第46話 モツ煮込み弁当③

 難しい顔のカルディナとララー、そして正義とユルルゥが向かい合うように宅配バイクの前で立っていた。


 正義から報告を受けたカルディナはすぐにララーに相談。

 そのララーは、ガイウルフの大量注文の時に手伝ってくれたユルルゥを伴って店まで飛んできてくれたのだ。


「よりによって街の外の遺跡ねえ……」


 ララーは眉をハの字にして呟く。

 遺跡は街から非常に近い場所にあるダンジョンのことらしい。

 街から近いので既に探索し尽くされているが、近辺に住む魔物がすぐに住み着いてしまうらしく、駆け出しの傭兵や冒険者たちの腕試しの場所にもなっているとのことだ。


 そこまで危険な場所ではないらしいが、魔物が出る街の外に出ることに変わりはない。

 魔物が活発になるのは夜からとのことだが、それでも危険を伴うことになる。


 かといって、注文をしてきた謎の女の人をこのまま無視する――という選択肢はなかった。

 もしかしなくても、あれは彼女からの助けを求める連絡だった可能性が高い。


 どういう状況なのか一切不明だが、弁当を欲しているくらいだから飢える寸前なのかもしれない。

 もしくは怪我をしていて動けないか――。


「でも、何でうちに連絡してきたんだろうね? 困ってるなら傭兵の詰め所とか冒険者ギルドとか、そういう所に連絡しそうなものだけど」

「単純に連絡先を知らないか、極限状態で頭が全然回っていないとかじゃない?」


 カルディナの疑問は全員が考えたことだ。

 だがここで考えていても何もわからない。

 あの苦しそうな呼吸からして、一刻を争う事態だという認識は皆の間で一致していた。


「マサヨシ、ユルルゥ。危険だと思ったらすぐに引き返しなさいよ」

「……わかりました」

「は、はい!」


 いつになく真剣な顔のララーに言われ、二人も真面目に頷く。

 今回、ユルルゥが正義と同伴することになった。

 ララーは浮遊魔法でその後から遅れて付いてくる。


 その理由は、ユルルゥが『自分を小人にする魔法』を習得したからだ。

 前回宅配を手伝ってくれた時に強く思ったらしい。


「自分が小さかったら、マサヨシさんのバイクに一緒に乗れてお手伝いに行けたのに――」と。


 それからすぐに新たな魔法を習得してしまうあたり、学生とはいえ本当に魔法学校の生徒なのだなと実感する。

 ララーに言わせれば、ユルルゥは特に勉強も研究も熱心な優等生らしいが。


「そそそ、それじゃあ早速私は魔法を使います。マサヨシさん、よよよろしくお願いします!」


 相変わらず噛み噛みになりながら、緊張した面持ちでユルルゥは杖を胸の前に掲げる。

 白い光が杖の先端に集まり、数秒経った後。


小人ナノナ


 ユルルゥの言葉と共に、彼女の体はみるみるうちに小さくなっていく。

 そしてついには、正義の掌に乗るほどのサイズになってしまった。


「うわぁ! ユルルゥちゃんがさらに可愛くなっちゃった!」

「うん。詠唱にも無駄がなくて完璧ね」


 興味津々で彼女を凝視するカルディナと、感心するララー。


 その小さくなったユルルゥを、正義はそっと自分の懐に入れる。

 正義の服から頭だけをちょこんと出した状態になったユルルゥ。

 一応密着していることになるのでお互いに気恥ずかしいのか、二人ともそわそわしている。


「落ちないよう、しっかりと掴まっててね」

「はははい! わ、私も死にたくはないので!」


「それじゃあ俺たちは先に行きます!」

「うん。私もすぐに追いつくから。まずは女の人の希望通り、弁当を届けることに集中して」

「わかりました」


 こうして正義は小さくなったユルルゥを連れて、宅配バイクに乗るのだった。






 街の東門に向けて正義はバイクを走らせる。

 ララー曰く東門から出ると遺跡はすぐにわかるらしいので、ひとまずその言葉を信じて向かっていた。


「ちょっと疑問なんだけどさ。ユルルゥちゃんが小さくなった魔法ってララーさんは使えないの?」


 バイクを走らせながら、正義は懐にいるユルルゥに聞く。


「せ、先生は対象が『自分』になる魔法が苦手みたいなんです……。逆に他人や物にかける魔法、あと何かを生み出す魔法は凄く得意みたいですが……」

「なるほど……。だから浮遊魔法もスピードが出ないのか」


 ララーほどの魔法の使い手なら、正義の宅配バイクのスピードに追いつけることも可能なのではないか――? と密かに思っていたのだが、そうではないらしい。

 というより、何でもできそうなララーにも苦手分野があったとは驚きだ。


「すすすみません……。わ、私なんかが付いてくるより、先生の方がマサヨシさんは安心でしたよね……」

「いや、そんな意味で聞いたわけじゃないから!? 魔法が使えない俺にしてみれば、ユルルゥちゃんも凄く頼もしい人だからね!?」

「そっ、そうですか……」

「うん。だから頼りにしてるよ」


「が、頑張ります……。あっ……! わわわ私がこんなことを言ったってことは、先生には内緒でお願いします……」

「わかった。俺の心の中に留めておくよ」

「あ、ありがとうございます……!」


 既にララーとはカルディナと同じくらいの付き合いだが、今まで一度も自分から苦手な魔法のことを言わなかったということは、あまり知られたくないという意味だろう。


「あ、東門が見えてきました……!」


 懐の中からユルルゥが指差す。

 以前見た北門とは違い、こちらは壊れてなどなくちゃんとした門になっていた。

 ユルルゥが言うには、門の外側に見張りの人がいるらしい。


「ひ、日が沈むと、魔物が侵入しないよう門を閉めるんです」

「となると、遅くならないように注意しなきゃだな」


 まだ昼前だが、正義は遺跡がどういう所かわかっていないし、どんなハプニングがあるかわからない。


「ももももし仮に魔物が近くにきても、私の炎の魔法で追い払いますから! ほ、炎の魔法は得意なので!」

「お願いするよ」


 話には聞いているが、正義はまだ魔物を見たことがない。

 とはいえ、できればこれからも見る機会がないことを祈るばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る