第16話 シャケ弁当①

「マサヨシ。今日はちょっと付き合ってもらいたいんだけどいいかな?」


 カルディナが正義にそう声をかけてきたのは、店休日の朝のことだった。


 正義が日本にいた頃に務めていた弁当屋は全国チェーンだったこともあり年中無休だったのだが、さすがに個人で営業しているカルディナの店まで無休で営業するのは無理がある。

 そういうわけで、彼女は月に何度か店休日を設けていた。


 とはいえ、いつ休みにするかは特に決まっておらず不定休。完全にカルディナの予定と気分次第だ。

 そこは曜日できっちりと店休日を決めている日本の感覚とは違う。

 だがそれを許す街の人のおおらかさは何か良いなと、正義は思わずにはいられない。


「もちろんです。特にやることもないし」

「良かった。食材の買い出しに加えて、大通りの方で色々と買い物をしたいと思ってね。マサヨシが来てからずっと働いてたし、服も新しいのがいるでしょ?」


「確かに服は新しいのがあると助かります……」


 こちらの世界に来たときに着ていた服は、バイト先の宅配用ジャケットと制服のシャツだ。

 下は自分のものだったが、あの格好で過ごすには目立ちすぎるから――と、ここに居候させてもらうことになってから正義は服を借りていた。


 現在はカルディナの父親が使用していたという服を着ているのだが、かなり体格が良い人だったらしい。

 毎回服の裾を深く折ってから着ている状態なので、フィットしているとは言えない状態だ。


「動きづらかっただろうに、気付くのが遅くなっちゃってゴメンね。こういう細かい気遣いができないからララーに怒られちゃうんだよなぁ」

「そうですか? 俺はカルディナさんにそういうマイナスな印象は特に抱いてないですが」


「本当? でもララーには『カルディナは良い意味でも悪い意味でも大雑把すぎ。だから彼氏ができないのよ』って言われたことあるんだけど……」

「えっ!? 彼氏いたことないんですか?」

「うん…………」


 綺麗だしスタイルも良いし優しいのに信じられない――というのはさすがに恥ずかしいので声に出せなかった。


(待てよ? 確かカルディナさんも、以前ララーさんに『お酒を飲まなかったら彼氏ができるだろうに』と言っていたような……)


 つまり、ある意味似た者同士の二人ということである。


「………………」


 微妙な沈黙が下りてしまい、正義は自分の発言に深く後悔をした。

 とはいえこの沈黙の中「俺も彼女なんてできたことないです」と慰めても、それはそれで傷の舐め合いにしかならないし、さらに微妙な空気になってしまいそうだ。


 結局何も言うことができず、数秒経った後。


「と、とにかく善は急げだ。早速出発しよう!」


 微妙な空気を壊すべくカルディナが無理やり笑顔で促してくれたことに、正義は申し訳ないやら感謝するやら複雑な気持ちを抱くのだった。






「わぁ……」


 人が行き交う大通りを、正義は感嘆の声を上げながら見つめる。

 ヴィノグラードの街の中心に当たるこの周辺は、カルディナの店周辺とは人の往来が段違いだ。


「えへへ。人多いでしょ?」

「はい。いつも宅配バイクで通りすぎてはいましたけど、ここまで多いのは見たことがないです」


「今日は3週目の『土の女神』の曜日だからね。セールをする店が多くなるんだ」

「へえー、そうだったんですね」


 月1の特価セールみたいなものだろう。


 ちなみに、この世界の1週間は8日。

 8つの国にそれぞれ振り分けられている三人の女神のうち、属性を司る女神たちを順番に並べた構成になっている。


『闇の女神』の曜日に始まり、火、水、風、土、光、雷、そして氷。


 ブラディアル国で祀っているのはその中の『土の女神』だ。

 やはり自国に恩恵をもたらしてくれている女神の曜日ということで、何かしらのイベントが起きやすいのだろうなと正義は考える。


「あそこ服屋さんみたいだよ。入ってみよう」


 迷子にならないようカルディナの後を付いていく。

 カルディナが店のドアを開け、正義も続けて中に入る。その瞬間、正義は思わずギョッとしてしまった。


「いらっしゃい」


 入り口すぐ横に設置されたカウンター。

 その中にいたのは、羊の頭を持ち、モノクルを装着した老紳士だったのだ。


 いわゆる『獣人』と呼ばれる人種。

 ちなみにカルディナはオーガと人間の混血らしいので、獣人とは少し違うらしい。

 あの羊に似ている角は、羊ではなかったということだ。

 だからこそ、カルディナは正義から「羊みたい」と形容されて嬉しかったのかもしれない。


「えっと、彼に合う服を探しにきたんですけど……」


 カルディナがおずおずと切り出すと、羊頭の老紳士は正義の全身を上から下まで一瞥して――。


「彼氏さんですかな? 確かに今お召しになられている服はサイズが合っていないご様子」

「かっ、彼氏ではないですっ!?」


 いきなりとんでもない勘違いをされてしまい、顔を真っ赤にしながら狼狽するカルディナ。

 その後ろに控えていた正義も非常にむず痒い気持ちになってしまう。

 若い男女が二人並ぶと恋人同士に見られてしまう風潮は、異世界でも変わらないらしい。


「ええええええっと、彼が着ているのは私のお父さんの服で、理由わけあって今はこのサイズのしか服がなくて、それで――」


「なるほど。確かにオーガの男性用の服は人間に合うことは少ないでしょうな。人間用の服は右手側奥にありますのでそちらをご覧ください」

「わ、わかりました。ありがとう」


 カルディナはまだ赤みが引かない頬のまま老紳士に礼を言うと、言われた通り奥に進んでいく。

 老紳士の言葉に照れてしまったのか、正義の方を振り返ってくれない。

 当の正義は既に恋人同士と勘違いされたことは強制的に意識の外に追いやり、老紳士の放った別の言葉について考えていた。


(種族ごとの服を置いているんだ……)


 人間以外の種族も当たり前のように暮らしている世界。

 いかにも『異世界』を感じる日常に正義は半ば放心しながら、カルディナの後に付いていくのだった。

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