第22話 バターチキンカレー①

 とある日の夜、真剣な表情で厨房に立つカルディナと正義。

 二人の前には火をかけている底の深い大きな鍋。

 うっすらと白い煙が立ち上り続けている。

 その鍋の中に入れたレードルを、カルディナがゆっくりとかき回していた。


「マサヨシ、味見をお願い」


 カルディナに言われた正義はこくりと頷くと、小皿に取り分けられたソレにゆっくりと口を近付ける。


「…………」

「ど、どう?」


 不安そうな顔を向けるカルディナに、正義は満面の笑みを向けて。


「バッチリです! 完成です!」

「――っ! 本当!? やったー!」


 両手を挙げて喜びを爆発させるカルディナ。

 そのタイミングで店のドアが開いた。


「こんばんはー……って、なんか凄く良い匂いがする!?」

「あ、ララーだ。いらっしゃい! ちょっと久しぶりだね」

「うん。最近魔法学校の方が忙しくてねー……。来る暇がなかったのよ」

「そうだったんだ。ちょうど今マサヨシの故郷の料理を作ったところなんだよ」


 カルディナが笑顔で出迎え、ララーの腕を引っ張って中に招き入れる。

 テンションが高いカルディナにつられたのか、ララーの口の端が自然と上を向いた。


「ははぁ、なるほどね。このやたら机に転がってる香辛料の山はそれを作ったからか」

「そうです。ララーさんも一緒にどうですか?」

「もっちろん。そのためにここに来たんだもの。今日は色々と疲れたからご飯作る気力が湧かなくてねー。カルディナに食べさせてもらおうと思って」


 悪びれもせず、ニコニコと持参した酒瓶を掲げるララー。


「相変わらずですね……」

「あははっ。私は全然構わないよ」

「それでこの匂いが強い料理、何て言うの?」

「カレーです!」


 ララーの質問に、いつもの三倍増しで元気に答える正義。


「どうしても食べたくなったんですが、再現するのに凄く時間がかかってしまって……。協力してくれたカルディナさんには感謝しかないですよ」

「そんなに難しかったんだ?」

「はい……」


 正義が日本にいた時、カレーは市販のカレールゥからしか作ったことがなかった。

 香辛料からカレーを作ったことなどなかったので、かなり時間がかかってしまったのだ。

 カルディナにこの世界の香辛料を集めるだけ集めてもらったところ、クミン、コリアンダー、ターメリック、ガラムマサラに似た成分の物が無事に見つかり、あとは少しずつ配合を調整していったというわけだ。


「マサヨシが言うには家庭ごとに味が違うんだって。具も好みの物を入れていいみたい」

「あーなるほど。こっちで言うところのショランみたいなものかな」


 謎の単語が出てきて正義は軽く首を捻る。

 どうやら『言葉の女神』が正義の知っている料理に翻訳できないものらしい。

 ただ、ヴィノグラードに伝わる家庭料理ということだけはなんとなく理解した。


「ものは全然違うけどイメージとしてはそんな感じ。とにかく食べようよ。これ、ご飯にかけて食べるんだって!」


 戸棚から皿を取り出し、炊いた白飯を入れるカルディナ。

 正義も胃を刺激する良い香りに胸を高鳴らせる。

 白いご飯の上に黄みがかった茶色のルゥがかけられると、正義の腹がきゅうと大きく鳴った。


「す、すみません」

「マサヨシ、本当に食べたかったんだねえ。いっぱい食べていいからね」

「はい!」


 実験作ということで、具は鶏肉と玉葱だけという非常にシンプルなもの。

 それでも貧相に見えないのがカレーの良いところだ。

 鶏肉は骨から煮立てたのでベースは鶏がらスープ、肉もちょっとつついただけでホロホロになってしまうほど柔らかくなっている。


 正義はまるでずっと欲しかったおもちゃを与えられた子供のように、喜色満面で皿に盛られたカレーを受け取った。


「それじゃあ私たちも食べようか」

「いただきます!」


 誰よりも早くスプーンを手にした正義を見て、カルディナもララーも笑みをこぼしたのだった。




 数ヶ月ぶりに食べるカレーに、正義は心から感動していた。

 スパイスから作ったので正義に馴染みのある味とは少し違うが、それでも香辛料の味が口の中に広がる感覚は格別だ。


「匂いは強いけど確かに美味しいわねこれ! ご飯がいくらでも進んじゃう」

「マサヨシが具は何を入れてもいいって言ってた意味もわかるよ。いくらでも自分好みにできそうだよね」

「………………」


 評するララーとカルディナの横で、黙々と食べ続ける正義。


「本当にずっと食べたかったんだね……」

「わかる。故郷の味ってなんだかんだで恋しくなっちゃうものよね。私も魔法協会の出張で他の国に行った時、ヴィノグラードの料理が食べたくなったもん」

「な、なんか夢中で食べててすみません。おかわり貰います」

「もう食べたの? 早っ」


 目を丸くするララーに正義は苦笑いで誤魔化す。

 今だけは無限に湧き出てくる食欲に抗えないのだ。


「どうぞどうぞ。いくらでも食べちゃって」

「私たちも早いところ食べちゃいましょ。このままだと私たちのお皿の分までマサヨシが全部食べ尽くすわよ」

「そこまでしませんよ!?」


 マサヨシの反応に、カルディナとララーは声を上げて笑うのだった。

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