御厨家の令嬢

金糸雀

才色兼備の令嬢

 御厨みくりや家といえば、かつては皇族とも姻戚関係を結んでいた旧華族であり、古の身分制度が疾うに形骸化した現代においてもなお、財閥の長として日本国内において重要な地位を占める名家である。御厨の傘下にはざっと五百ほどの有名企業が連なり、経済界における影響力は無視できないものとなっている。


 御厨家現当主には一人娘がおり、名を櫻子という。

 名は公表されているものの、彼女が表舞台に出ることはない。

 「櫻子は未だ若年であるため、公の場への露出は避けたい」

 それが御厨家の言い分である。


 しかし、隠されればこそ噂されるのが世の常。

 御厨家の令嬢に関する話題は極めて好まれた。勿論、御厨家の逆鱗に触れない範囲において、ではあるが。


 月並みな言葉で片付けてしまうなら「才色兼備」を地で行く少女。

 それが、御厨櫻子に対する世間からの評価である。


 櫻子という名に恥じぬ清楚な美人で、学業成績も極めて優秀。語学が堪能で教養にも優れ、豊富な話題は相手を飽きさせることなく政財界の大物を相手取れるほどである――等々。


 おそらく、姿を現さないからこそ過剰評価されている面も多分にあるのであろう。

 案外、いざ櫻子が表に出てきたならば、存外に普通の少女であるかもしれない。しかし、出てこないのだから彼女の本当の姿を知ることは誰にもできず、人々が噂する御厨櫻子という娘の像は美化される一方であった。


 櫻子が十代半ばに達する頃には、ある一つの話題が生まれ、そして過熱していった。

 その話題とは――結婚問題である。

 

 彼女は優秀ではあるが、女だから――男ではないから、家督を継ぐためには然るべき時期に婿を取る必要がある。

 女が単独で家督相続することができない――など、時代錯誤な話ではあるが、こと御厨家に関しては、かの家が名家であり、財閥の長であることを考えると、時代錯誤と斬って捨てることもできまい。御厨家にとって、女子しかいない場合は婿を取るということは時代錯誤でもなんでもないのである。


 このような状況下において、結婚問題――有り体にいえば、「御厨家の婿に選ばれるのは一体どこの誰なのか」という話題がひそひそと囁かれるのは、必然であるといえよう。

 

 ちょっと育ちが良い程度の男では駄目だ。

 容姿、頭脳、学歴、経営能力、家柄――そして人柄。

 これら全てにおいて、櫻子と釣り合いの取れた相手でなくてはならない。


 ――というのが大方の共通認識であるが、果たして櫻子にふさわしい男はいるのかどうか、という懸念もまた、御厨家の婿問題に興味を抱く者全てが抱くものであった。

 おそらく旧宮家に由縁を持つ男子の中から御厨家の婿は選ばれるのであろう。

 そう目星を付け、候補者を列挙するような者たちすら、現れるような始末。


 

  御厨櫻子の「才色兼備」ぶりを、結婚問題を噂する世間の人々が知り得ないこともまた、一つあった。

 

 それは――「御厨櫻子には双子の妹がいる」という事実である。

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