第10話 文化祭1

夏休みが明け、季節は秋に移り変わってきた。

今年は、暑さが残らず生活しやすい。

そして、今年も文化祭の季節がやってきたのだった。

正直、気分が乗らない。

皆で、何かをして楽しめた記憶が思い当たらない。


「それでは、皆さん。文化祭の出し物、何にしますか?」

文化祭実行委員会の佐々木 楓と小島 準がクラスメイト達に問いかける。


「俺、タピオカが良い!」

「私は、たこ焼き!」

「演劇したいな~」

クラスの男女が、手を挙げ口々に意見を発していく。

それに並行し、背の高い小島が上から意見を陳列する。

数分後に、意見が出尽くしたのか手を挙げるものは消えた。


最終的には

・タピオカ

・たこ焼き

・演劇

・たこせん

・お化け屋敷

・休憩所

・映画

・紙芝居

・ボードゲーム

・クレープ

・ベビーカステラ

これら、11個が意見として挙げられた。

演劇なんて面倒だし、お化け屋敷なんてもってのほかだ。

休憩所が、一番良い。

そんなことを、考えていると民主主義の基本である多数決で選ぶそうだ。

ありがたい。


「それじゃ、採決を取ります!」

そう高らかに、佐々木が宣言し多数決を上から順に取り始めた。

その意見の横に、人数を書く。


「次に、休憩所が良い人」

もちろんここで、手を挙げた。

その横に、人数が書かれる。1と。


え! 俺一人なの! 皆、そんなに活発だったけ……

というか、せめて意見だした奴手を挙げろよ。

そうして、俺の唯一の希望が消えていった。


多数決の結果はこうなった。

・タピオカ 6人

・たこ焼き 3人

・演劇   3人

・たこせん 1人

・お化け屋敷 9人

・休憩所  1人

・映画   0人

・紙芝居  0人

・ボードゲーム 0人

・クレープ  1人

・ベビーカステラ 2人


最悪だ。

まさか、お化け屋敷をすることになるなんて。

準備にかなりの時間が掛かる。

お金は、割り当て分で何とかなるだろうが……

この教室でやるなら、準備と授業を両立しなければいけない。

そんな様々な考えが頭に浮かんだが、それを意見として発言することはできなかった。


「ただいま~」


「おかえり!」

くたくたになった俺に、鈴子が声を掛けたてくれた。

しかし、しっかりと反応を示せず手のひらを見せる。

申し訳ない。でも、これで精一杯なんです。

そんな、自己解決を挟みに部屋に駆け込む。


「晴明~」

某ネコ型のロボット的なものに頼み込む、早撃ちの達人を真似するように呼んだ。


「どうしたんだい隆君!」

完全に、現代に染まっている猫が乗ってきてくれた。


「文化祭、お化け屋敷をすることになった」


「良いではないか~ 本物が出るわけでは、ないじゃろう~」


「ほら、そういうところってなんか集まるって言うじゃん!」


「こないだ、藁人形の妖をおぬしは祓ったじゃろう~」


「そうだけどさ~」


「大丈夫じゃ! わしゃが助けてやるわい!」

だが、俺は本当はそれを恐れているわけではないと薄々自覚していた。

本当は、クラスメイトと協力して何かをする。

それが、只々怖いのだ。

情けない。


「分かったよ! 頼りにしてるぞ~」


「なんて、棒読みなのじゃ!わしゃでは、不満か?」


「いや~ そういうわけではないさ」

なんて、酷い台詞だろう。

俺が言っても、恰好つかない。それどころか、醜く見えるだけだ。


「まぁ、よいじゃろう」


「晴明、少し散歩でも行こうか」

時間は十七時だが、まだ明るい。

特にやることを、見出すことができなかった。

考え着いた答えがこれだったのだ。


「仕方ないの~ 付き合ってやるわい!」

どうせ、その感謝として食べ物よこせとでも言ってくるのだろう。


「ありがとう~」


「今日の夕食一品で、許してやる!」

やっぱりか。

相変わらずの食欲で何よりだ。


「はぁ~」


「このわしゃを、夕食一品で連れて歩けるなんてお買い得じゃぞ!」


「お前は、バーゲン商品かよ」


「さて、行くかのう~」

自分で、爆弾投げて放置とは……

他の誰かがこのやり取りを聞いたら、笑いすら起きないぞ。


「今日は、宇治川の堤防を歩こうか」


「お~ かなり珍しいではないか」


「それは、晴明が観月橋の橋下にいる野良猫と喧嘩したからだろう」

そう、あれは数年前。

歩いて六地蔵の公園に向かっていた時だ。

晴明が、餌を貰っている猫達に

「こんな餌、食べれたものではないな」

そんなニュアンスの言葉を猫達に放った事で起きたのだ。

それに反応した、猫達が一斉に晴明に飛びかかったのだった。

結果、俺は一人で何故か六地蔵まで歩く羽目になったのだ。

公園に着いてから、晴明と合流したが傷と泥で三毛猫のようになっていた。

懐かしい。

晴明が来てから、もうかなり経つのか。

蜻蛉を追いかける白い姿。

なんだかんだ、助けてもらっている。


「隆! カブトムシがおったぞ!」

晴明が、二足歩行している。

恐らく、前の足にカブトムシがいるのだろう。


「え! こんなところに?」

暫く、カブトムシを見ていなかった事もあり気分が弾む。


「ほれ!」

小さい手を広げると、そこには黒くテカテカしている生物がいた。


「ギャーーーーーーーー」

間違いない。奴だ。

俺のセンサーが拒絶している。

俺は、奴が苦手なのだ。

あの素早い動き。触角の気味の悪さ。

家に出たものなら、衝動で叩くまではできるがその後の処理はできない。

叩いた後に、少し動くあの生命力。

奴と戦うことになれば、俺は死んでしまうだろう。

そう、奴とはゴキブリだ。

なんて、響きだろう。

その響きだけで、脅迫されているような気分だ。

なので、今後は奴と呼ぶことにする。


「何をそんなに驚いておる!」


「それは、カブトムシじゃない! 人間によって生み出された悲しき奴だ!」


「なんだそれは! ほれ、よく見るのじゃ!」


「頼むから近寄るな!」


「そんなんでは、ちゃんとした大人になれんぞ」


「それを好きになるくらいなら、大人になれなくていい!」

確かに、結婚して奴にビビる旦那にはなりたくないけど……


「そんなこと、言うなよ~」


「晴明、よく見ろ! 角ないし雌みたいに柔らかい身近な毛が無いだろう!」


「うむ…… 確かにそうじゃな……」


「分かったら、それを見えないところに」


「ギャーーーーーーー  変な動き方したぞ!!」

今度は、晴明が叫び声をあげる。

そしてそのまま、奴を川に向かって投げた。

少し奴が、可哀そうと感じたが……

それ以上に、身の安全に意識が向いた。


「それにしても、大昔から居たって聞いたことあるけど平安時代にもいたんじゃないか?」


「そういえば!おった!」


「完全に、現代に染まってるよな!」


「郷に入らば郷に従えじゃよ!」


「まぁ、確かにそうだけど!」


「平安では、阿久多牟之や都乃牟之とか呼ばれておったな~」


「今の呼び方より、遥かにましだな~」

晴明に漢字を教えてもらったが、昔から沢山いたのかもしれない。


「そうじゃな! 今よりも、気色悪くはなかった気もするが気にするほどのモノでもなかろう」


「……?」

そういいながら、晴明が俺に近寄ってきた。

何をしようとしてるんだろうか。


「えい!」


「ナアーーー!」

晴明が、俺のズボンの裾で手を拭いてきた。

こいつ、なんてことをするんだ。

そして反射的に足を上げた事で、晴明がコロコロと転がって行った。

足を上げなくても、俺に飛ばされていることになっていただろうが。

動物愛護団体の人に怒られてしまいそうだ。


「こらー 何をするんじゃ!」


「晴明が、悪いんだろう!!」


「な! わしゃは、手を拭いただけじゃぞ!」


「それが問題なんだろう!」


「確かに、少し問題はあっただろうが蹴ることは無いじゃろう!」


「蹴ってないわ! 咄嗟に足を退けようとしたら当たっただけだよ!」


「被害者の捉え方が優先じゃ!」


「それなら、拭かれた俺が被害者だろう!」


「やかましいわい!」


「謝れ!」


「悪かったです」

晴明が渋々、謝った。

珍しいこともあるもんだ。

ただ、かなり偉そうにだが。


「よかろう!  俺も悪かったな~」

恐らく、晴明からしたらかなり偉そうだっただろう。

でも、自分が悪いと自覚しているのかそれ以上の追及は無かった。


「それじゃあ、散歩の続きに戻るかのう~」

こうして、なんだかんだで仲良く散歩を続けた。

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