第27話 変身

 死という文字が頭の中をかすめた瞬間、ジョーの中で何かが響いた。


 ……ドウシタ……ツカワ……ナイノカ……オレタチハ……イツモ……ソバニイル……ソバニイル……ソバニイル……


(……なんだ? 使え? そばにいる? そばに……俺のそばにはマリア……そうだ……マリアだ……)


 そのとき、ジョーの意識全体をマリアのイメージが包んだ。


(い、生きる……生きるんだ……俺は、生きてマリアの元に帰る!)


 次の瞬間、ジョーの目の前に、壮大なパノラマが広がった。


(こ、これは!?)


 パノラマは、まるでそこにいるような視点で、海から陸、そして空へとものすごいスピードで進み、最後に広大な草原にだとりついた。そこでは様々な種類の生物が、なぜか全速力で走っていた。ジョーもまた、その草原の中に身をおかれ、周りに合わせるようになかば強制的に走らされた。


「うおっ、な、なんだ? く、苦しい!」


 いつのまにかジョーの前方には、巨大な壁がどんどん近づいていた。周りの生き物の多くは、その壁に衝突して体がバラバラになり即死していた。ジョーもこのままでは激突死すると思われたが、ごく一部の生き物には、その壁を驚異的な跳躍力で飛び越えたり、あるいは非常に俊敏な動きで横にかわしていくものがいた。


「い、嫌だ、死にたくない、死んで、死んでたまるか!!」


 優しく微笑むマリアのイメージが、ジョーの全感覚を極限まで引き上げた。


「マリア! マリアァァァァア!」


 意を決したジョーは、みずからさらにスピードを上げると、身を低くして壁に向かっていった。


 ジョーは、渾身の力で壁に体当たりをした。なぜその決断をしたのかは分からなかった。だが、それしかないという直感がジョーを突き抜けたのだ。


 壁は砕けた。いや、砕いた。不安と恐怖が支配していた現実が、刹那の判断と行動によって、全く思いがけない結果へと昇華した。


                  ◆◆◆


 ジョーの本体が火の玉に飲み込まれると、ジョーの分身たちも姿を消し、八人のレベル5は外次元に放り出された状態となった。


「うわああ!」


 リンダとマッキンリーは、アルバトロスの両肩のそれぞれを支えながら、なんとか持ちこたえていたが、キーマ、ロレッタ、ムロウ、そしてヴェリッヒの四人は、糸の切れた凧のようにバランスを失い、外次元の予測不能な流れに飲み込まれていた。


 この状況を救ったのはハルトだった。ハルトは、ジョーほどではないものの、外次元で安定して存在することができ、さらに、ある程度自分の意志で動き回ることができた。ハルトは、四人のレベル5をなんとか救い出した。


「全員、手をつないで輪になりましよう! 輪の向きと角度は僕が調節します! 大丈夫、できますよ!」


 ハルトの声は、明確で自信に満ちており、若きリーダーを思わせた。


「ハルト、あなたが居てくれて助かったわ」


 リンダが息をはずませた。


「いいえ、寿命がほんの少し延びただけかもしれません」


 状況は悪くなる一方だった。火の玉はその数をどんどん増やして、アルのTWに襲いかかろうとしていた。


「ジョーさんが、まさかこんなことになってしまうなんて」


 気落ちするハルトをみたリンダは、ジョーを飲み込んだ火の玉に向かって突然叫びだした。


「ちょっと、あんた! しっかりしなさいよ! いいの? こんなところで終わっても!?」


 リンダの叫びで何かに気付いたように、マッキンリーも顔を上げて言った。


「そうじゃとも! あんたの力はそんなもんじゃない! 早く、早くこっちへ来るんじゃ!」


 二人の叫びは、ねらいを定めて放たれた矢のごとく、ジョーの存在にむかって瞬翔した。すこし戸惑いながら、ハルトは思った。


(ジョーさんが、生きている!?)


 そのとき、リンダとマッキンリーに支えられながら力なく頭を垂れているアルバトロスが、静かに呟いた。


「……そうだ、お前なら……できる」


 次の瞬間、ジョーを飲み込んだ火の玉から、二つの巨大な光の輪が飛び出した。火の玉は四つに裂かれて爆発した。


 光の輪は、黄金の輝線ともいうべき鋭利な光を放ちながら、その数を八つに増やした。光の輪の中心に、ジョーがいた。その目は、妖しく緋色に燃えていた。


 各光の輪は、周方向の回転と面回転とが同時に高速で行われていて、ジョーはまるで光の玉の中にいるように見えた。


「あれは、ジョーさん!?」


 光の輪はさらに大きくなり、突然、真円から細長い剣のような形状となって火の玉の一つを貫いた。そして、そのままジョーを中心として回転し、その火の玉を両断・破壊した。


 八つの光の輪は、いずれも鋭い剣と化し、高速回転しながら四方八方に伸びると、火の玉を次々と射抜き、切断していった。


 ヴィアアアアアアア!!!


 ものすごい叫び声が響いた。その声は、明らかにジョーから発せられたものだが、それまで全く聞いたことのない、巨獣の砲口のような、魂が震える響きだった。


 火の玉は、みるみる破壊されていった。無数に存在していたように見えた火の玉が、いつのまにか残り数個となったとき、ジョーは、八つの光の輪を一つにまとめて巨大な槍とし、残りの火の玉をまとめて突き刺した。そして再び八つの剣へ分離させると、火の玉はバラバラになって爆発した。すべての火の玉が、ジョーの出現からあっという間に消滅してしまった。


「す、すごい!」


 アルバトロスとマッキンリー以外のレベル5が、その様子を、息を飲んで見ていた。


 火の玉をすべて破壊したことを確認したジョーは、レベル5たちの方に向き直ると、今度は、その光の輪をレベル5のそれぞれに向けて放った。


「え!?」


 リンダとハルトが思わず同時に声をあげたとき、八つの光の輪は八本の光線となり、レベル5のそれぞれを射抜いていた。


「うああああああ……」


 驚嘆の叫びとともに、八人のレベル5は全員、それぞれの光線に吸い込まれていった。

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