自称大魔法使いと音楽室の幽霊騒動
リコーダーの特訓をした翌日の深夜一時ぐらい、わたしは誰かに身体を揺すられて目を覚ました。
「
「……なんでウチにいるの」
わたしが目を開けるとそこには未来ちゃんが居た。日が暮れるちょっと前に家へと帰したはずだ。
それに、どうせ転移魔法でここに来ると思ったから魔力を使って結界まで張って完璧に備えていたというのに。
「あの程度の結界も突破できなければ大魔法使いの名が廃れるじゃろうが」
「わたしは眠いの。パスで」
わたしは布団を覆い被せてもう一度眠りに就こうとする。
「ほう。良いのかの? ワシの魔法を使えばベッドは魔王の股から溢れた黄色い液体で世界地図が描けるぞ?」
「冗談でもヤメロ」
もしそんなことがあったら皇太郎と陽菜が虐めてくるし、凪と乃愛がクスクス笑うし、ヴァルター・鈴木が毎晩のようにトイレに行かせようと強要してくる。
メリットなんてより一層乃愛に甘えられるようになることぐらいだ。……いや、これはこれでアリかもしれんな。「一人は怖いの」とか言って乃愛と同じベッド寝ることができるようになる。
二人が一つベッドで寝るということはキャッキャウフフをするということであって、それはつまり乃愛の全てを戴くというのとを示しているのであって……。
「魔王の脳ミソは随分とピンク色になったものじゃな。……じゃが、ワシと一緒に行けば魔王にも大好きなお姉ちゃんと一緒に居られる時間が増えるかもしれんぞ?」
「どういうことだ」
詳しく聞かせろ。場合によっては乗ってやらんこともない。
「ワシはこれでも大魔法使いじゃ。透明化など造作もない。男ならわかるじゃろ。透明化の素晴らしさというヤツをな」
「いや、そんなもの要らん」
「なんじゃと?」
だって、透明化で風呂覗くとかそんなのただの変態じゃん。逮捕される域じゃん。
それにな……。
「姉妹だからよく一緒にお風呂入ってるし」
「クッ! 盲点だったか!」
そうだ。盲点だった! 諦めろっ!
じゃあわたしは寝るからなッ!!
「待て! 寝るでない!」
「なんでさっきからわたしを誘うの。一人で行けば良いじゃん。それともなに? 怖いの? 大魔法使いを自称するくせに幽霊が怖いの?」
ちょっと言ってやった。これで未来ちゃんも興奮して一人で行ってくれるだろう。
……あれ?
「…………ふぐっ」
な、なんでそんなに涙目なんだ……?
まさか本当に怖いのか……?
「お願いじゃから一緒に来ておくれ! 南ちゃんたちに約束してしもうたんじゃ!」
「知らんわ」
どうせ下心丸出しの約束でもしたんだろ。そんなのにわたしを捲き込まないでほしい。
「もう良いわ! ベッドごと転移してくれるわッ!!」
「ちょ!? わかった! わかったから! ついて行くからやめて!」
さすがにベッドごと転移はマズい。わたしの部屋に誰かが入ってきたら、何者かにヴァルター・鈴木辺りが誘拐されたと勘違いして警察沙汰になってしまう。
わたしだけが居ない場合ならベッドカーテンで見えないからバレにくいはずだ。
仕方ない、ここは大人しくついて行ってやるとするか。もちろんそれなりの報酬は貰うが。
「では参るとするかの。《転移》!」
未来ちゃんの転移魔法でわたしは学校まで飛ばされた。
……寒い。ワンピースタイプのパジャマ一枚だけだし、当然だろう。何か上に羽織ってくれば良かった。
「寒いから早くして」
「わ、わかっておる!」
スリッパで廊下を歩いて音楽室の扉に触れようとしたそのとき、中から音が聞こえてきた。
「……リコーダー?」
なぜリコーダー? そしてなぜ『ドレミファソラシド』だけを何度も吹いている?
普通こういうのってピアノじゃないのか?
「とりあえず中に入ってみよう」
「む、ムリじゃ……ワシは行けん……」
「じゃあ帰ろう」
「そういうわけにもいかん」
どっちだよ。行くならさっさと行けよ。
チッ……焦れったい。
「今すぐ決めろ! 決めないなら扉を魔法でぶっ壊すッ!」
「ちょっ!?」
わたしは指を構えて魔力を収束させる。
どうせ扉には鍵が掛かっている。魔法でぶっ壊すか空間をねじ曲げる必要がある。後者は面倒な上に疲れるから、個人的には前者推しだ。
それにわたしは深夜に無理やり起こされて機嫌がすこぶる悪い。むしゃくしゃするからやっても問題ない!
「わかった! 行く! 行くから落ち着けい!」
「じゃあお願い」
「えっ……えぇー……お主、それはないじゃろ」
「早くしろ」
わたしが未来ちゃんに強要すると未来ちゃんは空間をねじ曲げる準備を始めた。別に転移魔法でも良いが、転移魔法と比べて魔力消費が格段に少ないのでこちらの方が良い。
……というかなんで最初から音楽室に転移しなかったんだ?
まあどうでもいいや。さっさと帰りたい。
「ほれ、できたぞ」
「じゃあ行こうか」
扉が空間を歪めて消えた。わたしたちは堂々と音楽室へと足を踏み入れ、リコーダーの音が聞こえてくる方を見た。
「……だれもいない?」
いや、そんなはずはない。隠蔽魔法でも使ってるのか? それとも本当に幽霊というものが存在しているのか?
「まあいい。おおよその場所はわかってる」
グランドピアノの横にある電子鍵盤……その下にあるわずかな隙間。
「ここだ!」
足で蹴ると見事に当たった感触があった。蹴った位置は感触的に胸部辺りだ。今の衝撃は普通の人間ならばひるんで動けない。
ならば、その主が着ている服を掴むまで!
「捕まえた。……《解除》」
わたしが付与効果を消す魔法を使うと少しずつ姿が見えてきた。やはり魔法の類いだったようだ。……ん?
「……陽菜?」
「バレちゃった」
陽菜が事件の犯人だった。機嫌が悪かったわたしは陽菜を脅しながら説明を求めた。
陽菜から聞いた事件の全貌はこうだ――。
リコーダーを初めて手に取ったその日、陽菜はわたしの『リコーダーピィーピィー事件』を見て大爆笑していた。だが、一つずつ音を吹くだけでは何の問題もなかった陽菜は気づけなかった。
まさか曲に乗せようとしてリコーダーを吹くと、わたしと同じようにピィーピィー鳴ってしまうということに。
散々ヒトのことをバカにしたというのに、自分までピィーピィー鳴ってたらそれこそ立場というものがなくなってしまう。それを恐れた陽菜は夜な夜な音楽室で練習をすることにした。
それがあの『ドレミファソラシド』だったようで、それをたまたま誰かが耳にしたのが原因で一気にウワサとして広まったらしい。
そして、今回の事件に繋がった――――。
「ぶっ殺すぞ」
「ごめん! 本当にごめん!」
色んな怒りが混じり過ぎてそれしか出てこなかった。
真夜中に無理やり起こされて学校に連れて来られたと思えばウワサの処理をさせられる嵌めになって、挙げ句の果てには犯人は陽菜でした。オマケにその動機はわたしをバカにしたから……。
クソじゃん。マジでもう一遍死んで来い。
「帰る」
わたしは転移魔法を使って家に帰った。
「……へくちっ!」
寒い……布団も冷めちゃってるだろうし、仕方ない。ここは乃愛のベッドに潜入することにしよう。
……あれ? まだ部屋の電気ついてる?
「…………」
扉の隙間から部屋を覗くと乃愛は勉強机に向かって勉強していた。
……こんなに遅くまで勉強してるなんて、高校生って大変なんだな。こっそりベッドに入って寝てよ。
わたしはこっそりと乃愛のベッドにインすると、暖房が利いていたのでそのままぐっすりと眠りについてしまった――――
「声掛けてくれても良かったのに、変なところで甘え下手なんだから……おやすみ。夜」
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