第2話 おかしいとは思うけれど

「至急、至急。中心司令室から各署へ。」

 突然の無線連絡に、署内に緊張感が走る。仮眠をとっていた所員達も、慌てて飛び起きてきた。


「ただ今、防人岬灯台下の小屋から入電。こちらの問いかけに一切の応答無し。付近の署から、消防車、並びに救急車各1台を向かわせる様に」


 ——幸い、救急車も消防車も今は出払っていない。すぐ出発できる様に準備も出来ている。


 防人消防署署長、星秀輝ほしひできが状況を確認して、無線を手に取る。

「中心司令室、中心司令室。こちら、防人署。了解、消防車と救急車それぞれ1台ずつを向かわせます」


 くるり、と体の向きを変える。

「消防車と救急車、1台ずつ用意! もちろん消防車の方はランクルだぞ!」


 その指示を受けた隊員たちが各々の持ち場に散っていく。日々訓練しているというのもあるが、1週間も続けば手馴れてくるもので、3~4分で出動の準備が整った。


「よし、じゃあ行こう!」

「「ハッ!」」



 ※ ※ ※ ※ ※


「星さん、これやっぱりおかしいですよ。」


 ランドクルーザー、通称ランクルを運転しながら、隊員の溝上和みぞがみなごむが訝しがる。消防隊員になってからわずか3年とキャリアは浅いものの、元全日本ラリー選手権のドライバーという異色の経歴故、ハンドルを握らせたら彼の右に出る者はいない。40歳という年齢ながら、茶目っ気たっぷりの性格であっという間に溶け込んだ変わり者だ。


「そりゃあ、な。毎日無人の小屋から無言の緊急通報があるってんだから。こりゃあいよいよ警察とかにも調べてもらった方が良いのかも知れねぇな。毎晩これじゃ、いくら体力に自信があるって言っても持たねぇからな。——にしても何なんだよ、この無人の小屋からの通報は……」


 ※ ※ ※ ※ ※


「星さん、この先救急車、入れません!」

 10分ほど走ったところで、前を走っていた救急車から1本の無線が入る。


「分かってる。ここから先はこっちの車だけで行く。ここですぐにストレッチャーを出せる様に用意をしておいてくれ」

「了解!」


 この先は舗装されていない、山中の斜面を登っていくことになる。この斜面を登って、さらに下ったところに目的の小屋があるのだが、灯台がまだ現役だった頃でさえそこまで行く人はほとんどいなかったし、今となってはもう誰もここを通らなくなったから道は全く手入れされておらず、大抵の車ではここを通ることは出来ない。坂の多い地区だから救急車も4WD仕様のものが配備されてはいるのだが、それでもこの道は無理。そういう道でも入って行ける様に日本、いや世界屈指の走破性を持つランドクルーザーの消防車が配備されているのだ。


「結構揺れますよ。体固定しといて下さい」

 ハンドルを握る溝上はそう言うと、ギアに手を掛けた。


「うお、タイヤ浮いてない!?」

 星がピラーのグリップを掴んで体を固定しながら叫ぶ。


「浮いてますよ。大丈夫です、このクルマ、最悪前後1輪ずつでも走れるんで」

「……レースじゃないんだ、事故らない事を第一に考えて運転してくれ」

「もちろんです! もしレースだったら2輪着いてりゃ良いや、って走り方しますから」


 ——マジかよ。


 事故るなよ、と祈る事およそ10分。真っ暗闇の中にそびえ立つ灯台と、その横にちょこんと建つ小屋が寂しく並んで隊員2人を出迎えた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る