第12話 和泉ちゃんは頑張りたい

「ご馳走様でした!」


 パンっと両手を合わせ、和泉ちゃんは礼を言う。私も、軽く相槌を返す。


「ふふ、たくさん食べたわねぇ…」


 結構な大きさの魚だったが。いくらかは私にも一緒に食べよう? って言って分けてくれた。それでも、相当な量を食べてくれた。

 これだけとことん食べきってくれると、獲ってきた私も、嬉しくなるものだ。

 つい嬉しくなって、和泉ちゃんの頭をなでなでと撫でる。すると、和泉ちゃんは顔を赤らめ、ちょっと首を振って頭を逸らしてしまった。


「ね、ねえ、お姉さん? これからはどうやって行くの?」


 話題を逸らそうと、これからの事を尋ねてくる。


「そうねぇ。もう少し休んだら、陸に向かうわ」

「陸って…そこの島?」


 そう言って、和泉ちゃんは近くの島を指した。


「出来るならそれが良いけれど……難しいわ」

「えっ、そうなの?」

「ええ。というのもね、思い出させちゃうけれど……さっきの怪物、私を無視して、そのまま和泉ちゃんを狙っていたから」

「…ひっ」


 和泉ちゃんはそこまで聞いたところで、顔を青ざめさせた。


「…分かってくれるかしら?」

「う、うん…。 危ないん、だよね?」

「ええ…。なんで私よりも和泉ちゃんが狙われたのかは、分かってないから。私から離れたところで、島民の方と一緒に丸ごと襲われることもありえるわ」


 そんな危険が海に待ち伏せているというのなら。島民の方による船を期待するよりも、陸まで私が責任を持って送り届ける事の方が、良かった。


「…あ、あの。お姉ちゃん」

「? なにかしら」


 ふと、和泉ちゃんから声を掛け直してきた。思案していた顔を上げてみれば、和泉ちゃんはどこか思いつめたような表情をしている。


「その……ごめんなさい。お姉さんに頼る事しか、できなくて……」

「? 良いのよ。どうしようもならない状況だったら、無理に一人でどうにかしようとしないで、助けを求めるべきよ」


 そう言って、私は微笑む。そう、素直に頼ってもらえると、私はそれだけで嬉しい。

 泡神様は、人がどうしようもできない、死後に続く道で。最後に頼れる相手として。あの結界に居続ける事が、使命なんだから。自分の存在意義を全うできるなら、それはとっても誇らしいことなんだ。

 でも、頼るだけでは、和泉ちゃんの心が報われないのも事実のようだ。ずっと私の背中におぶさり、何もできないというのが辛いのだろう。

 なにか、和泉ちゃんがもう少し自由に動ける方法は無いだろうか…。


「……そうだ!」

「?」


 私はぽんっと手を叩いた。


「和泉ちゃんも、自分で歩けるようにちょっとしたおまじないを掛けてあげようかなー」


 少しお姉さんチックに笑ってみる。


「何をするの? 湖畔お姉さん」

「ふっふっふ、まあまあ、見てなさいな。 ささ、ちょっとここに座って」


 泡の陸地の、端をポンポンと叩く。和泉ちゃんは言われた通り、泡の陸地の端に腰かけた。


「それじゃあ、ちょっと失礼するねぇ…」


 そう言って、和泉ちゃんの足を軽く持ち上げる。そして、足の裏に手をかざし、念じる。詠唱の後に、私の手のひらから二つほどの泡が出て、それは和泉ちゃんの靴の裏に吸着するような形で着いた。

片方の足も同じようにする。


「あ、泡?」

「うん。さ、どれどれ…」


 戸惑う和泉ちゃんをなだめつつ、泡を付けた両足をそっと降ろし、海面に着けてみた。すると、それなりの重しを書けても、和泉ちゃんの足は、海上に綺麗に付いていた。


「うん! 良い感じ…!」


 残りは同じように流れ作業だ。和泉ちゃんの両手の平にも泡をそれぞれ付けて、あと…転んじゃった時に、背中から海に倒れ込みでもしたら、両手両足が海に出ているのに、身体だけが沈んで溺れるなんてこともあるかもしれない。事故防止のために、背中にもやや大きめのあわを吸着させた。


「これでよし! さ、和泉ちゃん!」


 一通りの作業を終えて、和泉ちゃんを抱きかかえる。


「ひゃっ!」

「少しずつ降ろすよ。大丈夫、怖がらないで……」


 そう言って、ゆっくりと和泉ちゃんを海の上に降ろした。


「! わ、わわわっ、わぁっ!?」


 和泉ちゃんが海上に足をつけたところで、そっと手を離す。途端、和泉ちゃんがわたわたと腕を振り揺れだす。

 その光景は、実に常世離れしていた。本来なら海に溺れるだろう和泉ちゃんは、なんと私と同じように、海上に立っている。

 戸惑う姿を見て、私はスーッと少し遠くへと離れる。


「えっ!? 湖畔お姉さん、どこ行くのー!?」

「大丈夫。ちゃんと見守ってるから」


 そう言って、両手を広げ、抱擁を待つような姿勢で和泉ちゃんを見つめる。

 ええぇっ! と、和泉ちゃんは面を喰らう。が、少し足元を見つめた後に、うんと頷き、ゆっくりとこちらへ歩き出した。


「うわっ、た、と、と……」


 わたわたと、波が足元にやって来る度に足裏の高さが変わり、バランスを崩しそうになる。慣れれば私みたいに、慣性を乗せて滑るように進めるようになると思うが…。まず、転ばないかとはらはらしてしまいそうな姿になった。

 大丈夫、大丈夫だよね? 和泉ちゃんが自分で歩けるようになるために、ステップとして私が敷いた事なのに、その一挙一動にドキドキしてしまう。

 あっ、ほら。腰の辺りぐらいまで高低差がある波が!


「うわぁわっ! わぁっ!」


 和泉ちゃんは横からやって来たその波に、足元をすくわれ、バランスを崩す。

 危ない! …がっ、私がつい駆け寄ろうとしたところで、和泉ちゃんはその波に、手のひらを着いた。まるで、変化し続ける山を登っているのを見ているようだ。私が付けてあげた手のひらの泡は、しっかりと和泉ちゃんの体を支える。


「ほっ……」


 ちょっと安心した。しかし、そうしてる間にも、和泉ちゃんは止まる所を知らず、足を波の山に駆けて、自力で上に登り上がった。


「っはぁ…!」


 和泉ちゃんが息をつく。そして、少し低い位置に立っている私の方を見ると…えっ、跳んできたんだけど!?


「へっ!? うわっ、わぁわぁわぁ! キャッチ!?」


 つい、漂流物の紙に書かれていた、キャッチコピーとかいうものに書かれていた、最近になって日本に入って来たらしい言葉を口にしてしまった。簡単に動きを言葉にできるもんだから、つい口癖のように使ってしまう。

 とにかく、多少の高さがあった波。海上に受けるようになった和泉ちゃんから見て見れば、波の山と言える所から跳んできた和泉ちゃんを、私はしっかりと胸の内に抱きしめた。


「えっへっへ。登れた!」


 元気に声を挙げ、和泉ちゃんは私に笑顔を見せた。

 これは……可愛らしい。ただ歩いてこっちに来るだけだった筈が、更に来るのが大変な状況が舞い込んだだろうに、和泉ちゃんはしっかりと私の元へ跳んできた。案外、頑張れる土台さえ用意してあげれば、負けん気が強いぐらい、頑張れる子なのかもしれない。…良い子だ。


「凄いね、和泉ちゃん! 私、驚いちゃったよ」


 そう言って背中を撫でる。うきうきとしてて気分がいいのか、そのまんま背中を撫でられてくれた。


「これで、和泉ちゃんも歩けるよ?」

「! うん!」


 泡の装備の目的に納得がいったように、和泉ちゃんは強く頷いた。やっぱり、何もできない自分と言うのが嫌だったという予想は、当たってたらしい。一緒に居る人達相手に、全部おんぶにだっこじゃなくて、自分なりに出来る事をしたいって言う気持ちは。ずっと一人だった私でも、どうしてか共感してしまった。

 ひとまず、これで準備は出来た。休憩も終わったし、


「それじゃあ、休憩もこのぐらいにして、行こうか?」

「はーい!」


 和泉ちゃんがぴょんっと胸元から飛び降り、海上に着地する。

 私はそれを見届けると。おそらく陸地があるだろう、光の道が普段出ている道筋を歩き始めた。

 船でもどのぐらいかかるか分からない行程。二人で、頑張っていこう。

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