第19話 シャケ弁当④

 宣言通り、ザーナはその日の夜店を訪れた。


 彼が注文したのはイノシシ肉と野菜のソテー。

 両親の知り合いということで以前の店の味を知っているザーナに対してカルディナはやや緊張していたが、「美味い!」とザーナが破顔してようやくホッとした表情を見せる。

 側で見ていた正義もカルディナの緊張が移っていたので、安堵した瞬間肩の力が抜けたのだった。


「そういや昼間言っていた宅配弁当だったか? 疑っているわけじゃないんだが、本当に料理を運んできてくれるのか?」

「大丈夫ですよおじさん。マサヨシは宅配に特化したすごい乗り物を持っているんです!」


 得意げに答えるカルディナの横で、正義は複雑な気持ちを抱きながら苦々しい笑みを作った。

 成り行き上仕方ないとはいえ、あの宅配バイクは店から借りパクしている状態に近い。

 正義の私物として扱っていることに改めて罪悪感を抱いたのだ。

 しかし元の世界に戻る方法が現状わからないので、店に返すこともままならない。


(すみません店長……。こっちの世界で有意義に使わせてもらってます)


 心の中で懺悔する正義の横で二人の会話は続く。


「ふぅむ。宅配のメニューは店のものとちょっと違うんだな。おすすめはどれだい?」

「男性に人気なのはハンバーグ弁当やトンカツ弁当の肉系ですね。まだ少ないので新メニューを少しずつ増やしていっているんです。ちょうど今日、シャケの仕入れの契約を結んだので次の新メニューはそれにするつもりで……」


「おお。だったら明日の昼はその新メニューとやらを頼んでもいいかい?」

「えっ――!?」


 さすがにこれには正義だけでなくカルディナも驚いた。

 シャケという食材は決まっているが、まだ試食用の弁当さえ作っていない状態なのに。


「いや、いきなりすまん。当然無理にとは言わんよ。ただ最近年のせいか、油が多い肉系の料理に胃もたれするようになっちまってなぁ……。あ、さっきのソテーくらいなら全然問題ないんだけどな。とはいえ連日肉を食うのもちょっと気が乗らない。でも魚なら問題なく食べられると思っただけなんだ」


 ザーナの言葉を聞いて、丸かったカルディナの目が瞬時に鋭くなる。


「そういうことならはりきって作ります! ただ、おじさんに新メニューのテストをしてもらうみたいでそこはちょっと申し訳ないけど……」


「こっちから言い出したことなんだ。そんなこと俺は全然気にしないさ。当然お金もキッチリ払わせてもらう」

「それじゃあ……明日のお昼、おじさんに最高のシャケ弁当をお届けします!」


 声高らかに宣言するカルディナ。

 ここまで目に炎を宿らせている彼女を見るのは正義も始めてだ。


「俺もお手伝いします!」

「うん。今回もよろしくねマサヨシ」

「おお。それじゃあ楽しみに待ってるからな!」


 こうして『羊の弁当屋』初、新メニューができる前に予約が入った状態になったのだった。






 閉店作業を終え、早速正義とカルディナは厨房に立っていた。

 作業台には今日買ってきたばかりの大きなシャケ。


「さあ。これを最高に美味しいお弁当に仕上げなきゃね。ちなみにこっちの世界では大体クリームソースをかけたりムニエルとして調理するんだけど、マサヨシがいた世界では違うんだよね?」


「弁当にする場合は違いますね。シンプルな塩焼きです。それに数種類のおかずを合わせて弁当にしてました」


「なるほどー……。確かに味としては淡泊な白いご飯に塩焼きは合いそう。マサヨシの世界と違って私たちの主食は小麦だからねー。そういう発想はなかったよ。塩でシャケを味付けするのは、川で釣りをしてそのまま食べる時くらいかなぁ。私はやったことないけど」


 つまり、カルディナにとっては未知の味というわけだ。


「調理はそれほど難しくない気がするんだよね。マサヨシの話を聞いた限り焼くだけみたいだし。グリルを使うのはちょっと驚いたけど」

「そうですね。ひとまず作ってみましょう。他に入れるおかずも考えないといけないですから」


 早速カルディナは包丁を手に取り、慣れた手付きでシャケを捌いていく。

 カルディナは料理を作っている時が一番目に光が宿っていて表情も輝いているなと正義は思う。

 しかし彼女がこの店を一人で継ぐことになった経緯を思い出すと、喉の奥に魚の小骨が刺さったかのような鈍い痛みを覚えてしまう。

 カルディナは両親のことを正義に詳しく言ってこないし、正義もあえて聞こうとは考えていない。


 ただ、とてもつらい出来事がつい最近起こった――。それだけは確実にわかっているのだから。


 ふと、昼間のザーナとカルディナの会話を思い出す。

 ザーナの話から推測するに、異種族間の婚姻はそこまで多い事例ではないらしい。


 言われてみれば、カルディナのような容姿の人を正義はまだ街で見かけたことがなかった。

 というより、そもそもオーガ族をあまり街で見かけない。

 もしかしたらこの街にはあまりいない種族なのかもしれない。


「カルディナさんは……」

「ん、なに?」

「あ……いえ。何でもないです」


 上機嫌に振り返ったカルディナの姿が眩しくて、正義はそれ以上言葉を継ぐことができなかった。

 正義は違う世界からこの世界にやって来た。当然ながら日本人としてはこの世界に独りぼっちだ。

 種族は違えど、カルディナも正義と似たようなものなのかもしれないとふと考えてしまったのだ。


(でもそんなこと、わざわざ言葉に出さなくてもいいよな……)


 今こうしてカルディナと一緒にいる。

 それだけでもう、孤独ではないのだから。


 正義がそんな感慨に耽っている間に、カルディナはシャケを綺麗に下ろし終わっていた。

 さすがに仕事が早い。


「これに塩を振って焼く――と」

「塩を振ってから5分ほど置いた方がいいと思います」

「了解っ」


 その隙にグリルを温めるカルディナ。


「実は店を継いでからグラタンを作る時しか使ったことないんだよね」


 と照れくさそうに笑う。

 一方、フライパンも同時に温めていた。

 カルディナとしては、フライパンとグリル、どちらの調理方法も試してみたいらしい。


「マサヨシから聞いた方法をただ再現するだけでも良さそうなんだけどね。まず自分で試してみたいってのもあるんだ」


 目をキラキラさせながら言うカルディナ。

 弁当を作ることに慣れてきたのもあるのだろう。

 なりゆきで店を継いだわけではなく本当に料理が好きなんだなと、見ている正義まで胸が高鳴ってくるのだった。

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