第43話 アルザム国の逆襲

(今度は一体なんだ?)


 ジョーのオクテットのすぐ横を、一機の戦闘機が飛んでいった。次の瞬間、別の戦闘機のバルカンが、ジョーのオクテットに向けて発射された。 ジョーは、バルカンを素通りさせたが、さらに別の二機の戦闘機が、執拗にバルカンを撃ってきた。


(くそっ、こいつら!)


 ジョーは数体に分身すると、戦闘機のそれぞれに瞬間移動して、パイロットの脱出装置を強制起動させた。そしてすぐさま戦闘機をバラバラに分解した。


(どうだ!)


 しかし、アルザム国の艦隊は、ジョーに対する攻撃の手をいっこうに緩めようとはしなかった。さらなる戦闘機が、次々とジョーに襲いかかってきた。


(これじゃきりがない。それなら)


 ジョーは一気に100体に分身した。


(これで終わらせる!)


 100体のジョーが、空母そのものを解体しようとその甲板に瞬間移動したとき、事態が確実にひっくり返されるような光景が眼前に現れた。


 甲板には、マリアたちがいた。マリアたちが乗っていた輸送機は、ここにくる途中でアルザム国の艦隊によって拿捕されていたのだ。


 マリアとカナを含む十数人のDDUのスタッフが一カ所に集められて、銃をもったアルザム国の兵士たちによってその周りを囲まれていた。


「抵抗をやめろ!」

 真っ赤なベレー帽をかぶり、サングラスをかけた一人の兵士が、ジョーのオクテットに呼びかけた。


「妙な素振りを少しでも見せたら、ここに捕らえた者たち全員を射殺する!」


 ジョーのオクテットは、分身を解いて一体となった。


「お前が、ヨシュア国の『見えない壁』の正体か?」


(こいつら、俺のことを知っているのか)


 ジョーの光の人型は、ゆっくりと頷いた。


「我々の持つ武器ではお前を倒せない。だが、お前を操っている人間がいるな? 決して人を傷つけようとしないその戦い方を見れば分かる。姿を現せ!」


 その兵士は、マリアにすっと銃口を向けた。


(くっ、この野郎! スエズリー、聞こえるか?)


「ええ、聞こえます」


(オクテットフォーメーションを一時解除してくれ!)


「解除!? 何を考えているのですか?そんなの自殺行為ですよ!」


(奴らの目的は俺なんだ。やってくれ!)


「無茶ですよ!」


(いいから! マリアたちが危ない。奴らは本気だ!)


「ああもう! どうなっても知りませんよ!」


 スエズリーはオクテットフォーメーションを一時解除した。


 ジョーがその姿を現すと、マリアとミカがいち早く気づき、その他のスタッフも驚きの声をあげた。


「ジョー!? あなた、生きて、生きていたの!?」


 マリアが、お腹の底から響かせるような声をあげると、


「まさか本当に? 信じられない!」


 カナは、大きく目を見開いたまま、自分の顔を両手で覆った。


 二人は、急いでジョーのもとに駆け寄ろうとしたが、兵士の銃の先で阻止された。


「君ら二人にはきっとものすごい心配をかけたんだろうな。でもこの通り、何とか

生きているよ!」


 ジョーは視線を兵士に向けた。


「おいっ、これでいいだろ? その人たちを今すぐに解放しろ!」


 目を赤く光らせたジョーが兵士に向かって言うと、その兵士はジョーに向かって突然発砲した。


「なっ!?」

 驚いたのは兵士の方だった。ジョーはその弾丸を見事にかわしていた。


「ばかな!?」

 兵士は、次々とジョーに向かって弾丸を打ち込んだ。だか、ジョーには一発も当てることができなかった。


「無駄だ、止めておけ、あんたの弾筋はもう見切っている」


 ジョーにはなぜか、その兵士がジョーのどこを狙い、いつ引き金を引くのかがはっきりと分かっていた。


「化け物め!」


 兵士はサングラスをかなぐり捨てると、藁をもつかむようにマリアの腕を引っ張って自分のすぐ脇に引き寄せた。


「次、またかわせば、この女を撃つ」


 兵士は、針の穴をも見据えるような凝光をその目に秘めて、銃口を再びジョーに向けた。


(やはりそう来るか……)


 ジョーは兵士に向かって話かけた。


「おい、あんた、俺に何か恨みでもあるのか?」


「恨みなどない。だが、ここでお前を始末しなければ、ゆくゆくは我々にとって得体の知れない脅威となる」


「脅威だって? 俺が? バカ言っちゃいけないよ。俺は争いが大嫌いなんだ。俺ほど無害な奴なんか、世界のどこを探してもいないね。それは分かってくれるだろ?だってあんた、けっこう俺のこと知っているみたいだからさ」


 兵士に語りかけながら、実はこのときのジョーは、できるだけ時間を稼いでいた。ジョーは、テレパシーを使って、ウチュウ・タロウ、スエズリー、マリアを含むクルーの全員、そしてアランと会話をしていた。


 まずはスエズリー。


(スエズリー、聞こえるか?)


(はい! 聞こえてますよ!)


(いつでも再フォーメーションができるように準備をしておいてくれ!)


(勿論分かっていますよ! でもどうします?)


(なんとか奴らの隙をつくる。オクテットになったら、マリアたちと同化して、お前のもとに彼女たちを転送する)


(ええ!? そんなことできるんですか?)


(やるしかない! 確か、古くなって今は使っていないサーバーがたくさんあったよな? あれを全部今すぐオクテットシステムにつなぐんだ)


(全てですか!?)


(そうだ! それでも足りないかもしれない。同化したマリアたちの生体データを一旦電子化して保存する必要があるんだ。その情報を元にオクテットで彼女たちの身体を再構成する)


(なるほど、理屈は分かりましたが)


(時間がない! 急いで準備を頼む!)


 次いで、アラン。


(アラン、聞こえるか?)


(ジョーか? なんだこれは?)


(テレパシーで話しかけてる。今、マキシマ島の近くを航行するアルザム国の空母の上に居る)


(空母だと!? ちょっとまてモニターで確認する。ああ、確かに。協定を無視してまで……奴らそこで一体何をしてる?)


(俺のことを調べに来たんだ)


(お前のことを?)


(その話は後だ。今、マリアたちが人質に取られていて、俺はオクテットになることができない)


(なんだと?)


(あなたの助けが必要だ! こっちに来られるか?)


(このままの軌道でいくと……ちょうど五分後にお前たちの真上を通過する!)


(ほんとうか? よしアラン、ここに来たら急襲を装って空母に接近し、奴らの注意をそらしてくれ! その隙に俺はオクテットになってマリアたちを救助する)


(分かった。やってみよう!)


 次いで、マリアとカナを含む施設のクルーたち。


(みんな、ジョーだ。今テレパシーで話しかけている。これからみんなの救出方法を説明する。そのまま動かずに聞いてくれ。もうすぐアランの宇宙船がここに来る。来ると言っても通過するだけだが、ちょっとした騒ぎになるだろう。その隙に俺が再びオクテットになり、みんなと同化してAITの中に転送する。そのときが来たら、俺を信じて決して拒まないでほしい。二十七丁もの銃口が向けられている今、チャンスは一度、それも一瞬しかない!)


 カナ「分かったわ。ジョー、あなたを信じる!」


 マリア「ジョー、私もあなたに全てを委ねるわ」


 提督「何なんだこれは? ほんとうに大丈夫なのか? 我々を勝手に巻き込んで、もし万が一のことがあったら、どう責を、ブッ」


 時間がないため提督の言葉は最後まで聞かれなかったが、他のメンバーはすべてジョーの提案に同意した。


 そして最後にウチュウ・タロウ。


(おい、タロウ、聞こえるか?)


(なんや?)


(さっき、お前がいる限り俺は死なないって言ったよな? それはたとえ銃で撃たれてもってことか?)


(まあそうやな、あの程度の銃なら、おそらくわしらの再生能力の方が上やから、肉体は大丈夫やと思う。けど……)


(けど、なんだ?)


(実際撃たれたら、かなりの激痛が走るし、それよりもお前の心が無傷で済むとは思えん)


(どういう意味だ?)


(もし撃たれたら、お前の心は、奴の殺意をまともに受けることになる。お前、互いの存在、つまり生死をかけた『完璧なる殺意』に襲われたことがあるか?)


(完璧なる殺意?)


 このとき、マリアを人質にとっている兵士が、彼女の変化に気づいた。それまで抵抗して体に込めていた力がなくなり、表情も少し落ち着いたものになった。


「!? お前たち、何か企らんでいるな!」


 兵士の言葉に、ジョーは一瞬ぎくりとしたが、ウチュウ・タロウの話は続いていた。


(おそらく無いやろな。お前の心はほとんど無防備なんや、わしとこうやって普通に意志疎通ができているのが何よりの証拠や。そんなお前の心が非情な殺意を受けたら、最悪の場合は崩壊してまうし、少なくともかなりのダメージをおうことは確かや……って、お前、何しとんねん!?)


 ウチュウ・タロウとの話の途中、ジョーは、兵士とマリアの方に向かって静かに歩き始めた。


(今、奴らに想定外の行動をとらせるわけにはいかない。アランが来るまでなんとか時間を稼がなくては!)


「貴様、止まれ!」


「撃ちたいなら、撃てよ!」

 ジョーは両手を高く広げた。


 バン!


 兵士の撃った弾がジョーの右腕を貫通した。


「ぐあっ!」


 ジョーは右手の傷口をを左手で抑えながら、その場にうずくまった。右腕からの出血が左肘に伝って落ちた。


「キャアア!」

 マリアの悲鳴が、周りの空気を切り裂いた。


(だめだマリア! 動くな! 俺を信じろ!)


 ジョーは半ば脅すような視線をマリアに送ったが、その一方でその心には、かつてない恐怖が襲いかかろうとしていた。


(痛ってえ……それに、めちゃくちゃ怖ええ……)


 ウチュウ・タロウが声を上げた。

(アホ! だから言うたやろ! お前の心、恐怖でバラバラになってまうど!)


 しかし、ジョーは立ち上がると再び兵士の方に向かって歩き出した。


 バン!


 二発目の銃弾が左肩を射抜いた。


「うあっ!」


 しかし今度は、ジョーは立ったままでなんとか踏ん張った。


(はあ、はあ、はあ、タロウ、お前の言うとおりだ。ほんとうに怖い……こんなの初めてだ、心が、どんどん削られていくみたいだ。けど……)


(けど、何や?)


(これって、俺にもまだ人間らしい所が残っているってことだよな?)


(……確かに、そう言えるかもな)


(なんかそういうのがちょっと嬉しいんだ。それに、タロウ、お前のこともな)


(わし?)


(俺はもう人間じゃない。けど一人じゃない。タロウ、お前が居てくれるから)


 バン、ババン!


 さらに数発の弾丸がジョーの体に食い込んだ。しかし、ジョーはその歩みを止めなかった。ジョーは、必死の形相で、兵士の視線の奥に、その気迫をねじ込ませていった。


(タロウ! 俺はお前と一緒にあの女性を、マリアを守る!)


 何発もの銃弾を受け、血を流しながら、ジョーはとうとう、兵士の前に辿り着いた。そのとき、銃の弾が切れ、兵士は慄きを隠すように、ジョーに殴りかかった。しかし、ジョーはこれをぐっと受け止めてそのまま右手を取り、一本背負いで兵士を投げ飛ばした。解放されたマリアがジョーの胸元に飛び込んできた。


「ジョー!」


 マリアは、ジョーの腰に両手をぐっとまわして引き寄せ、ジョーの体を渾身の力で支えた。


 ぐったりとしたジョーが、マリアの視線を受け入れようとしたとき、空母のサイレンが鳴り響いた。


「北北西より、未確認飛行物体接近中! 総員警戒態勢、第三待機! 総員警戒態勢、第三待機!」


 その刹那、ジョーとマリアを除く甲板にいた全員が、反射的に北の空を見上げた。


(スエズリー、今だ!)


(いきます!)


 ジョーは再びオクテットになると、分身、クルーたちとの同化、そして彼らの転送をほぼ一瞬でやってのけた。


 アランの宇宙船は、空母との距離がわずか数メートルというところまで急接近した後、船先を上に向けて急上昇し、そのまま雲の中へ消えた。


 それはあっという間の出来事だった。その場にいた兵士たちは何が起きたのか理解することができなかった。


 しかし、オクテットとなったジョーが姿を現すと、投げ飛ばされた兵士が我に帰り、ジョーを睨みながらゆっくりと立ち上がった。


(人質全員をここから避難させた。もう、終わりだ。自分の国に帰れ)


 ジョーがテレパシーでそう言うと、その兵士は大声をあげながら走って向かってきた。


「ウオオオ!」


 バババン!


 炸裂音が突如響いた。眼前の兵士の顔が無惨に砕け散り、頭のない胴体が力なく後ろに倒れた。


(なっ!?)


 バン! ババン! ババババ!


 一機の黒い戦闘機が、バルカンを撃ちながら空母の上空を通過していった。


(なんだ!?)


(ジョーさん、ステルス戦闘機です!!)


 スエズリーの声がつんざくように響いた。


(何、ステルスだと? 同盟国軍か!?)


(そうです! 西側同盟国が、アルザム国艦隊のヨシュア国領海への侵入と、このマキシマ島へのミサイル攻撃を宣戦布告とみなしてしまったようです!)


(なんだって!?)


 何十機というステルス戦闘機が次々と現れ、空母への攻撃を開始した。


 アルザム国艦隊もこれに応戦し、戦闘機を発進させた。


(やばい、やばいぞ!)


(ジョーさん、大変です! 今テレビで放映されていますが、核保有国のドンガ国とエルタ国がたった今、我々西側の同盟国に戦線布告をしたそうです!)


 ハッカーたちの手からなんとか奪回したとはいえ、同盟国が完全な軍備体制を整えるにはまだ時間を要した。その機に乗じて、以前から同盟国に反感をもつ国々が、アルザム国のヨシュア国侵攻をきっかけとして、次々と参戦を表明してきた。完全な状態ではない現時点での同盟国軍の軍事力と、アルザム国を含む、密かに軍拡を図ってきたその他の国々、すなわち『反同盟国軍』との軍事力は、ほぼ互角になっていた。


 それまで莫大な費用と時間を投じてこの地上で準備され、蓄えられてきた巨大な兵力が、同じ地上で悠久の太古より育まれてきた無垢な命の群を、その業火に供じはじめた。戦禍は、みるみるうちに全世界に拡大していった。


 マキシマ島は、同盟国軍と反同盟国軍との最初の戦場になりつつあった。


(馬鹿な!)


 ジョーは争いをやめさせるべく、可能なかぎり分身して、同盟国軍と反同盟国軍とを問わず、その戦闘機やミサイル等の武器を手当たり次第にバラバラに分解していった。しかし、その数とスピードは、ジョーのオクテットの力を持ってしても対応しきれるものではなく、ジョーの守りを漏れた数発のミサイルが、AITの発電部に着弾してしまった。ジョーのオクテットは急速かつ大幅なパワーダウンを強いられた。


(これが、こんなのが、人類の求めていた『答え』なのか!?)


 あまりに多くの人間たちの狂気、恐怖、不安、怒り、憎しみ、悲しみといった少なからずも厳しい冷熱をもつ感情の嵐が、それまで感じていた大いなる意志を跡形もなく消し去り、ジョーの意識を凍えさせた。

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