神に【時間停止】という能力で「この世界の戦争をなくせ」とか急に言われたけど、どう考えても難しいだろこれ(旧題:8つの種族は超能力を使って世界を動かす)

杏里アル

第1章 決意と約束編

第1話 今日、死ぬ気がする

 ――絶望混じりの吐息が漏れる。



「はあ、はあっ……」



 昨日から何も食べていない、空腹が感情を支配する。舗装されていない土が頬につく。斜めに傾いた建物を眺めていると、いよいよ目眩が始まってきた。


 俺はこのまま、ゴミの山に埋もれて1人寂しく死んでいくのだろうか――。


とにかく腹が減った、何か食べたい。程なくして全身の感覚が消えていくと視界がグラグラと揺れ始める。

 加えて、心臓の鼓動も速まっていく、その度に1歩1歩自分が死に近づいていると直感してしまう。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 衰えてきた心臓が力無い音を奏で、徐々にせばまってゆく視界に俺は不安を抱き「死にたくない!」と心の中で願い続けた。嫌だ。それだけは御免だ、まだ生きていたい。



「……ッ!!」



 必死に口を動かすが、無情にも声にならない。また、その動作で無駄に体力を消耗してしまったのか、次第に視界もかすんできて、自分が何をしているのかさえ分からなくなってきている。


 もう、駄目か――。


 俺は頭の中で何度も何度も助けを呼んだ。ジワジワと忍び寄る途方もない無力感と闘いながら必死で自我を保ち続けた。

 ここで気を失ってしまったら一巻の終わりのような気がしたからだ。


 しかし、その時。口元に何かを感じた。


 これは、誰かの手だろうか。奇妙な物体が口元にグイグイと押しつけられてくる。最初は粘土の類かと思っていたがどうにも違う。

 唇に触れたその物体はやけに柔らかかったのだ。


 また、ほのかに甘い匂いもする。これは一体何なのだろうか。俺は残っている力を振り絞り、大きく口を開ける。

 すると、謎の物体は口の中へと押し込まれていく、何を入れられたのか? 歯を上下に動かして、その物の正体を確かめてみる。


 モサッ。


 分かった、これはパンだ。噛めば噛むほど味がより引き立ち甘味を感じた。

 俺はゆっくりと歯を動かし、頑張ってノドの奥へと押し込んで腹の中へと詰め込んだ。


 いったい誰が助けてくれたのだろうか? 空腹で行き倒れそうになっていた俺にひと切れのパンを恵んでくれたのはどこの聖人様なのかひどく気になった。



「……え?」



 確かめようと目を開けると、そこには1人の女の子が膝を曲げて座り込んでいた。

 この子が俺を助けてくれたのだろうか、キョトンとした表情で俺は少女を見る。



「大丈夫ですか?」



 女の子は心配して尋ねると、もう1度千切ったパンを俺の口元へと持ってきてくれた。俺は真っ先に「ありがとう」と擦れた声で伝えもらったパンを頂く、すると、全身の機能がみるみる回復していく。栄養とは不思議なものだ。グッと足に力を入れると、上半身を起こす事にも成功したではないか。


 それからはもう行動は早かった。本能のままにむしゃむしゃと頬張りながら俺はパンを食べ終える。

 そんなこちらの様子を見ていた少女はニッコリと微笑み、持っていたバスケットに手を突っ込み、パンをもう1個取り出してきてはまた俺に手渡してきた。



「あ、ありがとう……」



 腹の減りが抑えられなかった俺は再びパンを受け取って今度はハッキリと礼を言った。

 この子は聖女だ。いや天使か、どちらにせよ俺を救ってくれた救世主であることに変わりは無い。



「どうして倒れていたの?」


 不思議そうに尋ねてきた少女に、俺はここまでの経緯を簡単に説明した。


「お金がなくて食べ物が買えなかったんだ」


「そうなんだ! じゃあ、それは全部食べていいよ!」



 無邪気な笑顔を崩す事なく少女は俺を見ていた、じっくりと顔を見ると純粋そうな青い瞳ともらったパンのようにふっくらと包む声色。

 それをすっぽりと覆う赤色の服を1枚身に纏い、茶色の髪をゆったりとした動作で撫でる。


 その幼い表情からは純粋無垢という言葉が似合い、身長は俺よりほんの低く感じた。

 恐らく年齢はこちらと大して変わらないだろうか。


 優しくされることが、こんなにも嬉しいなんて思いもしなかった。

 どうして自分を助けてくれたのか、少女に理由を尋ねると少し悩んだ素振りをした後に答えを返してくれた。



「……わかんない!」


「わ、わからない?」


「うん! っていうか、誰かを助けるのに理由っている?」



 少女の言葉は優しかった。

 俺は嬉しさからかうっすらと涙を浮かべる、理由もなく助けるという実にとうとい行為。

 それが人を救うというものなのだろうか、今まさに真理を学んだ気がする。



「えへへ、おいしい?」



 少女が嬉しそうな顔で尋ねてきた。こちらがコクリと頷くと、よしよしと言わんばかりに頭を数回撫でて、また笑顔を俺に見せてくれた。食べている最中、少女は畳んでいた膝をしっかりと立ち上げそのまま立ち去って行っていこうとする。



「そろそろ、行くね。私、お母さんにも何か食べさせてあげないと!」


「あ、ちょ、ちょっと待って!」



 最後に自己紹介ぐらいはしておきたい。俺は少女を呼び止めて、自分の名前を伝えた。



「俺はネリス、君は?」


「ん? 私はタルト! 今度はもう倒れちゃだめだよっ」



 片腕にバスケットを通し、スキップ混じりに可愛く手を振って去って行くタルト。

 彼女を見送った俺は、人のいなくなった路地でポツンともらったパンを食べながら、密かに決意を固めていた。



 自分も、誰かが困っていたら手を差し伸べよう――。




 人の悲しみや痛みを癒やせるような存在。そんな、優しい人間になりたい。




        ◇    ◇    ◇




 タルトとの出会いから何日が過ぎただろうか、どうしても再会したかった俺は今日も救われた付近を歩きまわっていた。

 服装から見てもこの地区の者で間違いはないはずなのだが、どうにも見つからない。



「うーん……」


 俺たちが住むこの国には、2つの地区が存在する。


 まずは俺のような、明日の飯にも困る貧乏人が住むエリア。

 所謂いわゆるスラム街ってやつだ、着ている服がみすぼらしいのは当たり前、ボロボロの家に住み何もかもが最底辺。それが自然に思えてくると、金持ちになりたいだとかそんな高望みは失せてくる。


 一方、もう1つの地区は貴族たちがひしめいているらしいが、一度も行った事が無いのでどういう場所になっているのかもわからない。

 ただ、街の中に割り込むように、石造りの壁と門だけがこちらから見えるだけ。


 まるで庶民たちの羨望の眼差しから逃れるかのように、高い塀で囲まれたその地区は、子供の頃からいつも印象に残っている。確か『選ばれし聖域』とか冗談半分で呼んでいたっけな。



 ぐううっ。



 この前のパンを食わせろと言わんばかりにお腹の音が訴えてきた。パンを買うにしてもお金はいつも持っていないので、今日もこの国の地下から汲み上げている水で凌ぐしかない。

 変な味がするからお腹を壊す人もいるようだが、俺は身体が強い所為か特に問題は無い。



 それでも水だけでは餓死してしまうので、何かしらの食べ物を探さなくてはいけない。お金を稼ぐにしても、この身なりじゃどこも雇ってくれない。その上、いつも食べ物を恵んでくれるだって必ずこの地区に来てくれる訳じゃない。



 ……もしかして、タルトは本当に天使だったんだろうか?



 そんな気すらしてくる。あるいは、俺を救うために地上に舞い降りた女神様だったのかもしれない。


 ちなみに今までどうやって暮らしてきたかと言うと、基本的には世界を旅する【冒険者】からの物乞いだ。

 これでも小さい頃は可愛がってくれる人達が沢山いたんだけど、それが15年も経つと「いい加減自立しろ」とばかりに冷たくあしらわれてしまう。


 独力で生きていく力、それを身につけてなければならないのはわかっている。

 何もしてこなかったツケが今まわってきているんだ。それでも俺の考えが変わる事は無い。


 誰かに救ってもらおうと日々、甘え続けている。今更頑張ったってどうにもならないのだ。

 どんなに考えても、先の人生は八方塞がりだ。



「ここならいいだろう……」



 暗い気持ちのまま闇雲に歩いているうちに辿り着いたのは、人が多く集まる広場だった。

 布1枚貼っただけの簡素な屋根と、木箱に並べられた食べ物。そんな質素な店が建ち並ぶこの広場は中央に座れるベンチと噴水があり、商人や冒険者が多く集まる憩いの場となっているのが特徴だ。



 この場所で突然地面へ倒れれば、誰かが救ってくれるかもしれない――。



 俺にあるのは、そんな下世話げせわな思考だけ。そうだ、また甘えてしまっているのはわかっている。

でも、こうしなければ明日を迎えられない。こうするしかない。


 俺は意を決して、地面へ倒れようと身体を傾けた。その時――。



「助けて! お願い誰か!!」



 1人の悲鳴が聞こえる、とても聞き覚えのある、あの子の声だ。俺は急いで声の方へと向かうと声の主が屈強な男に腕を掴まれジタバタと藻掻いていた。とりあえず近くにいた人に「すいません」とこの状況を尋ねると、どうやら男が商売をしている最中に1つの商品が盗まれたそうだ。


 その娘は、タルトだった。



 男は犯人であろう近くにいた彼女を捕まえ、この街の【騎士団員】という傭兵団体に突き出そうとしているという。騎士団員というのはこの街の秩序を守る者達で、主に犯罪が起きないよう街を見回る事が多い。


 もちろん窃盗自体、この国では1、2を争う大罪だ。騎士団員がいない場所で起きようものなら、駆けつけるまで市民達から木の棒でボコボコにされていてもおかしくないだろう。



「オラ!! さっさとその膨らんだポケットを見せやがれ!!」



 男はグイッとタルトの手を掴むと、上へ持ちあげる。



「いたい! 離して!!」



 タルトは必死にポケットを見せる事を拒絶していた、あの様子だと本当に物を盗んだのかもしれない。

 でも、タルトは俺にパンを与えてくれた聖人だ。あんなにも優しい子が、どうして盗みなんてはたらいたのか。よく分からないけど、とりあえず理由は後回しだ。


 大事なのは、タルトを助けること。


 その為にはどうやって彼女の無実を証明すれば良いのか、俺は2人を観察しながら必死で打開策を練る。


 すると、何やら様子がおかしい事に気付く。



「この……ど、ろ、ぼ、う、が」



 タルトを掴んでいた男の声が段々とスローになっていき、周りの者達も同じように動きが固まった、何だろう?


(いったい……ん? あ、あれ!?)


 自分の耳から声が聞こえてこない、ノドにしっかり力を込めても擦れた声どころか魚のようにパクパクと口が動くだけで、俺は自分がおかしくなってしまったのかと疑った……。

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