第4話 お店をはじめよう④


 宅配において絶対に必要な物。

 それは料理を入れるための容器だ。

 だがこのファンタジーな世界に、使い捨てのプラスチック容器が存在しているはずもない。

 正義まさよしはまず二人に、容器のことを伝えた。


「ふぅーん……。なるほどねえ」


 小さく唸ったのはララーだ。


「お店のお皿じゃダメ?」

「運ぶ時にこぼれてしまうし、蓋がないとぐちゃぐちゃになってしまうだろうから……」


 カルディナに答える正義。


「やっぱり作るのは難しいでしょうか?」


 提案してみたものの、やはり正義がいた現代日本とは文化がまったく違う。

 いざとなれば木を掘るなりして自作しようか――と正義が考えた直後。


「大丈夫」


 ララーはひと言だけ呟くと、杖を軽く振った。

 キラキラとした光が杖の先端から放たれたと思った瞬間。

 羽の生えた妖精が、光の中から次々と姿を現した。


「うおっ!?」


 まるで手品のようにいきなり現れたので、正義はとっさに声を出してしまった。


「うわ、久々に見たよ。作業用の妖精人形」

「この子たちに頼めばすぐにできるでしょ」

「すごい……」


 初めて魔法を見た正義は、ただ口をポカンと開けることしかできない。

 一体どこから取り寄せたのかは不明だが、妖精人形たちは空間から現れる木をどんどん削って、宅配用の容器を作っていく。


 しばしそれを眺めているだけの正義だったが、突然ハッと息を飲んだ。


「あっ……。ついでと言ってはなんですけど、ララーさんにちょっと見てもらいたい物があって」

「ん、何?」


 正義は外に出ると、店の前に置かせてもらっていた宅配バイクの前に立った。


「これ、俺が使ってた乗り物なんですけど……」

「あ。この得体の知れない物体、君のだったんだ。しかも乗り物ねぇ……?」

「ララーも見たことないんだ? 不思議だよねこれ。やっぱりマサヨシは他所の国から来たっぽいね」


 一緒に付いてきたカルディナが呟く。


「まぁ格好も明らかにブラディアル国のものじゃないし。マサヨシの素性に関しては追々考えるとして――。それで?」

「はい。これを使って宅配ができればなと。ただ、これを走らせるには燃料が必要で……。この国に燃料になるような物があれば助かるんですが……」


 もし宅配バイクが使えるならば、本当の意味でカルディナの役に立つことができるはず。

 正義はそう考えたのだ。


「ふぅむ……。ちょっと解析してみるわね」


 ララーが杖を振るとたちまち先端から光が溢れ、宅配バイクを包み込んだ。

 杖を突き出した格好のまま、しばらく難しい顔で目を閉じるララー。

 やがて静かに目を開けた。


「了解。細かいところはわかんないだけど大体はわかったわ。中にある液体を燃やして動力を作って走らせる乗り物みたいね。その液体がマサヨシが言う『燃料』かしら?」

「はい! ララーさんすごいですね……」


 本日二度目の感嘆の息を漏らす正義。

 まさかこの一瞬で、ここまで正確に理解してもらえるとは思ってもいなかった。

 てっきり『わからない』で済まされてしまうものだとばかり思っていたので、これは正義にとっては嬉しい誤算だ。


「で、この燃料の成分も解析したけど、たぶん私の魔法で何とかなると思う」

「本当ですか!?」

「ふふん、だてに魔法学校を主席で卒業してないわよ。妖精人形に近い原料を取ってきてもらって、後は私の火の魔法を応用したものをちょちょいとかければいけるわね、うん」

「本当にありがたいです! 何とお礼を言って良いのか……」

「それはこっちの台詞でもあるわよ。私の親友の店を救おうとしてくれてるんだもの」

「ララー……」


 二人の友情を目の当たりにし、正義は小さく微笑む。

 宅配バイクが使えない――という最大の懸念も問題なさそうだし、後は引き続き準備をしていくだけだ。


「しかし、本当にもの凄い構造をしているわね、この乗り物……。別の国の女神が直接作った遺物だと言われても納得してしまうわよ」

「ほぇ!? そんなに凄い物なの!?」

「素材的に『鉄の女神』かしら……? いやでも『火の女神』でもおかしくはないし、もしくはまた別の女神という可能性も――」

「女神……?」


 聞き慣れない単語が出てきた。

 そういえば街をウロウロしている時に、広場の中心に3体の女神像があったなと正義は思い出す。


「…………」


 カルディナとララーが、目を丸くして正義を見ていることに気付いた。

 もしかしなくても、どうやらこの世界において『女神』の存在は常識らしい。


「女神のことまで忘れてるなんて……」

「疑ってたわけじゃないけど、どうやら本当に記憶喪失みたいね……」


 二人から同情的な視線を送られて正義はいたたまれなくなる。

 元々知らない、とは口が裂けても言えそうな雰囲気ではない。


「はは……。まぁそういうわけなんで、女神について教えてくれると助かります」

「そういうことなら任せて!」


 カルディナは自信満々に胸を叩くと続ける。


「世界には8つの国があるんだよ。そして国ごとに異なる3人の女神をまつっているんだけど、女神たちの持っている属性により、国の生活や産業に大きな違いが出るんだ。このブラディアル国は『土の女神』『杖の女神』『言葉の女神』を信仰しているんだよ」


「そう。『土の女神』の力で作物がよく育ち、『杖の女神』は魔法力を増大させる。そして『言葉の女神』の力で、種族間の言語の違いも問題なく翻訳してくれるの。他の国からわざわざこのブラディアル国に来て、違う種族同士の大切な会談を行うこともあるのよ」

「へえ……」


(だからこの世界に来ても、人の言葉が理解できるし文字が読めたのか)


 正義が言語に困らなかったのは、『言葉の女神』の力が働いていたおかげだったらしい。

 他の国に飛ばされなくて良かった――と心から思った。

 仮にそうなっていた場合、他の人と意思疎通ができなくて今頃野垂れ死んでいてもおかしくなかっただろう。


「改めて考えると、ブラディアル国は他の国と比べて色々と独特かもしれないわね。私の通っていた魔法学校もそうだし。何よりブラディアル国独自の道具『ショーポット』もあるもの」

「何ですかそれ?」

「簡単に言うと、遠くの人と会話ができる道具だよ。それぞれの端末に割り当てられた12桁のマジックコードを入力するんだ。『杖の女神』と『言葉の女神』の力を利用してるから、この国の中だけしか使えないけどね」


(それめちゃくちゃ携帯電話では!?)


 正義は思わず心の中で叫んでしまった。


「そ、それ……カルディナさんやララーさんも持っているんですか? 他の人たちも?」

「うん、持ってるわよ」

「ほぼ一家に1台はあるんじゃないかな。お金持ちの家は一人1台単位で持ってそうだけど」


 カルディナはそう言うと、胸の谷間からスイッと小さな端末を取り出した。


「どこから取り出してるのよあんたは!?」

「いや、便利だし」


 ララーがツッコむが、カルディナは特に気にしてないようだ。

 しかし正義には刺激が強すぎた。

 咄嗟に顔を逸らしてしまったが、カルディナはどこ吹く風といった様子で正義に端末を手渡す。

 ほのかに端末に残った温かさを、正義は必死で意識しないようにする。


 数字の書かれたボタンが配置された端末。

 見れば見るほどこの形状は、固定電話の子機を長方形にした物にしか思えなかった。さすがに液晶画面は付いていないけれど。

 全く見知らぬ異世界が、一気に身近になった気がした。


(こんなに宅配に向いた土台が揃っているのなら、やらない手はない)


 この国のことを知ったことで、俄然やる気が湧いてくる。


「色々と教えてくれてありがとうございます。このショーポットがあれば、宅配はきっと上手くいくはずです……!」

「おお、なんか自信ありげ。頼もしいよ」

「今度は宅配用のメニュー作りに取りかかりましょう! カルディナさんに食材について色々聞きたいです」

「わかった」


 再び店内へと戻る正義とカルディナ。


「あらあら。この乗り物を動かしてみて欲しかったんだけど、後の方が良さそうね」


 宅配バイクを名残惜しそうに眺めてから、ララーもその後に続くのだった。

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