第14話 トンカツ弁当④

 トンカツを弁当のメニューに載せて数日後の夕方。

 今日も店に注文が入った。

 

「はいはい、こちら『羊の弁当屋』でっす。はい、弁当のご注文ですね。ありがとうございます!」


 上機嫌に注文を受けるカルディナ。

 ショーポットから微かに洩れ聞こえてくる声は若い女性のものだ。


「はい、トンカツ弁当を一つですね。今から作ってお届けしますので少々お待ちください!」


 ショーポットの端末を置いたカルディナに、様子を見守っていた正義が近付く。


「届け先はどこですか?」

「北西エリアにある塾の寮だよ。魔法学校に入学するために勉強中の若い子たちが親元を離れて暮らしているんだ」


「へぇ。魔法学校に入るための塾……。それって入学の難易度が高いってことですか?」

「そうなんだよ。普通に魔法を使うだけの人が行く所じゃなくて、魔法の『研究』をするための場所だからね。ララーはその魔法学校の主席だったんだ。ララーが開発した魔法も結構な数があるんだ」


「今までの魔法を見てきた限り、それはとても納得できます」

「本当にララーは凄い人なんだ。それなのにこうして大人になった今でも、こんな要領の悪い私と変わらない付き合いをしてくれてる……。彼女には感謝しかないよ」


 どこか遠くを見つめて呟くカルディナ。

 だが正義が今まで見てきた限り、ララーにそこまでさせるだけの何かをカルディナも持っているのだろうと感じる。

 二人の固い絆が少し羨ましくもあった。






 注文のトンカツ弁当をカルディナから受け取り、正義は宅配バイクに跨がる。

 夕方とはいえ日はまだ完全には沈んでおらず、頭上にはオレンジ色の空が広がっている。


「北西エリアか……。初めて行くな」


 今まで注文が多かったのは店がある街の南部、そして中部にかけてだ。

 いつも残り物を取りにくるチョコがポスティングをしてくれることになってから数日経つが、その成果が早速表れたということだろう。

 正義は一度目を閉じ、先ほど見た地図を再度脳内で展開する。


(中央の大通りを通って教会の横の道から裏道に入る。4つ目の十字路を左に回ってしばらく行くと大きい建物が見えてくるはず……。よしっ)


 再度目を開いた正義はスロットルを回し、店を出発する。


(店周辺の入り組んだ細い路地を駆け抜けるのもかなり慣れてきたな)


 あっという間に大通りに出る。

 まだバイクの音に驚いて振り返る人が多い。人通りが多いので少しスピードを抑えて慎重に進む。

 元の世界とは違い車両専用の道があるわけではないので、人々の間を縫うように移動していくしかない。ハンドルを握る手に少し力が入る。


 脳内地図で目印になるであろうと予想していた教会の前には、三人の女神像があったので遠目でもすぐにわかった。

 そこから横の道に入りしばらく進むと、突然大きな建物が正義の目の前に飛び込んできた。


「これが、塾の寮……」


 これが学校の校舎なのでは、と勘違いしてしまうほどの大きさだ。

 ひとまず立派な門の前にバイクを停め、弁当を手に取る。

 門の前には小さな守衛室があり、くたびれた顔をしたおじさんが気だるそうに座っていた。

 が、正義の姿を見た瞬間その背がまっすぐに伸びる。


「君、見ない顔だけど生徒さんのご家族? 面会?」

「いえ。俺は『羊の弁当屋』で働いている従業員です。ここの寮の生徒さんから宅配の注文を受けて弁当を持ってきまして……」


「宅配? 弁当?」


 疑問符を頭の上に浮かべる守衛に、正義は簡単に説明をする。


「ははぁ……。つまりできたての料理を持ってきたと」

「そういうことです」


「もうすぐ入試試験だからなぁ。生徒さんの中には食事を抜いてまで頑張ってる子もいるってたまに聞くけど、確かにこういうサービスがあると助かるかもなぁ」

「この弁当が少しでも役に立てれば俺としても嬉しいです。それでフロースさんという方の部屋に行きたいのですが、このまま行っても大丈夫ですか?」


「あぁ。見た感じ武器も携帯してないみたいだし問題なしとみた。良い匂いが漂ってくるから、料理を持ってきたというのも本当みたいだしな。ただし他の部屋には寄り道しないでくれよな」

「わかりました。ありがとうございます」


 あっさりと通してくれた。

 セキュリティ面に関しては、やはり日本の学校や寮とは全然違うみたいだ。


(まぁもし不審者が現れても、ここの生徒なら魔法で対処するとかなんだろうな……)


 一人納得しながら目的のフロースの部屋に向かう。

 注文時、カルディナから聞いた住所の末尾には『408号』とあった。これが部屋番号なのだろう。

 1階の階段近くの部屋のドアには『101』の刻印がある。

 となると、フロースの部屋は4階にあると考えるのが自然だ。

 当然エレベーターなどないので歩いて上っていく。


「何かこの感じ、久々だなぁ……」


 正義が日本で弁当を届けていた際も、エレベーターのないマンションは時々遭遇した。特に公営住宅にはほぼなかったと言っていい。

 弁当を持った状態で階段を上っていくのは地味に疲れていたことを思い出したのだ。


「あっ……」


 4階までもう少しというところで、突然降って湧いた声に正義は視線を跳ね上げる。

 そこには十代前半らしき一人の少女が、丸い目をして見つめていた。


「ど、どうも」


 正義が挨拶をすると、少女はピャッと廊下の陰に隠れてしまった。

 態度から察するに、彼女が注文してきたフロースというわけではないのだろう。

 階段を上りきり少女の隠れた方に視線をやると、少し離れた場所から引き続き正義を見つめていた。


(不審者と思われてそう……)


 店周辺ではそれなりに知られるようになってきたとは思っているが、このエリアでは宅配の認知度はまだ全然らしいので仕方がない。


 気を取り直し、目的の408号室に向かう。

 廊下をしばらく進み、ようやくフロースの部屋の前まできた。

 呼び鈴の類は見当たらないのでドアをノックする。


「こんばんは。『羊の弁当屋』です」

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