旧都の狼煙

「……もう、久しく食べていないが。牛や豚の生肉は早く調理してしまわないと腐るだろう。腐った肉は野鳥がたかったり、流行り病の元になったりする。肉体という言葉があるように、人間もまた生の肉なんだ。──だから、燃やすんだ。人ならざる者にいたぶられ凌辱されるくらいなら、私たち同胞にんげんの手で土へ還そうと……いや、これでは答えにならないな。まず、鼻孔や喉に綿花と蝋を詰めて、うっかり火炙りにならないように地下で半日眠らせて。来世では報われるようにと祈りを捧げて、仇を討つと誓いを立てて……その後は、もういつもと同じだ。皮膚が熔けて出てきた骨が灰になるまで焼く。確か、ジュヴァンも似た弔い方だったな。そう言えば、君は──おい、もう此処らで止めて良いぞ」


 青年は少しの間だけ目を閉ざして短く息を吐くと、力なく微笑んで馬車を降りていった。


「……いつも悪いな。では、今回もこのくらいで──そうか、君の家もか。君の家は確か先週も祖母が亡くなったとか言って会議を早退していたが、この七日間で一命を取り留めたと思ったらまた息絶えたと言う事か?……そんな、私が君を疑う筈がないだろう。そうだな、では香典代も含めて……ペットの犬も?君、犬なんて飼ってたのか。いや、勿論構わない。それでは、それも加算するとして……」


  ◆


「着いたぞ」

「ええ。でも此処は──」


 何から尋ねれば良いのか分からず、セヴォンはしばらく閉口した。青年が夥しい数の鍵束を捌いている間にもそれは続いた。その部屋は、人がくつろぐ客間と言うより何かの保管庫、壁の密室、棚の懸崖とでも言うべき空間だった。


「君と親しい者達が此処で眠っているんだ──」青年は同じラベルの付いた棚々をゆっくりと開けて告げた。「その服はと言うのだろう。君と同じ服を着た者達が大勢ここに居る」

「そんな……」棚の中身を覗いたセヴォンは途端に立ち眩みを起こし、人目も憚らずに膝から崩れ落ちた。激しい動揺とショックで喉の奥の方がいっぱいになり、冷や汗が涙のように頬を伝う。「……僕はこれからどうすれば……?」


 無数の棚の中でも一際小さなものの中にあったのは、セヴォンが一刻も早い合流を望んでいた者達──自身が日に日に喪いつつある記憶を保持していた捜索班の抜け殻だった。。ルイを連れ戻すというミッションに於ける絶対条件が破綻した今、セヴォンは両手が煤に塗れるのが気にならないほど打ちのめされていた。ルイが纏っていたパルファムの香りも、交わした言葉の一片ひとひらも、ルイの髪やコートの色さえももう憶えていない。何処かでばったりルイに会えたとして、それがルイだと分からないかもしれない。明日の自分はもっとルイの事を忘れるかもしれない──漠然と、しかし、はっきりとしたどうしようもない不安がセヴォンの肺を焦がした。


「──お時間です」「待ってくれ、まだあの子は……待てと言っている!お前には人情こころがないのか!?」「貴方様のお陰でなくせました」「っ……」


 鐘撞き堂から轟音が聞こえる。

 空高くのびる煙は勢いを増した。


  ◆


「……もうこんな時間か。あんな事の後で君を一人にしたくないんだが……ままならないものだな」


 捜索班を土に還してすぐの事。

 青年はセヴォンが悔しさで握りしめた遺品達から熱が引かない内に何処へ向かおうとしていた。青年が実に不安そうな面持ちで邸を発つ前──即ち、セヴォンが黙りこくって穴一つない壁を見詰めている時。青年は自身が知っている全ての言葉を使ってセヴォンを慰めていたものの、完全に焼け石に水だった。それもその筈。のだ。殴り殺された壁の漆喰が剥がれて足先へ落ちる。時が経つにつれて着々と鋭利になる怒りや執念──必ずや犯人ホシを炙り出してこの手で殺してやるという報復の念がセヴォンを狂わせていた。

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