穴掘り蛙と拳銃の蛇と蛞蝓(なめくじ)の死体

ふじゆう

第1話 蛙の目

 穴を掘っている。どこで間違えたんだ?

 失敗だらけの人生だったけど、今が最大のピンチだ。元凶は、俺の背後で、悠々と煙草を吹かしている。

 俺の背に拳銃を突きつけながら。

 夜も深まり、鬱蒼と生い茂った森の中で、車のベッドライトに照らされている。生きた心地がまるでしない。

 そもそも、蛇沼へびぬまさんに再会してしまったのが、全ての始まりだ。いや、終わりだ。

 大学を卒業し、就活は全敗。尻尾を巻いて、地元に帰ってきた矢先の事だった。街をぶらついていたら、蛇沼さんに声をかけられた。

 地元の同世代で、蛇沼兄弟を知らない奴はいない。地元を離れても彼等の噂は入ってきていた。ガキの悪戯では飽き足らず、本職になったのだと。高校時代、彼等に可愛がってもらい、イキがっていた。憧れだった。でも、それが間違いだった。分不相応だった。

 彼等に可愛がってもらい、それが自分の力だと勘違いしていた。度を越した暴力や度重なる犯罪行為に、次第について行けず、逃げるように地元を離れた。

 俺に拳銃を突きつけているのは、蛇沼兄弟の片割れ、弟の方だ。当時からそうだった、二人とも頭のネジが外れている。俺の印象だと、弟の方がヤバイ。まさに、サイコパスだ。今でも鮮明に覚えている。兄がぶちのめした相手を、弟は馬乗りになって、タコ殴りにしていた。返り血を浴び、ニヤける顔に、背筋が凍った。

 自分で掘った穴に入り、スコップを握りしめている。この穴の先は、地獄に続いているのだろう。俺が発する荒い呼吸音が、酷く耳障りに感じた。

 穴の淵では、女の死体が横たわっている。こいつを埋める為に、俺は必死になっている。だがきっと、穴に入るのは、女だけではないだろう。

 死人に口なし。冷たい女を抱きながら、冷たい土の中で眠る。

「くっちょん」

 殺伐とした雰囲気に似つかわしくない、可愛らしいクシャミが聞こえた。思わず笑ってしまいそうになったけど、奥歯を食いしばった。蛇沼さんを刺激するべきではない。

「寒いか?」

「いえ! 大丈夫です!」

 ただ突っ立っているだけの蛇沼さんは、肌寒いかもしれない。だが、俺は汗だくになって、スコップを振り回している。暑いくらいだ馬鹿野郎!

「・・・撃ってやろうか?」

「か、勘弁して下さい!」

 心の声が漏れてしまったのかと、肝が冷えた。暑さや寒さを感じないようにしてやるという事だ。イカレている。疲れたなど言おうものなら、疲労を感じなくしてやると言って、引金を引きそうだ。

 久々に再会した蛇沼さんだが、見るからにイカレていると感じた。あの時に、逃げておくべきだった。時代錯誤も甚だしい、チンピラを絵に描いたような格好をしていた。正直ダサイ。が、逆に怖かった。

 だからこそ、『女を調達します』と、ご機嫌取りをしてしまった。ナンパなんかした事なかったけど、あっさり捕まった。肌の露出の多い服装で派手な女だ。おそらく水商売をしているのだろう。その女が、そこで眠っている。

 蛇沼さんが、殺した。

 殺した瞬間は見ていない。用を足しに離れ、悲鳴を聞き戻ると、女はグッタリしていた。きっと、蛇沼さんが襲いかかり、抵抗されたから・・・意味が分からず血の気が引いた。しかし、チャンスだと感じた。

 死体を埋める事を提案した。その為には、スコップが必要だ。買いに行くふりをして逃げるつもりだった。急いで買ってくる事を伝えると、蛇沼さんは車のトランクを指差した。恐る恐るトランクを開けると、スコップが入っていた。それだけではない。雨合羽や長靴もあり、実に用意周到だった。

 何度も人を埋めた事があるのだろう。

 呆然としていると、拳銃を突きつけられた。

 俺は、ここで観念した。

 女の死体を背負うと、手足は恐ろしく冷たかった。少し開けた場所まで、女を運んでいると、突然少し軽くなったように感じた。

 人間は死ぬと、少し軽くなると聞いた事があった。魂の分だけ、軽くなるのだと。女と接着している背中に悪寒が走った。

 一心不乱に穴を掘り続け、既に胸の高さまで深くなっていた。足腰に痛みが走る。一息ついた時に、チラリと背後を見ると、蛇沼さんはしゃがみこんで女の体を触っていた。常軌を逸している。この異常者め! 

のろい!」

「す! すみません!」

全力を出しているが、お気に召さないようだ。背中に目でもついているように、休んでいた俺を叱責する。

「塩持ってないか?」

 蛇沼さんの問いに、動きを止めた。生唾を飲んで振り返ると、蛇沼さんは立ち上がり俺を見下していた。ヘッドライトで逆光になり、黒い化物に見えた。

 俺は懸命に首を左右に振った。塩なんか持っている訳がない。

 浄めの塩? 盛り塩? どちらにしろ霊を祓う為のものだろう。霊的なものを信じているのは、意外だった。だが、自分で殺しておいて・・・無意識の内に、自然と涙が溢れてきた。

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