第39話 牛丼①

「チョコちゃん。このお皿を並べてくれる?」

「うん!」


「紅茶を淹れるけどチョコちゃんは飲む? それとも水にする?」

「うーんと……」


「あ、マサヨシ。チョコちゃん用のリンゴジュースを昨日買ってきて置いてるんだ。それを出してあげて」

「わかりました」

「やったぁ! リンゴジュース! ありがとうカルディナお姉ちゃん」


 店の厨房で忙しなく動く三人。

 チョコと一緒に暮らし始めてしばらく経った朝の光景だ。

 既にチョコも長年一緒に住んでいるかのような馴染み方で、密かに心配していた正義とカルディナは、彼女の笑顔に胸を撫で下ろすのだった。




 朝食の準備を終えてテーブルに着く三人。

 今日のメニューはカルディナお気に入りのパン屋で買ってきた食パンと、余った野菜を投入したスープだ。


「チョコちゃんの家から荷物はもう運び終わったの?」


 食パンを手に持ったままカルディナが尋ねると、正義は軽く頷く。


「必要な物はあらかた。主に残っているのは、テーブルや椅子といった家財道具です」

「そのあたりの物も含めて、使わない物は売ろうと思ってるよ。大した金額にはならないだろうけど、少しは足しにしたいから……」

「……そっか」


 チョコの返答に柔らかい笑顔を浮かべるカルディナ。


 彼女が今まで一人で住んでいた家は引き払うことにしたらしい。

 元々チョコの両親が借りていた家だが、幼くして両親を亡くした彼女を不憫に思った家主に善意で住まわせてもらっていたとのこと。

 カルディナの家に住むことが決まったので、チョコは出て行く決心をしたのだ。


「だから今日もおうちの片付けに行ってくるね。二人はお店頑張ってね!」

「ありがとう。チョコちゃんのためにも頑張ろうねマサヨシ」

「はい!」


 チョコの素直で純粋な応援に、二人は元気をもらうのだった。





 開店してから順調に注文が入ってくる。

 それらを確実にこなしていく二人。

 昼食時が特に注文が集中する時間帯だが、一度の外出で2,3ヶ所を回ることで時間をかけることなく届けられていた。


 そして昼のピークを終え、少し店内で休憩していたところ。


 カララン、と店のドアに取り付けたベルが鳴った。

 同時にそちらへ顔を向けた正義とカルディナは、思わず小さく息を呑む。


 肩を小さくした少女が入り口に立っていた。

 全身にかけてあまりにも白く、服もぼろぼろ。さらには裸足ときた。

 おそらくチョコより年齢は上だろう。

 貧民街からやってきた少女だ――と理解するのに時間はかからなかった。


 白い少女はその手に店のチラシを持っていた。


「あ、あの……」


 か細い声を少女が発する。

 カルディナがすぐに厨房から出てきて、少女の前に屈んだ。


「もしかして弁当を注文しに来てくれたのかな?」


 こくりと頷く白い少女。


「で、でも『宅配』をしてほしいわけじゃなくて……。この『弁当』は持って帰ることは可能ですか?」

「もちろん大丈夫だよ」

「良かった……」


 少女が安堵の息を吐いた、その時。


「あっ! あの時の――」


 その後ろからチョコの声が聞こえた。

 このタイミングで帰ってきたらしい。

 白い少女はチョコの姿を見ると、ペコリと軽くお辞儀をした。


「知り合い?」

「ううん。この前チラシを貰ってくれたの」

「そっか。ところでさっきの続きだけど、注文してくれるってことで良いかな?」


 カルディナが聞くと、白い少女は強く握っていた片手をゆっくりと開く。


「このお金で買えるメニューなら何でもいいです。おすすめを1つください」

「…………」


 少女の手の中のお金を見て、カルディナは固まってしまった。


(もしかして足りないのか?)


 正義が不安に思ったその時、再びカルディナは白い少女の顔を見た。


「こ、このお金、どこから持ってきたの?」

「えっ――!? ずっと私が持っていたお金なんですけど……」


 困惑する白い少女を見て、カルディナもまた困った顔を浮かべる。


「カルディナさん? 何か問題でも……?」

「問題というか……。このお金……ずっと昔に使われていた物なんだ。今は当然、使われていなくて……」

「「「えっ!?」」」


 カルディナの言葉に正義とチョコはおろか、白い少女まで驚愕の声をあげる。


「お父さんとお母さんが生きていた頃、遺跡に潜ったっていう冒険者のお客さんが来てさ。その時に『昔のお金を発見した』って興奮しながら見せてくれたことがあるんだ。少なくとも数百年前に使われてたお金だって。その時のお金と同じ模様をしているんだよ」


 白い少女の額から、みるみるうちに冷や汗が滲んできた。


「そ、そんな昔にお金が変わっていたなんて……」


 震える声で呟き、胸の前でギュッと手を握る。

 この驚き具合からして、本当に今そのことを知ったみたいだった。


「つまり君は、今のお金を見たことがなかった――ってこと?」


 首を傾げながら正義が尋ねると、白い少女はしゅんとしながら頷く。


「騙すつもりはなくて本当に知らなかったの。ごめんなさい……。わ、私、目覚めたのがつい最近で……」


「…………ん?」

「目覚めた?」

「どういうこと?」


「あっ――」


 次々と三人にツッコまれ、少女は「しまった」とばかりに口に手を当てる。


 古いお金を持っていて、言動が不審。

 三人は思わず眉を寄せながら顔を見合わせてしまう。


「うぅ……ごめんなさい……。黙っているつもりだったけど本当のことを言います……。じ、実は私『貧乏の女神』っていうはぐれ女神なんですぅ……」


 涙目になりながらそう白い少女は告げるが――。


「へぇなるほど……って、えええええええええええええええええッ!?」


 店から天井を突き抜け、空に届くような声でカルディナは驚くのだった。

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