第51話 雑炊(特別メニュー)③
次の日の朝。
正義とチョコがカルディナの部屋まで様子を見に行くと、既に彼女はベッドから起き上がって軽く屈伸運動をしていた。
「お姉ちゃん!?」
「もう大丈夫なんですか!?」
「あ、マサヨシとチョコちゃん、おはよー。昨日のしんどさが嘘みたいにもうすっかり元気だよ」
驚く二人に向けて、カルディナはひらひらと笑顔で手を振ってみせる。
「ぐっすり寝たし薬も飲んだし、何より、マサヨシとチョコちゃんが作ってくれた雑炊がとっても美味しかったからね!」
「回復に貢献できて嬉しいです。とはいえ、まだ病み上がりですからね。今日もお店は休みだしゆっくりしてください」
「わかってる。無茶はしないよ」
その直後、店のドアをノックする音が聞こえてきた。
「カルディナ、大丈夫なのー?」
「お、ララーさんの声だ」
慌ててドアを開けに行く正義。
ほどなくしてララーも部屋に入ってきた。
「熱出して倒れたって聞いたから朝イチで飛んできたわよ! ――って、なんか既に元気そうなんだけど?」
「あはは……。俺たちも回復力に驚いてたところです」
「まぁ昔から元気だけが取り柄だからね。それよりも、マサヨシがララーに連絡したの?」
カルディナの問いに正義は無言で頷く。
昨日の夜に正義からララーに伝えていたのだ。
珍しく慌てた口調で「明日行くから!」という返答をもらったところで今日になり――この状況だ。
「もう……。あんたが病気になることなんて滅多になかったから、本気で心配したのよ……」
「ありがとうララー。マサヨシとチョコちゃんのおかげだよ」
カルディナが雑炊のことをララーに話すと、途端に彼女の顔が興味深そうに赤く色付いた。
「へえー。ご飯を使ったそんな料理があるのね」
「この街では病気の時に食べるのは、野菜をすり潰したスープだもんね。あまり美味しくないやつ……」
「そうそう。子供の頃はあの味が苦手すぎて、『これを食べ続けたくないから早く良くならなきゃ』って焦ってたもんだわ」
当時のことを思い出したのか二人して笑い合う。
「でもそんな話を聞いたら私も食べてみたくなっちゃったわ、雑炊」
「簡単だから作りますよ」
「私も作り方覚えたよ! 卵をね、とろ~って流し込むの!」
チョコが元気に手を上げると、皆はつられて笑顔になった。
「あらあら。それじゃあ遠慮なくお願いしちゃおうかしら」
「私も作り方覚えたいな」
「カルディナさんは連続で雑炊を食べることになっちゃいますけど、いいんですか?」
「全然問題ないよ。それに今日は元気になったから具を加えてみようと思うんだ。鶏肉とか合いそうじゃない?」
「いいですねそれ!」
「美味しそう!」
盛り上がる一行の言葉を遮るように、またしてもドアノッカーの音が鳴った。
皆は一斉に顔を見合わせる。
「誰だろう?」
ぞろぞろと階下に行きドアを開けると、そこには狼の頭を持つ見慣れた獣人が立っていた。
「ガイウルフさん!?」
「やあやあ、おはよう諸君。今日は創立祭の7日目だからね。早速だが寄らせてもらったよ」
「あ――」
正義を除く三人は納得したように顔を見合わせる。
種族を越えて隣人と親睦を深める7日目――。
『隣人』とは、本当のお隣さんでなければならないわけではない。
自分の友や知り合いなど会いたい人に会いに行けば良いし、街にいる名も知らぬ人たちとも大いに騒いで良いという、非常に大雑把なもの。
要するに『みんな仲良く楽しもう』ということを、言葉を変えて言っているだけだ。
「今日は特別に珍しい食材を持ってきたんだ。是非活用してくれたまえ」
そう言いながら、持参した食材をどさどさとテーブルに置き始めるガイウルフ。
謎の肉に謎の野菜に謎のフルーツと、正義が見たことがない形の食材だらけだ。
「おわっ!? これミウトー鳥の肉じゃないですか!? こっちはケランの実だ!」
カルディナがテンションを上げてテーブルに駆け寄る。
「さすがはカルディナさんだ。ご存知でしたか」
「いやぁ、こんなの片手で足りるくらいしか目にしたことがないですよ。このお肉雑炊に入れちゃお!」
カルディナがうきうきになったところで、またしてもドアが鳴る。
「おはよう。いつもは来てもらうから立場だからね。今日はこちらから伺ったよ」
「え、領主様!?」
カルディナの声に皆は一斉に目を丸くする。
確かにそこにいたのは、この街の領主ハイネルケンだった。
その傍らには、お菓子が入った篭を抱えたアマリルもいる。
「おお、ハイネルケン殿。おはようございます」
「おやガイウルフ君。キミもここに来てたのかね」
顔を合わせるや否や、お互いに驚く上流階級の二人。
(そういえばご近所さんだったな……)
正義は二人の家の配置を思い出す。
知り合いだったとしても何らおかしくはない。
「それにしても創立祭の7日目、凄いですね。まさか領主様までうちにやってくるなんて……」
「ふふっ、マサヨシ。驚くのはまだ早いと思うわよ?」
意味深な笑みを浮かべるララー。
まるでその言葉を待っていたかのように、それから次々とドアが鳴った。
「ようカルディナちゃん! 元気にやってるかー!?」
「ザーナさん! お久しぶりです!」
「ういっす! 今日は俺たちが酒を持ってきたぞ! 地下水路と違ってやっぱ地上は眩しいねえ」
「……って、なんで領主様がここに!?」
地下水路で働いている常連のおじさん二人も続けてやってきて、先客に飛び上がるほど驚く。
「おおおはようございます……! あ……ララー先生やっぱりここにいた……」
「えええ……。何か私たち場違いじゃない……?」
ユルルゥに続き、かつて塾の寮生だったフロースをはじめ、魔法学校の生徒たちまでゾロゾロとやって来た。
突然賑やかになった店内に、さすがのカルディナも口をぽかんと開けるばかりだ。
「どうして……」
「そんなの言わなくてもわかるでしょ。弁当に魅せられたのはもちろん、あなたやマサヨシにも惹かれたのよ、皆」
ララーの言葉に、店に集まった面々はその通りだと笑顔で頷いた。
「皆……」
閑古鳥が鳴いていたかつての食堂。
入り組んだ路地の先にある店に、こんなにもたくさんの人が駆けつけてくれた。
感極まったのかカルディナの瞳が揺れる。
そんな彼女の肩に、正義はそっと手を置いた。
「これは気合いを入れて作らないといけませんね、雑炊」
その横からチョコもカルディナの腕に飛びつく。
「でもお姉ちゃんは病み上がりだからね。チョコたちがはりきって作るんだから!」
「そっか……。うん……! 二人とも頼りにしてるよ!」
カルディナの返答に、正義とチョコは満面の笑みで応えるのだった。
その昼に皆で食べた雑炊の味は、きっと一生忘れない――。
それくらい、7日目のこの日は正義にとって楽しくて特別な時間になったのだった。
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