第26話

「やっぱ命のやり取りは面白いっすね~」


 劉さんの半生を調べたときは、てっきりコッチ側の人間かと思ったっすけど、可欣ちゃんのことになると途端に人間臭さが滲み出てくるもんだから、笑っちゃいましたよ。

 

「ナニが、こうも決定的に違うんすかね」


 少しでも人間に近きたいってずっと夢見てきたボクにとって……劉さん。アナタのような人間が、生死の狭間でみせる輝きが、ボクに新しい感情を教えてくれるかもしれないって期待したんすよ。


 だけどね、まだ足りないっす。

 アナタの輝きはそんなものじゃないはずっすよ。もっとボクに人間とはナニかを教えてください。

 これでもね、教えてくれるまでは出来れば劉さんには生き残ってほしいと願ってる一人なんすよ。



「どうしたっ!さっきから防戦一方じゃないか。亀みたいに守り一辺倒じゃ、俺の事を殺すなん永遠に無理だぞ。どうか出血多量で死ぬなんてオチだけは勘弁してくれよなっ!」

「ちっ……この体力スタミナお化けが……」


 大塚の開始の掛け声と同時に、どこにそんな体力が隠されてるのかと、舌を巻くほどの猛攻ラッシュを仕掛けてきた。

 鉄球のような質量の拳による連打に次ぐ連打に、ギリギリ防御ガードで対応していたものの、確実に防御越しにダメージは蓄積していった。

 少しでも隙間を開けようものなら、辻村のキツイ一撃が待ち受けている。迂闊には手が出せない状態だった。


「……つまんねぇなぁ。そんなもんじゃねぇだろ!」

 挑発するように吠え、上半身を捻ると、これまで何人も刈り取ってきたお得意の回し蹴りが傷口に炸裂した。

「ぐぁっ……!」

 傷跡を縫合した土手腹どてっぱらが、衝撃に耐えかねて引き裂かれる感覚を、音としてハッキリと聞いてしまった。

 ブチブチと――それと同時に、これまでの比ではない血液が溢れだしたことも。

 噴き出す血と一緒に、意識も、気力も、魂も、冷たいぬかるみの中へ中へと消えていく。


「ちっ……結局一発も出さないまま終わりかよ。つまらねぇ……」


 どうして、俺は、戦っていたんだっけか――

 わかんねぇな――思い出せねぇ――

 それなのに――どうしてこの手は暖かいんだろえな――


「もう諦めちゃうんすか?可欣ちゃんを救おうとするあなたは、こんなところで終わっちゃうような玉なんすか?」

 焦点の定まらない目で見上げると、冷たい目の男が俺を見下ろしている。

「そうだ……俺は……まだ死ねないんだよ」

 大塚の声が、この手からすり抜けていってしまったあのガキの顔を思い出させた。

 サイコパスの糞ヤローに手助けされるなんざ、冗談にもならねぇが……今はまだ死ねないことを思い出すと、ぬかるみの中から這い上がる力が少しは生れた。

 膝をつき、渾身の力で立ち上がると、辻村は目を見開く。


「なんだ、まだやろうってか。いいだろう。せめて最後は……一思いにその首へし折ってやる」

 恐らく辻村も次で決着をつけたいはず――単純に力で捩じ伏せてくるに違いねぇ。

「可欣はな、俺が守るんだ……アイツの命を狙う奴がいる限り……誰が相手でも……守りきって……みせる」

 残りわずかな時間で、俺に出来ることといえば、ガキの体温を覚えているこの拳で、あんたの顔面に拳を叩き込んでやるくらいか――


「さっさと、死ねっ!」

 自らの死期が早まることも恐れず、俺を殺そうと駆けてきた。

 伸ばして来た腕を払いのける力すら残っていない俺は――掴まってやった。

「観念したか。なら」

「いいや……死ぬのはお前だよ」


 今だ――体が密着するほどの至近距離から放つ渾身の一撃。柄にもなく俺が最後になりたいと、心からそう願ったヒーローのように、最後まで温もりが残る拳を振り抜いた――




「あ~~~絶対今日って日を忘れない自信がある!」

「気が合うな。俺もだよ」


 本気で死ぬかと思ったことはこれまで幾度か経験してきたが、今夜はその中でもブッチギリで一番だろう。

 ライフルを構える機動隊に向かってフルスロットルで突っこみ、挙げ句の果てに車体は連中がぶっ放す弾丸で蜂の巣だ。

 フロントガラスなんざ一瞬にして粉々に砕け散って、風当りがいいのなんの。

 なんとか検問の隙間を無理矢理突破できたから良かったものの、あんな真似は二度と御免だと頑なに誓った。


「もうそろそろだね。出港の時間」

「ああ……それまでに奴等を救出するっていう作戦ミッションが待ち受けてるがな」

「で、その作戦の内容は?」


 前輪後輪のうち二つをパンクさせられ、挙動が不安定な車体をどうにかこうにか大黒ふ頭まで運転し辿り着くと、そこでGT-Rのエンジンが停止した。


「作戦は、ガンガン行こうぜ、だ」

「なんも考えてないんだったらそう言って!」

「仕方ないだろ。あの女がどの倉庫に例の二人が囚われてるか伝えなかったんだからな!」


 広大な敷地には、人の足で一つ一つ確認していたら、それこそ朝を迎えてしまうほど倉庫が点在している。

 その中から勘で二人を見つけ出し、その上追っ手を撹乱しながら救出を図らないといけないというのは、ジェームズボンドも真っ青なミッションではなかろうか。


「くそ!この一件が片付いたら公安なんざ辞めてやる!」


 心からの叫びが港に響くと、ポケットの中のスマホが震動した。

 あの女からの電話だった。

「もしもし!こちらジェームズボンドとボンドガールですが」

「はぁ?なんとか追っ手を撒いたから電話かけたんだけど、二人の所在を知りたくないわけ?」

「そもそもお前が依頼してきたってのに、なんなんだその上から目線は」

 血吸蝙蝠の話が正しければ、可欣は母親の秋本奈穂子と共に海鮮物を一時的に貯蔵しておく冷凍庫に閉じ込められてるらしい。

 居場所を割りだし、セキュリティシステムにハッキングして冷風は止めたようだが、表には頑丈な鍵がかかってるようで簡単には開けられないとのこと。


「あとね、恐らくだけど、現在倉庫では劉と辻村が闘ってるかもしれない」

「なんだと!なんで辻村が横浜に来てるんだ」

 どうやら、一部の監視カメラの映像に何者かに運ばれる劉英俊の姿と、傷だらけの辻村御幸の姿が映っていたらしい。


「ったく、何がどうなってんのか」

「私もさっぱりよ。だけど、ついさっき私の元に見知らぬ人物からメールが届いて、何となくこの事件の裏事情は理解できた。そのメールには、この国が三回は根底から引っくり返されるような悪事の数々が添付されてて、辻村が可欣ちゃんをつけ狙う理由もしっかりと記されていた。最後に『好きに使え』って一言添えられてね」

「やはり、黒幕がいたって訳か」


 今度こそ電話を切った俺は、ノゾミと共に劉の救出に向かって走り出したのだが、その時――


 パーン――


 俺達に絶望を運ぶ発砲音が、夜更けの港にこだました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る