(7)Stalkingはやめてよね



「九里香さん、このライチというキャラは初心者向けで技が繋げやすくていいですよ」


「ふむふむ」


 九里香がハオさんから戦術指南を受けて「吉秋くんに勝ってみせる」と意気込んでいた。今まで一人で黙々と対戦を続けていただけに、複数人でわいわいとゲームを遊ぶのが楽しくて胸がこそばゆい気がした。

 

 お昼は三人で同じ階にあるファミレスに向かう。俺が毎日のようにここで外食をしていると言うとハオさんが驚いた。


「ええ! お金無くなっちゃうよ、大丈夫かい?」


「いいよ別に、国から貰った給付金10万円があるし」


「そうかい? うーん……」


 ハオさんが腕を組むと唸って、しばらくすると何かを思い出したらしく「あっ」と声を上げた。


「僕は食品デリバリーのアルバイトをしていてね、いつもお世話になってるパン屋さんからいつもお疲れ様って売り物にならなくなっちゃった余り物パンを僕にたくさんくれるんだ。余り物だけど、すっごい美味しいよ。今度持ってきてあげる」


「ありがとうハオさん。でもいいよ……そんな……」


「あっ、私も」


 隣にいた九里香が小さく手を挙げた。


「私、ホットサンド作れるんだ、今度持ってきてあげる。美味しいよ」


「ええっ……?」


 なんてこった。このままでは俺の昼食が連日パンずくめになってしまう。どう断ったらいいか迷って、口をマゴマゴさせていると俺達のテーブルの横を女子高生の集団が横切っていった。


「九里香ー、またね〜」


「うん、またね」


 九里香と女子高生集団が互いに手を振り合っていた。


「あの人達、誰です?」


「泉の高校に通ってる生徒だよ。秋の文化祭の出し物でダンスをする予定だったけど、一人風邪ひいて欠員しちゃって、一緒に踊ってくださいって頼まれたことあるの」


「なんでもやるんだな、お前」


 九里香に色々と話を聞いてみると、今から3年前、2017年の春頃から仙台の市街地で救いの天使の活動を始めたらしかった。奇怪な格好に驚かれて、金属バットを片手に追い回されたことがあるらしい。


「ハッハッハ」


 その話を聞いて、あまりの可笑しさに俺とハオさんは笑ってしまった。


「笑わないでよ、もう」


 九里香が困った顔を見せるからさらに笑いが止まらなかった。


 日々の九里香の地道な活動が功を奏して、今や仙台市街地に住む人々に救いの天使の存在が周知されつつあるらしかった……俺は全く知らんかったけどな。


 昼ご飯を食べ終わると、ハオさんがアルバイトに行くと言ってその場で別れた。


「またね。九里香さん、吉秋くん。明日はアルバイト休みだから一日中一緒に遊ぼう」



 * * *



 夕刻、自宅アパートに帰宅するために俺は九里香と複合商業ビル「delta」から出て仙台駅方面へ歩いていた時のことだ。


「……出たな、蛇女」


 と、九里香が不意に言葉を呟いた。


「何言ってんだ?」


「あれだよ、見て」


 九里香がある方向を指差した。それは仙台駅東口にあるバスターミナルと併設しているタクシー乗り場で、乗客待ちのタクシーが並んで駐車していた。


 そのタクシー乗り場の向こう側に「東七番丁通り」と呼ばれる車通りの多い道路があって、交差点で信号待ちしている人々の中にやけに目立つ背の高い女性がいた。そばにいる一般的な成人男性より背が高く身長が2メートルあるのではないかと思われた。


 ずっとこちらを見つめていたのだろうか。こちらの視線に気付くと小さく手を上げて振りながら口角を吊り上げてニカニカと笑っているのが遠くからでも気味悪いくらいわかった。


「何だあれ、九里香の友達か?」


「……そんなんじゃないよ」


 九里香はあの女性のことを「蛇女」と呼んでいた。


 蛇要素なんてどこにあるのだろうと思っていると、その女性はニカニカと笑う口から30センチほどの首の付け根まで届くような長い舌を出して小刻みに震わせ、そして再び舌を戻した。それを一定間隔で繰り返すさまはまさに蛇のようだった。


 その姿を見た信号待ちの人々が慄いたり、女から少し距離を取る様子が遠くからでも見て取れた。


「今回は意外と速く追いついて来た。蛇女、私のことを追いかけて来るの。二年くらい前から……ずっとね。ストーカーは嫌いだよ」


 そう言って、九里香はため息をついたと思うと大翼をはためかせて宙に浮いた。


「じゃあね、また明日」


「あっ、おい!」


 もっと話を聞きたかったのに俺の言葉も聞かずに九里香は仙台駅東口のバスターミナルを超え、ビル街の楼上を超え、奥へ奥へと飛び去って行った。


 すると蛇女(とりあえず俺もそう呼ぶことにした)はまるで九里香を追尾するようにゆらりゆらりと揺れながら歩いていき、人混みにまぎれながらビルとビルの間に入っていって姿が見えなくなった。


 それ以降、俺は蛇女を見ていない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る