第28話 チキンステーキ弁当①

 あれから数週間が過ぎた。

 領主の屋敷からは今でもちょくちょく注文が入る。

 さすがに以前アマリルがやっていたような毎日の注文ではなくなったが、それでも週に1回は注文してくれるので、既に常連と言っていいだろう。

 屋敷で働いているメイドの分まで注文してくれる日もあるので、店にとってかなりありがたい。


 さらにその影響か、領主の家近辺からも注文がポツポツと入るようになっていた。

 どうやらじわじわと口コミで広がっているらしい。


 領主から認められたとあって自信が付いたのか、弁当を作る時のカルディナの表情はより一層輝いていた。



 そしてカレーができたことで、メニューも派生したものを作ることができるようになった。

 具体的にはハンバーグカレー、トンカツカレー、そしてドライカレーだ。


 ララーは辛い物が苦手だが、カルディナが牛乳とバターを入れる前の味も好きだったので、結局採用することになったのだ。


 いつもチラシ配りを手伝ってくれているチョコは意外にも辛い物がいける口だったらしく、


「私、ハンバーグカレーがいちばん好きかも!」


 と頬を上気させながらパクパク食べていた。


 ドライカレーはチャーハンが好きだった常連たちに好評。

 

 いっきにメニューが増えたおかげで、カルディナのやる気も俄然上昇中だ。

 暇を持て余していた食堂だった頃と比べて、ずっと忙しく動き続けている状態だろう。

 それでも彼女からはマイナスの感情は一切洩れてこない。


「マサヨシ、領主様の所からまた注文が入ったよ。今日はシャケ弁当だって」

「わかりました。俺、卵焼きとほうれん草のソテーを作っておきますね」

「うん、お願い」


 すぐに準備に取りかかる正義。

 最近は正義も厨房に入ってカルディナと共に調理をする頻度が増えていた。

 作業を分担した方がずっと早く完成するし、何よりカルディナの負担も減らせる。


「……楽しいなぁ」


 ふとカルディナが呟いた非常に小さな声を、正義は聞き逃さなかった。


(俺もです)


 日本にいた時もバイトは苦痛というわけではなかったが、かといって特別に楽しいと感じたことはなかった。

 生きるためにただ繰り返していたルーチン。


 でもここに来てからは、毎日が何もかも新鮮で楽しい。

 フライパンの中に溶かした卵を入れる正義の口角も、知らず上がっていたのだった。






「ありがとうございました」


 無事、領主の家に弁当を届け終えた正義。

 アマリルもすっかり雰囲気が明るくなっていて、あれ以来親子関係が上手くいっていることが容易に想像できて嬉しくなる。

 空になった保温バッグを仕舞い、バイクに跨がろうとしたその時――。


「君、ちょっといいかね?」


 突然、渋い声の何者かに呼び止められた。


「はい……?」


 咄嗟に声のした方へ顔を向けた正義の心臓が大きく跳ねる。


 そこに立っていたのは、狼の頭を持った人だったからだ。

 声の低さから察するに、おそらく男性。

 着ている服はいかにも貴族、といった上品なものだった。


 このように獣のような頭を持つ人たちは、皆まとめて『獣人』と呼ばれているらしい。

 市場に買い物に行った時も獣人を間近で見て驚いたが、やはりいきなり目の前に現れるとどうしても正義はビックリしてしまう。


(いや、でもそろそろ慣れなきゃな。この世界ではこれが当たり前なんだから)


「突然すまないね。最近領主様の家に頻繁に出入りしているものだから気になって。もしかして君が『宅配弁当』とやらを配達しているのかい?」

「そうです。俺のこと知っているんですか?」


「ああ。音が出る乗り物で領主様の家に出入りしているからね。街の通りでチラシを貰ってきた近所のご婦人からも話を聞いた。元々ヴィノグラードの住民は好奇心が強いから、ここら一帯の家でも宅配弁当のことは噂になっているよ」


 知らない間に噂になっていたらしい。

 そんなに注目されていたと知って急に照れくさくなるが、店のことを思うと悪い気はしない。むしろ嬉しい。

 地道にチラシ配りを続けてくれているチョコにも教えてあげたら喜ぶだろう。


「それで見たことがない乗り物の君を見つけて、声をかけさせてもらったんだ。僕にもチラシを貰えないだろうか?」

「興味を持ってくださってありがとうございます!」


 正義はバイクからチラシを取り出すと狼の獣人に渡す。


「なるほど……これが弁当。確かに見たことがないものばかりだ。実に興味深い」


 彼はチラシをザッと眺めながら呟く。


「おっと、名乗るのが遅れてしまったね。私はガイウルフ。この近くに住んでいる者だ。今日のところはこれで失礼するよ」


 狼の獣人ガイウルフは、片手を軽く上げると夜の闇の中に消えていったのだった。

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