迷宮下層へ置き去りにされた底辺冒険者が裏切者へざまあ!銀髪美少女に救われ、成り上がる冒険譚

東導 号

第1話「裏切られた冒険者」

 ここは……

 ヴァレンタインという名の王国である。

 巨大な外壁に囲まれた王都は、人口約2万人のセントヘレナ。

   

 そのセントヘレナ近郊には、深い迷宮が存在した。

 地下全100層からなる古く巨大な迷宮であり、いつ頃からあるのか誰も知らない。

 

 だが、100層というのも定かではない。

 秘密の通路から更に下層へ繋がっていると強硬に主張する冒険者もおり、通称『底なしの迷宮』と呼ばれていた。

 一説によると、2千年前に建国されたヴァレンタイン王国より遥かに古い迷宮とされている。


 そもそも地下迷宮は下層に行けば行くほど、高レベルの魔物が出現する。

 発見且つ獲得出来る財宝も、比例してレアで高価なものとなって行く。

 それ故、冒険者達は自己の鍛錬と財宝の獲得を狙い、最終的に迷宮の最深部を目指すのである。


 長い長い、年月が経つうちに……

 迷宮の上層部は、魔法のことわりを使用した半永久的に持つ灯り――魔導灯が完備され、人が暮らせるよう整備されて行った。

 今や……冒険者向けの装備品や、携帯食料等を扱う商店もたくさん出来ている。

 

 だが、この場所には店どころか、人すら居ない。

 上層のように魔法による灯りが全くない。

 

 何もない暗黒の世界、漆黒の闇である。

 誰かがすぐ隣に居て、鼻をきゅっとつままれても、

 分からないくらい何も見えない。


 空気も重い。

 そして酷く淀んでいた。

 すえたような悪臭を発する大気が、べたつくように立ち込めている。

 

 そう、ここは迷宮の地下80階を超えた下層部なのだ。

 気を抜けば、命など簡単に失う危険に満ちた下層部では、魔導灯を設置する余裕はない。

 また……わざわざそのように、親切な事をする冒険者も居ない。


 上層部には初心者向きというのも語弊はあるが、小型の昆虫系、不定形の、人型魔物ゴブリンなどの雑魚が出現する。

 

 だが、下層部には……中級レベル以下の冒険者では、想像する事も出来ないくらい、凶悪な怪物共が出現した。

 また、巧妙に隠されたえげつない罠がいくつも仕掛けられ様々な危険にも満ちていた。

 それ故、日々、数えきれない冒険者が命を落としていた。

 

 冒険者達が死ぬのは己のレベルを過信し、無謀な挑戦による原因が殆どであったが、中には全くの例外もあった。

 

 今、ここに居る冒険者も……そのひとりである。

 真っ暗闇の中、革鎧を纏った10代後半の少年が放心したように座り込んでいた。

 

 少年は、致命傷こそ負っていなかった。

 だが出血が酷かった。

 着ている革鎧は激しい戦いの末、魔物共に食いちぎられ、

 引き裂かれ、ぼろぼろになっている……


「はぁ……もう、打つ手はなし……かよ……」


 あまりにも古い為、所々ひび割れ、壊れかけた石壁に、少年は力なくもたれかかっていた。

 彼の口から呟かれたのは、もはや生存を諦めた絶望の声である。

 

 少年が嘆くのも……無理はなかった。

 『ぼろぼろ』になった彼の四方を、人肉を好む飢えた怖ろしい怪物共が取り囲んでいたのである。

 

 一分のすきもなく取り囲み、少年へ「じわじわ」と迫る、怪物の名はオーガ。

 それも並のオーガよりひと回り大きい迷宮特有の上位種であった。

 体長はゆうに6mを超え、全身を剛毛と凄まじい筋肉の鎧に覆われている凶悪な魔物だ。

 人間の10倍以上の膂力を誇り、低レベルの冒険者など簡単に引きちぎられる。

 そしてオーガは人肉を喰らう。

 冒険者を頭から骨ごと喰らってしまう。


 そのオーガが、数十以上もの群れで、少年をびっしり取り囲んでいる。

 

 戦って包囲を突破して行ける可能性は、全くない。

 無理に突破しようにも、少年の手元にはもうろくな武器もないのである。

 根元からまっぷたつに折れ、掴しか残っていない古い鉄剣しか。


「まさか、あいつら俺を騙した上、見捨てて行くとはなぁ……結局生まれてからずっと捨てられ人生かよ」


 ……少年は嘆いた。


 この少年冒険者は、魔力供与士という一風変わった職業である。

 文字通り、魔法使いや司祭など魔法使用者が魔力切れを起こした場合、己の魔力を分け与える役割なのだ。


 しかし少年に魔力は殆ど残っていない。

 既にクランメンバー達へ与えてしまっていたのである。


 それに、もし魔力があったとしても少年には戦う手立てがない。

 常人の約10倍の魔力を自身の身体に有しているが、

 彼は肝心の魔法を行使する事が出来ない。

 

 また少年は武器もろくに使えない。

 いわゆる魔力供与以外は使えない奴、つまり『補充屋』とか『ポーション野郎』とあだ名されていたのである。


 深層部のフロアを探索中、とある部屋で、クランはオーガの大群に遭遇した。

 いわゆるモンスターハウスである。

 

 戦士や魔法使いが必死に血路を開こうとしたが、相手はオーガである。

 強靭な魔物で、その上数が多過ぎ、抵抗は無理であった。

 状況はあまりにも厳し過ぎた。


『おい、こういう時にこそ、お前が活躍する時だ。俺に任せて、先に行けと大声で言うんだ。そしたら今後もお前の居場所があるぜ』

 

 所属クランのリーダー、ランクAの戦士バスチアン・ベゴドーは契約の継続を条件に少年を時間稼ぎを命じた。

 いくつかのクランを馘となり、転々としていた少年は渋々応じる。

 

 しかし少年は騙されていた。

 使い捨てにされたのだ。


  案の定、オーガの隙を見て、クランメンバー全員が逃げ出し、とっておきの魔道具転移石を使って、地上へ逃げ去った。

 少年はあっさり見捨てられたのである。


 たったひとり残された少年は、フロアの片隅に追いつめられ、

 死を待つ寸前だったのである。


 少年の脳裏にバスチアンの嘲笑が甦る。


『あ~ははははは、馬鹿野郎め! 騙されやがってぇ! クソ役立たずのお前がようやくクランの役に立つんだ! さっさとオーガどもに喰われてしまえ~!!』


 更にクランメンバー全員も罵詈雑言の嵐……


『最低! 気持ちわる! 地獄へ堕ちろ~』

『お前なんか魔物の餌がお似合いよ!』

『死ね死ね死ねぇ! ばいば~い』


 ……思い出すと涙があふれる。

 俺が一体何をした?

 一生懸命、メンバーの為に働いたのに……

 こんな奴らの為に俺は命を捨てるのか?


「くそ、こ、こうなったら、あいつらに生きたまま喰われるより……やけっぱちで戦って死んでやる……その後は俺のしかばねを好きにするが良いさ」


 少年がそう呟いた時。


 「ぶちゃっ」という肉が破砕される、派手な音がした。

 と同時に、


「ぎぃゃあああ~っ」

「ぴぎゃああああっ」

「あひゃああああっ」


 それまでじりじりと包囲の輪を狭めていたオーガどもの一角から、凄まじい悲鳴の声が響いたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る