第4話 『それいけ イワシ子ちゃん』

「あっ! 終わり見えた! 見えました!!」


「ちょ、動くな! 網!」


「今めっちゃ惜しかった! ラスいちでした!」


「よっしゃああぁぁぁ!!!! えっ……?」


 土曜日、『それいけ イワシ子ちゃん』の配信を始めて2時間半。

 ようやく網ゾーンを抜けることができた僕に、襲い掛かってきたのは、まさかのボス戦だった。

 某有名ゲームのように、四面ごとにボスがいるものだと考えていたので、不意打ちをされたかのように感じてしまった。


「え、これどうすればいいの!?」


 よくわからないまま、イワシ子ちゃんは、ボスとして現れたマグロに食べられてしまった。

 『GAME OVER』の文字の後ろで、マグロはイワシ子ちゃんを咥えながら、悠々自適に泳ぎ回っている。

 流石に残酷じゃない……?


「……き、気を取り直していきまーす……」



¥¥¥



 このゲームに途中からリトライはないみたいだ。

 ボス戦まで言っていたが、最初からスタート。


 それから一度はクリアできた網ゾーンをクリアできたのは30分後。

 ようやくマグロと再会する。


 最初に突進してくることは、さっきので学んだ。

 マグロを避けつつ状況を整理する。

 画面には巨大マグロと僕の操作するイワシ子ちゃん、そして10:00のカウントに、マグロのHPと思われるバーが存在している。


 マグロは、お腹が黄色く光っている。

 おそらく、そこを攻撃すればいいのだと思うが、こっちの武器は、イワシ子ちゃんの咥えた一匹のテッポウエビ。

 マグロの突進を避けた瞬間、地面の中から飛び出してきて、イワシ子ちゃんの口に収まった。


 テッポウエビの腕とマウスが連動しているようで、右クリックと左クリックでそれぞれ、イワシ子ちゃんの前に泡が放出される。

 テッポウエビの両腕を使うことで、最大2連続で攻撃できるみたいだ。

 僕は左手でイワシ子ちゃんを動かし、右手で攻撃をする形になる。


 攻撃の距離は、イワシ子ちゃんくらいの長さとかなり短い。

 マグロの顔程の射程しかない。

 攻撃は、イワシ子ちゃんの前にしか出ないため、直進してくるマグロのお腹には当てられない。


 ……え、どうすんの?



¥¥¥



「え、これどうすれば……って増えた!?」


「いやいやいや、後ろからはずるくない?」


「あっ、時間切れ……!?」


 それからさらに1時間。

 マグロは画面右端から突進してくるので左端で構えていると、左側から別の少し小さなマグロが突進してきたり、いきなり大量のマグロがやってきて、画面中央以外がマグロで埋まりやられてしまったりしたけれど、時間切れまで生き残ることができた。

 しかし、まだ1ダメージも与えられなかった。


「ちょ、ちょっと休憩しましょう……」


 精魂尽きた僕は、一旦ゲーム画面をかくし、視聴者のコメントに反応していた。


『おしい!』

『生き残ればクリアだと思ってた』

『初見です、これなんてゲームですか?』

『ワケワカメ』

『これ見てたら腹減ってきた……』


「初見さん、こんにちは! 『それいけ イワシ子ちゃん』というゲームですよ! 良かったら見てみてくださいねー」


『うまくなってきてる』

『最近マグロ食ってないな』

『今なら天然イワシ5000万クウェート・ディナールで卸せます! 欲しい方、連絡ください!』

『鮪売って装備整えた方がいいんじゃない?』


「うまくなってきてる? 本当ですか? ありがとうございますー。時間切れまで生き残れるようなりました!」


『リリースまでまだ1か月あるんだよな?』

『全面クリア目指します!』

『というか、普通にめっちゃむずそう……』


「めっちゃむずいです! ぐだぐだに付き合ってくれてありがとうございますー」


『マグロって動き続けないと死ぬらしいし、これって後ろに泳いでるってこと?』

『いわしちゃんいじめないでー!?』

『正面突破じゃない?』

『体温高いらしい』


「『いわしちゃんいじめないでー!?』って本当にそうですよね、完全にオーバーキルですもんね? 一匹の小魚に執着しないでー!?」


『この小魚何してんの?』

『もっと上下運動させてください』

『ぬいぐるみ出したら売れそう』

『そもそも、鰯の泳ぐ速度で鮪から逃げられるわけないし、イワシ子ちゃんは特別』

『一回追尾してこなかった』


「えっと『一回追尾してこなかった』? え、ほんとですか?」


 僕は全然気づいていなかったのだが、コメントの中にポツポツと「確かに」「一回追いかけてきたかも」「あれ、追尾してたんか」など、同意するコメントがあった。


「えー、どのタイミングだろ? 完全に見逃した……よし! ヒントかもしれないので忘れないうちに再開しまーす」


 


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