないでもこちらで出す。これから貴様にはドレスコードに厳しい三ツ星レストランで会食の席についてもらうからな。そのような庶民臭い服装では入店すら許されないぞ」


 そう告げると、オパルは俺の全身を一瞥し馬鹿にするように鼻で笑った。

 店主は相手が人間とはいえ、客は客とわりきっているドライなタイプのようで素早く採寸を終えると、いくつか見繕った生地の中からオパルが選択した生地で早速裁縫に取り掛かる。


 仕立屋の仕事は早く、ものの一時間程度で燕尾服は完成した。野暮ったいという理由で久しぶりに清潔な髪型にカットしてもらった俺をロワールは「男前」と無感動な声色で褒めてはくれたが、オパルは「それだけ金をかけてギリギリ及第点といったころだな」とあいも変わらず手厳しい。


「なあ、今更なんだが俺は誰と会う予定なんだ」

「なに? 貴様ハイアット家の名も知らないというのか」

「え、そんなに有名な家なの?」


 ノワールに助け舟を求めると、オパルに事情を説明してくれた。


「マチダ異国人。だから無知は許してほしい。本人から家名も聞いてない」

「……なるほど。余程のド田舎から訪れたんだな。であれば会席の場で粗相を起こさないために軽く説明をしといてやる」


 ハイアット家はアストラを首都とするグランキュリオ国内において、エルフの里にいながら建国当初から絶大な権力を持つ四大貴族の一つだと自慢気に語る。

 遥か昔――数百年もの間続いた他種族間の戦争に区切りをつけたのが、初代ハイアット家当主だという。


 以降、当主に選ばれるのは卓越した魔法の才能を有するものと決まっているようで、当代ハイアット・ギルベルトは歴代一、二を争う実力と謳われている人物らしいが、何故そのような傑物が俺と会う気になったのか謎のまま馬車は日が落ち始めた街中を駆けていくとどこぞの城のような外観の建物の前で止まった。

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