9.『ターゲット』

 美空天文台観測室 22時5分




 一般観望の最後の客が去りがらんとした観測室の中央で、美空天文台100cmクラシカル・カセグレン鏡が西の空を指向している。


 一見すると静止している様だが、実際には地球の自転による天体の移動を追跡する為に架台に仕込まれた2種のモーターが協調し、見た目にはわからない速度で望遠鏡を動かしている。その精度は1°の数千分の1の誤差も許さない程正確に目標の天体を追尾する事ができるのである。


 伊勢崎は制御用PCのモニターを覗き込むと小惑星天体のリストを表示し、事前に軌道要素をロードさせておいた(3371) Mithere を選択する。


 画面の大部分を占める星図に赤いターゲットマークと軌道を示す緑のラインが表示される。緑のラインは黄色と白のラインに絡まる様にリボンの様な小さなループを示していた。


 画面の内容に間違いのない事を確認すると伊勢崎は一度モニターの前を離れ、望遠鏡の周囲に障害物が存在しないか1周歩いて確認を行う。


 それが済むといよいよ望遠鏡を指向させるべくキーボードのEnterキーを押し込もうとしたが、何かを思い立った様に再びPCの前を離れると観測室の側面にある『観測準備室』と銘板が貼り付けられた金属製のドアを引き開けて中に声をかけた。


「望遠鏡を小惑星に向けるけど、動くところ見たいかい?」


「あ、見たいです!」

「見たいみたい!」


 1年3人が観測室に転がり出てくる。


 その様子に苦笑しながら、伊勢崎はエンターキーを叩いた。


 急なモーメントの変化を起こさない様制御されたインバーターが、励起音の周波数を上げながらモーターにパルスを送り込んでいく。


 間も無く最高速度に達した架台は、独特の倍音を含んだ高い音を響かせながらその姿勢を驚くほど早く変えていく。


 目標方向に近づいたのだろう。加速時と同様に滑らかに減速した架台は、迷いなく空の1点を指向しながら停止し、最後には恒星時追尾を担うモーターの微かな低い励起音だけが残った。


 伊勢崎がカセグレン焦点に取り付けられたアイピースを覗き込むのを見て、沙織がハッと息を飲んだ。


「えっ… 眼で見えるんですか!?」


「ーー100cmもあるんだから、余裕だよ」


 伊勢崎は十数秒の間たっぷりとアイピースを覗き込んだままだったが、ついに顔を上げると納得した様に頷いた。


「さあ、いいよ。センターにいる。

 ーー視野で一番明るいから分かると思うよ」


 そう声をかけられた3人が顔を見合わせる。


「沙織、先にみろよ」


「一番最初に見ていいの?」


「いいよ、今回の観測実現の功労者だからな」


「えーっと、うん。じゃあ見ます」


 沙織はカクカクした不自然な動きで接眼部に近づくと、ニットの帽子を取ってそーっと眼をレンズに近づけた。しばらく顔の位置を前後左右に微調整すると、視野がケラレずに安定して見える位置が把握できた。


 視野の中に無数の恒星が散らばっている。そして、中央付近にひときわ輝く黄色み掛かった光の点があった。


「これ…なんですかね? 黄色っぽい?」


「しばらく続けて見ていてごらん。周囲の恒星に対して少しづつ移動しているから、それで特定できると思う」


「ーー沙織? どうだ?動いてるか?」


「ちょっと待って… ーーうん。じわじわ動いてる… これだ… これなんだ…」


「うわぁ… 早く代わってくれ!!」


 北山が待ち切れず、身体を小刻みに揺らしている。


「もう、先に見ろって言ったり代われって言ったり忙しいわね! はい、どうぞ〜」


 沙織が望遠鏡から身を離すと、すかさず北山がアイピースにかじりつく。


 その様子を見ていた伊勢崎の笑い声が上から降って来た。

 いつのまにか、架台のサイドにあるナスミス焦点に車輪付きの大きな脚立ーーというかちょっとしたプラットフォームのようなサイズであるーーを寄せ、その上に登って撮像に使うカメラを光学系の末端に取り付けている。


「日高君が見終わったら、光路をナスミスに変えるからねー。自転周期がわからないから、極力早めに撮り始めよう」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ドームの脇に位置する観測準備室は、観測中の待機室としても使用されている。


 いつでもドームに入って行動できるよう、控えめに暖色系のランプで調光された室内はエアコンが効いて暖かく、コーヒーサーバーや電気ポッド、小さな机を挟んで2列並んだ革のソファーなど、概ね人間が長時間待機するのに必要なものが揃っていた。


 入り口と反対側の壁際には3枚のモニターが設置され、望遠鏡の稼働状態、ドーム内の高感度カメラの映像、屋外に設置された全天スカイモニター、環境センサーの測定値が表示されている。

 隣り合った壁側には別群のモニターが2枚置かれ、こちらには観測中のカメラ制御と、プレビュー画像と思しき表示が出ている。


 既に観測を始めて2時間超、既に時刻は0時を回り、累積画像のフォルダには大量の撮影ファイルがずらっと並んでいる。


「もっとこう、リアルタイムに結果が分かるものだと思ってました。こう、グラフみたいなものが出てきて…」


 沙織がモニターに目を向けながらコーヒーを啜る。


「まぁ出来なくは無いんだけど、普通の観測だとあんまりその場で結果を把握する必要が無いからねー。でもまぁ、今日は自転周期の見通しをできれば付けたいからそろそろ簡易的に解析してみようか」


 そういうと、伊勢崎がPC前のオフィスチェアを引き出して腰を下ろした。奥のソファーに座っていた日高と北山、大西と瀬川も集まってくる。



「まず今回の観測は相対測光だから、画像の中でとりあえず参照星を適当に決めて等級決めてみようか」


 伊勢崎がPCでなにやらサイトを開いて、検索を始める。恒星のカタログで現在の視野内で選べる標準星を見繕っている様だ。


「高度差や大気の状態による減光の影響を補正する為に、標準星の光度で小惑星の光度を割るんですね?

 ーー選び方のコツとかあるんですか?」


「コツというか…、まず今回は小惑星だから参照星はG型の恒星を使うよ。望月さん、なぜか分かるかい?」


「えっと…、、 G型… あぁ! 太陽と同じスペクトル型ですねよね? 小惑星は太陽光を反射しているからですか?」


「そう。今はあるフィルターを通して特定の帯域で測光をしているんだけど、元々の光のスペクトルが極端に違うと比較としての役割を果たしづらくなるからね。それから、当然だけど変光星ではない事、あとは測光対象より明るすぎない事」


「明るいとダメなんですか? 光の量が多ければ精度が上がりそうな気がするんですが…」


「明るすぎても、暗すぎてもダメだね。小惑星本体が飽和していなくて、参照星も飽和していない状態をキープするのがミソだよ。

 参照星が明るすぎてセンサーの値が飽和し、白とびしてしまうと本来受かっていた筈の光子の情報が消えてしまうからね。測光としては不正確な結果になってしまう」


「ーーなるほど…」


「よし、とりあえずはコレでやろう。本当は、視野の中の複数の参照星を利用したアンサンブル測光で精度を上げるんだけどそれは観測後にじっくりやってね」


 そう言いながら伊勢崎は新しいソフトを立ち上げると、グレーの無地の枠の中に撮影時刻が一番若いファイルをドラッグする。


『画像展開中』と表示されたプログレスバーが一瞬見えたかと思うと、すぐに灰色の中に複数の白点が浮かぶ画像が表示された。

 画像はモノクロの様だ。


 左側のツールパレットから選択ツールを選ぶと、小惑星、参照星をマークし、測光ツールの設定画面を開く。

 参照星の等級を入力し設定ファイルを保存すると、今度はバッジ処理メニューを開いてざっくり2時間分程度のファイルを指定し、処理実行のボタンをクリックした。


「一応自動探索入れといたけど、小惑星の位置自動で追うかな…?」


「追わなかったらどうしましょう?手動で設定ですか?」


「いや、軌道要素と画角のデータ、参照星の赤経赤緯を入力したら自動で中央位置が追える機能があったと思うけどなー。普段使わないからわからないね。後でじっくり探してみて」


「そんな機能もあるんですね…インストールはしたんですが使い方が難しくて…。頑張って勉強します」


 話をしているうちにも処理は進み、5分ほどでバッジ処理の完了ダイアログが表示された。


 伊勢崎は処理ソフトのディレクトリに生成されたテキストファイルを表計算ソフトから開くと、数列の並んだ値が連なって表示された。


「これが等級の値ですか?」


「そう、左の列が時刻。とりあえず簡易的にグラフにしてみよう」


 そう言いながら、標準のグラフツールをクリックして散布図を選択するとグラフが表示された。見やすく上下を引き伸ばす。


「うーん、変化はありますけど、よくわかんないですね…」


 グラフはほぼ横ばいから始まりその後徐々に光度を増していくが、ある地点を過ぎると唐突に右肩下がりとなっている。光度の低下は20分ほどで折り返し、下がった時と同様に急速に回復を示す。グラフの最後は上昇の途中で終わり、その先の傾向は読み取れなかった。


「上がって、下がって、また上がる途中か…

 これで一周期なのか? 短くない?」


 北山がいぶかしげに問いかける。


「うーん、このデータで2時間弱ですよね。

 赤外線強度から推定される直径が10km前後。その辺りの直径を持つ小惑星としては自転周期が2時間切ってるならかなり早い方だよね」


「でもこのグラフの最後の上がり方、最初の緩やかな傾斜に繋がりそうも無いわよ? やっぱり続きがあるんじゃないかしら」


「俺も沙織と同意見だ。ーー続きを見ないと何とも言えない…」


「と、いうわけで伊勢崎先輩、引き続きライトカーブの撮影をお願いします」


「はいはーい。了解。じゃあ、1時間毎にチェックしてみようか。ソフトの使い方覚えたいんだったら、触っててもいいよ」


「わかりました、ありがとうございます!」



「なぁ瀬川、若者は元気いっぱいじゃのー」

「大西、それはどういうキャラ付けなんだ…

 読者が混乱するからやめろ」


「時に瀬川よ、トイレに行きたくないかね?」


「いや、別に?」


「そんなこというなよ、行こう」


「何でだよ…ひとりで行けよ…」


「だってココのトイレ暗くて怖いんだもん…。おねが〜い…」


「全く仕方のないやつだ…。 ーーはぁ、すまんが君たち、ちょっと外すぞ」


「わかりました、行ってらっしゃーい」


 やれやれと首を振る瀬川が大西に背中を押されながら出ていく。


 1年3人組は英語の表記に溢れた処理ソフトと格闘を始め、伊勢崎それを眺めながらコーヒーを飲み始める。


 薄明開始まであと3時間あまり、観測は佳境に差し掛かりつつあった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 午前2時45分



「ーーどうだ、日高」


 伊勢崎に変わって、ソフトの操作を覚えた日高が簡易解析のグラフを作成している。


「はい、いっちょ上がり。ーーおっ? うーん、、うん。これは今度こそ一周したか??」


 沙織と北山が画面をグッと覗き込んで同じく唸る。


「伊勢崎先輩、どうですか?」


 画面を日高から明け渡された伊勢崎がしばしグラフをスクロールすると、軽く頷いた。


「まぁ、これで1周したんじゃないかなー。重ね合わせると、最初の部分の傾斜とぴったり一致するからよっぽど大丈夫だと思うよ」



 実は遡ること1時間前、3回目の簡易チェックはちょっとした騒ぎを巻き起こしていた。

 2回目のチェックでは緩やかに上昇を示し、そのまま観測冒頭のデータへと繋がるかと思われたライトカーブが突如として急降下を示したのだ。


 既に2周目に突入してしまっていたのかと慌ててデータを精査したが急減光は明らかに1度目とは異なる曲線を以て回復し、結局議論の末に、この小惑星のライトカーブには2度の異なる減光が観測されるという結論に行き着いたのだった。


 彼らはこの4度目の確認によりやっと自信を持って1周期を観測したと判断する事ができたが、今の所この観測結果を説明できる者は誰も居なかった。

 とりあえず目の前の観測作業に集中する事として、一旦原因については棚上げする事となったのだ。





「じゃあ、時間厳しいけど分光やってみる?」


「はい、やりたいです! …朝方に近いのに色々詰め込んですいません〜」


「いやいや良いんだよ。俺たちはいつもこういうシフトで慣れてるからねー」


 と言いながら、伊勢崎はソファーに目をやる。


 2列のソファーに2体の2年生が横たわっている。ーー大西と瀬川は約1時間前に肉体から意識を離脱させていた。


「よし、じゃあ光路を切り替えようか」


 そう言いながら、伊勢崎がジャケットに袖を通し始める。見ていた3人も、後を追うべく慌てて上着を探し始めた。


 標高600mに位置する美空天文台の観測室は、ぐっと冷えているのだろう。観測室との間を仕切るスチールのドアはびっしりと結露で覆われていた。








 分光観測は通常の撮像より遥に手間のかかる観測だ。


 スペクトル画像を得る事自体はさほど手間ではない。

 フォールデッド・カセグレン焦点に導かれた小惑星の光は細かい溝が切られたグレーチングに入射し、その波長毎に異なる回折を起こす事で撮像素子の異なる位置へ到達する。


 結果、点光源の小惑星であれば横一直線に魚の背骨の様に中央に並んだ虹色の光列が画像として得られる。その横軸上の位置を波長、その位置における明るさを強度としてスペクトルのグラフとして描写する事ができるのだ。


 しかし、これだけでは正確な観測結果を得られないのが分光観測の厄介な所である。


 まず、回折によって生じる魚の背骨の、どこがどの波長にあたるのかを特定しなければならない。これは、観測に使用するグレーチングと光学系、センサーの兼ね合いによって決まる。


 つまり、実際に観測に使用する光学系に『波長校正光源』ーー波長の分かった多くの輝線を発するランプーーを入射してまず横軸と波長の対応を取る必要があるのだ。今回の場合は、美空天文台で過去に測定したデータがあるのでそれを使用する事ができる。



 次に、センサーの感度補正だ。


 いざスペクトル画像が得られ波長が特定できたとしても、その画像から得られる光の強度情報は単なるセンサーに入射したフォトンの量を電荷に変換し、A/D変換され読み出した時の値に過ぎない。

 つまり、そのカウント値がどのような強度に相当するのかはこの時点では不明なのである。


 そこで登場するのが、『分光測光標準星』だ。これは既に波長毎の強度が知られた標準星である。実際に観測に使用する光学系センサーの組み合わせで撮像した分光標準星の強度で対照天体の分光強度を割る事で、正確なスペクトル強度を得る事ができるのだ。


 分光測光標準星は事前に撮影されたデータを使用する事もできるが、実際の星空では高度によって光の透過率に差が出てしまうので、それを補正する為にも撮影と同時に、対象天体に近い位置にある標準星を撮影しておくのがベターである。


 もちろん観測に長い時間を要する場合は対象天体の高度や空のコンディションの変化に応じてこまめに撮影しておくのが良い。


 更に光学観測による基本的な補正として、

 センサーの固定ノイズ、バイアスを補正する為のダーク補正ーー文字通りセンサーに一切の光を入れずに撮影し、センサーのつくノイズを特定し減算するものーーと、フラット補正ーー光学系による撮像面の明るさの不均一の補正ーーも行う必要がある。


 これらの補正に必要な撮影データは事前に用意されていたり、観測終了後でも撮影できる場合があるが、いずれにしても正確なデータを得るには、慎重な補正データが必須であり、それらの収集には往々にして時間が掛かるものなのである。



 そんな所まではまだ理解できていない3人は急に慌ただしくなった伊勢崎を邪魔しない様、そわそわしながら黙って様子をうかがう事しかできなかった。


 時計が3時35分を回った頃、ついに伊勢崎が振り返り3人を手招きした。


「これが、スペクトルのグラフだよ」


「おぉー、これはリアルタイムに見れるんですね!」


「一応、分光に特化したシステムが入ってるからね。細かい処理前だからプレビューって感じだけど」


伊勢崎が示したモニターには横長の羅線でグラフエリアが示され、その中にギザギザの赤線が踊っている。


3人が眺めているうちにも、グラフエリアがリフレッシュされると微妙に形状の変化したグラフへと更新されていく。


「積算してるんですか?」


「そうだね、分光は光の量が少なくてS/Nが悪いからしっかり露光を重ねて積算するんだ」


「ねえ日高、って何よ?」


「えーっと、信号とノイズの比の事」

「それじゃあわかんないだろー」

と北山


「あー、うん。。星や天体からの光って凄く少ないだろ? だから、光を集めて記録する過程の中に存在するノイズの影響が凄く大きいんだ。僅かな信号だから、ノイズの中に埋もれてしまって検出しづらい…ーーって事ですよね?」

日高は語尾をすぼませながら伊勢崎の様子を伺う。


「まぁ、だいたいその通りだよ。自信持って。今回の場合は、分光ってただでさえ少ない天体からの光をバラバラにして、波長毎に検出しなきゃいけないからすっご信号自体が小さくなってしまうのね。だから、光を集める時間を多く取って、ノイズの影響を相対的に小さくしているんだ。」


「んー。えーっと、でも、、時間あたりに発生するノイズの量が一定なら、露光時間を延ばしても結局ノイズも一緒に増えちゃうんじゃないんですか?」


「おっ! 望月さんは中々鋭いね」

伊勢崎が伸びかけてきた無精髭をさすりながら驚いた表情で応える。


「ノイズとひと口に言っても、それは複合的な原因が合わさった結果なんだ。その中には、ランダムに発生するノイズがあるんだよ。完全にランダムなものは、平均を取ると0になるよね?

だから、長時間に渡って何枚も撮像して、そのデータを重ね合わせるだけでランダム成分は消し去る事ができてS/Nは上がるって事」


「な、なるほど…。。わかったような、何だか騙されたような…」


「まぁセンサー側の都合だけじゃなくて、そもそも天体の光だって時間軸を短く取ると不均一でランダムなものだからね。暗い天体に対して品質の良いデータを取るためには、露光時間を長く取るか明るい光学系を使うのがセオリーなんだ」


「だからこそ、俺たちがここまで来る必要があったって事。機材が整ってる事以上に、集められる光の量がサークルの機材とは全然違うからな」


「まぁ、ノイズ処理への理解はこれからデータ処理を進めていく中で絶対に必要になっていくから頑張って勉強してみてね。そうだ、昔会員向けに作った資料があるからメールで送っておくよ。ちょっとセンサーとかの情報が古いけど、基本は同じだから」


「ありがとうございます。ーー大きな望遠鏡でぱしゃっと撮ったらすぐ何か分かるのかと思ってました… がんばりますー…」


「大丈夫だって、望月さんは頭の回転早いからすぐ理解できると思うよ」


そう言ってモニターに視線を戻した伊勢崎が、ふいに眉をひそめる。

マウスに手を伸ばすと、グラフをクリックして一部分を拡大し始める。


「どうしたんですか?」


「うーん、薄明が始まってきてしまったみたいだ」


「もうですか。あぁーでもそんな時間かー」


いつの間にか、時計針は午前4時を回ろうとしていた。


伊勢崎が表示していたグラフを画像表示に切り替えると、直近に露光されたフレームがモノクロで表示される。

横一列に点々と連なった小惑星のスペクトルの上下の領域が僅かながら明るさを持ち始め、その中に黒いラインが複数本沈んでいるのが見える。


「上空に太陽の光が入り始めたから、分光データにもそれが混ざってきていると思う。これ以上は取得しても正確性に欠けるから、ここまでにしようか。撮像止めても、いいかな?」


日高が北山と沙織の顔を見て頷く。


「よし、じゃあ機材撤収してデータまとめようか。一晩お疲れ様」


「こちらこそ、何もかもありがとうございました」


「ははは、寒いけどもうひと頑張りして貰うぞー。北山くん、そこの死体を蹴り起こしてくれ」


「ーーはーい! ほら!!大西先輩!!起きてください!瀬川先輩!観測終わりましたよ!!」


大声で起こし始めた北山の声を背に、伊勢崎たちはドームへと向かう。

見た目にはまだ夜闇にしか見えないスリット越しの宇宙が時間を増すに従って僅かに碧を帯び、光を纏いはじめる。


もう一刻もすれば東の空は橙を突き抜けて真紅に燃え上がり、新しい朝を告げるだろう。


ーー朝焼けまで起きていられるかな


日高は心地よい疲労感と観測室の寒さに身を震わせながら、ポケットのUSBメモリーを握りしめた。









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