05

 事の顛末を、教えてもらった。

 昨晩は、イナリさんが十回目の失恋をしたそうで、酒を飲んで忘れようと四人で集まって馬鹿騒ぎをしたらしい。

 その中で、べろべろに酔ったイエリオさんが、奇跡の魔法、希望〈キリグラ〉という魔法の文献を見つけたことを話す。


 普段なら、ただの笑い話で終わるはずが、四人ともアホみたいに酔っていて、誰も止めることなく「やろう」ということになった。

 結局、なにも変化は訪れず、イナリさんが酔いつぶれてその日はお開きに。


 そうして、今にいたると。 


「十回目の失恋とか嘘でしょ」


 わたしは思わず馬鹿にするような笑い方をしてしまった。

 イナリさんは勿論、イエリオさんも、フィジャも、勝者の造形をしている。平たく言えばイケメンだ。相当モテてるに違いない。


 しかし、三人はわたしの発言に目を丸くしていた。


「……そういえば、マレーゼは何種?」


「種……? 何科何属みたいなアレですか?」


 前世にはあった分類方法ではあるが、今世ではなかったように思うけど……ああでも、千年も経てば変わるか。


「人間は何に当たりますか?」


 ぴしり、と。

 わたしの発言によって、空気が凍るのが分かった。

 イナリさんが立ち上がって逃げようとするのと、イエリオさんがイナリさんの腕を掴むのと。フィジャが顔を隠しながら天を仰ぐのはほぼ同時だった。


「この手を離しなよ」


「嫌ですよ、逃げないでください、何を、人間の女の子と何を話せばいいんですか!」


「さっきまでべらべら話してたでしょ!」


「っ、あぁ……」


 なんだこの変わりよう……。ちょっと引くレベル。


「あの……」


「っ、はい!?」


 言い合いを続けるイナリさんとイエリオさんを置いて、わたしはフィジャに話しかけた。


「な、なんでしょう」


「な、なんで敬語なんでしょう」


 先程までのフレンドリーさはなんだったのか。目が泳ぎまくって、挙動不審だ。


「だ、だって、マレーゼ……様が人間だと仰るから……」


 いや、様って。


「たかだか人間だからって大袈裟な。普通に――」


「大袈裟なんかじゃない! ……です……」


 フィジャが怒鳴り、だん、と机を叩きながら立ち上がり、はっとしたように、しょんぼりと座る。


「わ、私たち獣人にとって、に、に、人間というのは、至極、とく、と、特別なものなのですよ」


 メガネのブリッジを、落ち着かなそうに押し上げたり下げたりしながら、イエリオさんがいう。先程までぺらぺらと語っていたのが嘘のように震えた声だった。

 彼はガチガチに緊張しながらも教えてくれた。


 いわく、イエリオさんらのような獣人と呼ばれる種族は、かの超大災害の生き残りが、魔法を使って動物を人にしたのが起源だという。

 根元であるその人間は、話し相手が欲しい、友が欲しい、一緒に生きてくれる存在が欲しい、と渇望して魔法に望んだからか、獣人は本能的に人間に強い憧れと好意を抱いているらしい。

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