龍焔の機械神06 灼熱の犬飼さん【後編】

ヤマギシミキヤ

序章――とある少女たちの誓い

「こんなチラシもらっちゃったんだけど」

 恵羽めぐは葉音はのんにそういいながら紙片を見せて渡した。

「機械使徒操士募集⋯⋯なんぞこれ?」

 給与面など一般的な仕事のように書かれているが「百メートル級の巨大人型機械に乗ってのお仕事です」という説明文が異様に気になる。

「大きな機械の巨人⋯⋯それってこの前見た機械神となんか関係あるのかな」

「あるんじゃない、大きさも同じくらいっぽいし」

 二人は修学旅行に行く際の飛行船の往路で機械神を遠くに見ていた。

「ここに『寮などの生活の中心になるのは新設された第参海堡になります』ってあるけど、水上保安庁とかの基地がある第弐海堡みたいのが新しくできたってことなのかな」

「そうなんじゃない? でもこれは国外からの募集だから首都艦近海地元の近くじゃなくて、うんと遠い所だよ」

「ところでメグハ」

「なによハノン?」

「こんなチラシ持ってきてまさかこれに応募しようだなんて思ってないよね?」

「⋯⋯実は⋯⋯思ってる」

「やっぱり! 二人で冒険者の酒場を作ろうって約束はどうするのよ!」

 少女たちには、大人になったら「二人で一緒にやろう」という夢があった。

 二人の家には地下迷宮の扉を開く解錠ノ剣キークリフと呼ばれる道具アイテムが伝えられていた。

 伝えられていたといっても、家族の殆どはそんな道具の存在など知らず恵羽がたまたま押し入れの奥から見つけたものを葉音に見せたところ「うちにも同じのがあるよ」と、こっそり二人して家から持ち出して見せ合った。

 二人の家にあったどちらにも「これは地下迷宮の扉を開く鍵である」という説明書が添えられていた。

「そういえばこれが入りそうな鍵穴、近くにあったよね」と小さい頃に遊んだ狭小な空き地の隅に謎の扉があったことを思いだし、解錠ノ剣キークリフを差してみたところ開いてしまったのだ。

 それ以来その場所は二人の秘密の場所となり、光が届く範囲の入り口付近で遊んだりしていたのだが「地下迷宮なんだったら一緒に入る冒険者を募る酒場が必要だよね」と話しが飛躍し「じゃあ大きくなったら二人でそれを作ろう」と、とんでもない夢ができてしまう。二人も良く読む幻想的ファンタジーな物語に出てくる地下迷宮の側には「何故か」酒場が必ず存在し、そこで仲間を募って迷宮に降りていくのが定番となっている。

 これが少年同士であれば、大きくなったら迷宮を攻略して宝箱見つけて迷宮支配者ダンジョンマスターを倒そう、などとというありふれた目標になったのだろうが、見つけたのは少女二人であったのでこのような目標となった。

 一応定型文通りに「酒場」という目標にはしているが、酒類は最低限でいいと考えており(ラム酒さえ出しとけば冒険者は満足すると思っている)基本的には甘いものを多く取り揃えた店を考えていた。冒険者の酒場というよりも峠の茶屋みたいな感じだが、少女の考えることなので、まあそんなものだ。多分彼女たちは冒険者の酒場という名の甘味処スイーツショップを作ろうとしているのだろう。

「それをするにもお金がいるでしょ? その資金を貯めようかと思うのよこれで」

 恵羽が言う。大きくなったら地下迷宮の近くに店を建てて冒険者の酒場(という名の甘味処スイーツショップ)を二人で始めようというかなり突飛な夢の実現を大真面目に考えているのは変わっていない。

「お店の資金を貯めるのは私も考えてたわよ! それだって地元のどっかで就職すれば良いだけのことじゃない!」

「でもさ、この機会を逃したら首都艦ここの外に出ていけないと思わない?」

「それは⋯⋯」

 二人がこんなにも飛躍し過ぎた夢を実行しようとするのも、生まれ故郷であるこの首都艦から出ていくことも困難だから、という事情がある。

 旗艦である首都艦の他にも他四隻の方舟艦が密集形態を取り、一つの国家を形成している。方舟艦同士は竣工時より飛行船などにより人の往来や貨物の輸送路は整備されているのだが、方舟艦を離れて国外に行く方法は用意されていない。海上保安庁や水上保安庁の拠点は方舟艦の外に設けられているが、それは艦外から支援する必要があるからであり、そこから国外へ進出することは考慮されていない。

 それはこの方舟艦が世界の全てを覆う水没から逃れるために作られた場所であるから、生き残るために作られた内界からわざわざ危険を伴う外界に出る手段がないのは当然である。

 しかし時を経て、それに疑問を持つ者たちが生まれ育っているのも事実。この少女たちは自分の生きる世界に疑問を持ったからこそ飛躍し過ぎた夢を持った。

「⋯⋯そうだね、こんな機会もなければ外の世界に行くこともないか」

「でしょ」

「じゃあアンタ一人じゃ不安がいっぱいだから私も着いていってあげる」

「そう来ると思った」

「でもさ、私たちがいない間にあの迷宮がひどいことになってなければいいけど」

「じゃあ今度の夏休みに私たちで潜ってみようよ、迷宮の奥とか見てないし」

「潜る!?」

 恵羽にそういわれて葉音は至極驚いた声を上げる。迷宮近くに店を出す予定はあるが、その地下迷宮そのものに自分が降りていく予定は葉音には全くなかった様子。

「これから首都艦生まれ故郷の外に行こうってのよ、度胸試しよ」

「度胸試しって⋯⋯いきなり怪物モンスターに襲われたらどうするのよ」

「逃げ足には自身ある。葉音もそうでしょ」

「もう⋯⋯分かったわよ!」

「今度の夏休みに突入するからね、それまでに装備を整えておく! なんの職業になるかも決めないとね」

「ここまで来たらなんでもやってやるわよ!」


 ――◇ ◇ ◇――


 ここが方舟艦の甲板上に作られた閉鎖された都市であることに疑問を持ち、外の世界へ飛び出してみたいと願う女の子。

 そんな女の子に招待状は届く。機械使徒操士となるために外の世界に飛び出してみませんかと。

 女の子はそれを受け取り、外の世界に行くことを決めた。

 でもここにいる二人の女の子は、機械使徒操士になるより前からの夢があったから、少し寄り道していくことになる。

 しかしてその少しの寄り道が、想像もつかないほどに大きなものを動かすきっかけになることを二人は知らない。

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