第2章 十二天将

『陰陽寮』


数々の陰陽師を輩出したこの学校では専門的な勉強をすることが主であり、年齢関係なく入学することが出来ると言われている。しかし、指導内容は門外不出であり、秘密が多いことでも有名だ。


和国と華国の二国では一校ずつしかない為、陰陽師になるためにはこの学校に入るしかない。それに加えていずれかの十二神司の所へ入門しないといけない。途中で退学する者も多い程厳しく、険しい道のりである。



「……とまぁ、こんな感じで陰陽寮は針の山に登る気持ちで行かないととんでもない目に遭うんだよ。分かるかい?」


「な、何となく……?」


「和国と華国では『式神の召喚方法』が異なるから、分かれているんだよ。そこはまた説明するから良いんだけど、肝心の試験内容が大事なんだよ」


頭の上に疑問符が残ったままの春樹を置いて話を進めて行く陽斗と海斗。所々気になる内容はあったが、一から説明される過酷な道を黙って聞く。しかし、そこで一つの疑問が頭の中に過ぎった。


「あの、そんなに試験って厳しいのですか?」


「もちろんだよ。何度でも言うけど、あれはまともな人間が受けるような代物ではないね」


「簡単に言えば、筆記の方は霊力についての質問だな。でも、その筆記がまず別格だ。なんせ、たった一問しかないんだからな」


「は、え?一問?」


間抜けな声が出てしまった春樹は口をぽかんと開けている。いつもふざけている陽斗が声を低くして話しているのを見ると、深刻なことなのだろう。


たった一問、その言葉を繰り返すと大量の問題が課せられた学舎とはまた少し異なっているのを感じる。


「そうだよ、一問。それだけしかないんだ。これは、正確な答えって言うのを俺らは教えることが出来ない。何せ、指導方法ですら門外不出なのだからね。試験の答えなんて分かるわけもないでしょう?」


「正確な、答えがない……」


「その代わりと言っては何だけど、技術の試験では適当に渡された式神を自身の霊力を使って召喚をするんだ。まぁ、たまに上位式神が紛れているって聞くけど、そんなのは出鱈目だろうな」


「ちなみに、和国の式神の召喚の仕方はすでに見ているだろう?恐らく、何度か蒼さんが実践しているのを見ているはずだよ」


正確な答えがないことに頭を鈍器で殴られた衝撃を受けた春樹。これほどまでに難しい問いがあるのだろうか、と考えてしまった。だが、二人の話を聞く限りでは技術、つまり実技の試験では何とか希望の光は見えてきた。


自身の持ち合わせている霊力の量がいくら分なのかは分からないが、まだ望みがあると読んだのだろう。


「じゃあ、僕は技術を磨けば良いってことですか?」


「まぁ、ざっくりと言うとね。でも、少なくとも陰陽師や霊力についての勉強は必要だろう。これから一ヶ月間で頭に詰め込んでもらうからね?」


「うっ……は、はい……」


ふふふ…と笑っている彼の表情はどこか楽しみにしているようで、何と無く察してしまった春樹はこれからの指導を思うと背筋に冷や汗が伝った。しかし、彼とは正反対に陽斗は豪快に笑っている。


「まぁまぁ!そんな気にするなって!きっとお前なら出来る!」


「あ、ありがとうございます!」


底抜けに明るい彼の発言に自然と背筋が伸びるようで、口角が自然と上がった。


「さて、早速だけど勉強を始めるよ!ほら、帳面開いて筆も持って!」


「は、はい!」


手を二回程叩き、老師のように急かしてくる海斗に背を向け慌てながら準備する。いつも使っている筆と、少し前に蒼から貰った帳面を手に持ち、素早く机の前に座った。


春樹の机はずっと壁に向かっているのだが、この部屋に一つだけある外が見える障子がある。もう少し位が高い陰陽師になると、雪見障子と呼ばれる障子がある部屋に移動することが出来る。そこでは、今よりも足をもっと伸ばせる程広くなっており、雪見障子で外の風景を見ることが出来るとか。


春樹も将来そのような部屋に住みたいと思うが、今は目の前に迫っている試験に向けて勉学に励む他ない。


「まず、陰陽師の役割についてだね。これは既に知っているとは思うけど、人々を導くために吉方や吉日を読んで、いつ物事を行うと良いかと言うのを示していたんだ。他にも、相談者の気の流れを読んで凶と出た時にはそれらを払うために結界、式神、術式などを使って災いを退けていたんだ」


「なるほど。でも、今ではそんなことしてる所を見ませんよ?」


「そりゃあねぇ。気の流れを読んだり、吉方を見るの無料ではないんだ。やはり、貴族や皇族の人間がほとんどかな。残念なことにね」


「またか……」


唇を噛んでいる春樹の目は恨めしい者を見るような目つきだった。自分のされたことを思い出す度に前の主人である、貴族のことが頭の中に沸くように出てくる。自然と筆を握る力が強くなる春樹を見て、海斗は諭すように話した。


「もちろん、蒼さんはそんな人ではないよ。ただ、他の十二神司はどうしてるかは知らないけどね。で、話の続きをしたいんだけど……いいかい?」


「あっはい!すみません!」


「いいよ、気にしなくて。さて、その陰陽師の役割がそれだけで終わらなくなったのは、やはり武力として使用することが可能だと言うこと。式神を使う陰陽師なら戦争の費用もかからないだろう?国にとっては打って付けの武器だったんだ。それに加えて和国と華国の分裂。あとは……説明しなくても、分かるよね?」


眉を片方だけ上げるようにして、これ以上説明しない素振りを見せた海斗。春樹は少しの沈黙の後、「はい」と小さく答えた。どこか納得していないような、そんな表情を見せながら聞いている春樹。


「でもね、陰陽師を武力として扱うことによって、普通なら絶対ありえない下克上が可能になったんだよ。実力を上げていけば、貴族や皇族と同じ立場に立つことが出来るんだ。それは俺たちのような人間には天からの恵みだったと思うよ」


「もちろん、そこまで這い上がるには決死の努力が必要だけどな!」


あっけらかんとしている陽斗はさも当たり前かのように言う。彼の言う『決死の努力』をしてもなれない人間なんて、今まで腐る程いたのだろう。頭にその考えが過ぎった春樹は勢いよく横に頭を振る。


「そして、肝心の陰陽思想のことを話すよ。陰陽師の中でもこの考え方は知っておくべきだ。今は分からなくても、その内分かる日が来るからね」


「そ、そんなものですか……?」


「あぁ、そんなもんさ!俺も未だに分からないしな!」


自信満々に言ってのけた陽斗は海斗に後ろから頭を叩かれた。「いってぇ!」と叫んでいる陽斗を見て、春樹は吹き出して笑ってしまった。


「まぁ、その陰陽思想っていうのはね、『全ての存在は相反する二つの性質を持つものの調和から成り立っている』と言われているんだ」


「相反する、二つの性質……」


「そう。その性質の積極的なものを『陽』として、消極的なものを『陰』としている。つまり、『男女』も相反している二つの性質とされているし、『天地』も同じだよ。しかも、これらは固定的なものではなくて、常に変化しているんだ」


「……」


学舎での勉学がいかに楽だったかを思い知ったのか、春樹はしばらく口を閉ざしていた。その姿は話題に置いてけぼりにされた訳ではなく、自身で解釈するために時間を要しているようだった。


彼の様子を見ながら、「これ以上の説明は俺には出来ない」とお手上げ状態の海斗は困り果てていた。すると、現状の重苦しい雰囲気を変えようと陽斗がいきなり話を始めた。


「よっしゃ!煮詰まってても仕方ねぇから、蒼さんに式神の術を見せてもらおうぜ!」


「こら、何でそうなるんだ?春樹は今一生懸命考えて……」


「行きます!!」


「そうだよな、行かないよな……って、ちょっと!?」


突拍子も無い考えをいきなり出され、まさか春樹が賛同するとも思わず、頷きながら振り返った。しかし、そこにはすでに彼等の姿は居らず、遠くの方から聞こえてくる二人の笑い声にため息をつき、「まぁ、いっか」と後回しにした海斗だった。





肌寒い時期ももうそろそろ終わるように思える今日の気候。丁度今の時間帯は太陽が少し傾き始めており、温かな日差しが室内に入り込んで来る。歩く度に軋むような音が聞こえる廊下は、ここの九条邸が長い歴史を持ってることが分かる。


早足に進んでいく陽斗の後ろを駆け足で付いて行く春樹。完全な思いつきにより、突如蒼の元へと向かっている二人。通りすがった陽斗の同級生らしく人に聞くと、どうやら蒼は今あの部屋にいるらしい。


彼の部屋、と言う訳では無いのだが、何か報告があったり、話し合いをする場所として利用されている。


「あの、いきなりこんなことして大丈夫なのですか?」


「ん?大丈夫だって!あの人も、もうそろそろ見せたいと思っているだろうし!」


「は、はぁ……?」


何を言っているのか、いまいち理解していない春樹は気の抜けるような声で返事をした。御構い無しに進む勢いが止まらない陽斗は未だに上機嫌で、軽い鼻歌まで聞こえてくる始末だ。


どんどん近づいてくるあの部屋に胸が変に高鳴っていくのを感じつつ、目線を下に落として目の前にいる先輩の足を見る。


「ほら、着いたぞ!」


「あ、はい!」


気づいた時には目の前の背中が止まり、勢いよくぶつかりそうになったのを止めるように足で踏ん張った。歩いている時よりも軋む音が大きく、反射的に足を廊下から離してしまった。


春樹のことなんて見向きもしない陽斗は勝手に「蒼さん、失礼します」と襖越しに声をかけていた。中から聞こえてきた聞き慣れた声の二つ返事に「ありがとうございます」と言って彼らしくない手付きで襖を開けた。


「陽斗と春樹ではないですか。いきなり、どうしたのですか?」


「えっと、その……」


「先程、海斗と一緒に陰陽師について教えてたんですけど、ちょっと煮詰まっちゃって!それで、息抜きに蒼さんの術を見てみたいな〜って思ってんです!」


口を中途半端に開いたり閉じたりしている春樹を他所に、陽斗は淀みなく答えた。まるで暇潰しにのように言っているのはどうなのだろう、と春樹は内心ハラハラしていたのだが、蒼は目を丸くした後、目を細くして微笑んだ。


「そうだったのですね。それでしたら、今すぐ見せてあげましょう。悟、九条邸全体に結界を張りなさい。そこまで強いものでなくて大丈夫ですよ」


「はい、かしこまりました」


春樹が中に入る時にはすでに話は終わっており、手に沢山の巻物を持っていた悟が下がって行った。蒼の言っていた『結界』という物が何のことか分かっていない春樹。陽斗は嬉々として「凄いのを見せてもらえるぞ〜!」と意気込んでいた。


すると、座っていた場所から水平移動しているかのように滑らかに歩いて来た蒼。春樹の横を通る時に口角を上げて笑って楽しそうに言った。


「春樹、いつかは貴方にも見せないといけないと思っていたので丁度良いです。腰を抜かさないで下さいね?」


気が付いた時には陽斗は外の広い庭に出ていた。興奮しているのか、あっちへこっちへ動いている姿は餌を待っている犬のようだ。蒼も外に置いてあった草履を履き、砂利の音と共に歩いて行く。


春樹は彼の意味深な発言と今からどうすれば良いのか、両方とも分からず仕舞いでじっと彼等を見つめている。


「ほら、春樹も来いよ!すげぇの見れるから!」


「は、はい!」


大きく右手を振っている陽斗は目を輝かせている。彼の姿を見てどうしようか、一瞬だけ体を強張らせてから返事をして中庭へと向かった。同じように置いてあった草履を履き、砂利の音が小さく鳴っているのを耳で感じながら近づく。


近づく、とは言ってもそこまで距離は近くなく、むしろ蒼とはかなり距離がある。とりあえず陽斗の側に居ればいいのかと思った春樹は足早に向かう。


「蒼さん、準備が整いました。外部からは一切視覚が関与出来ないようになっております」


「はい、ありがとうございます。良ければ悟も見て行きますか?」


「良いのですか?では、お言葉に甘えて」


蒼からの誘いに喜び、そそくさと陽斗と春樹の元へと小走りで近づく。珍しく嬉しそうにしている悟を見て、一体何を見ることが出来るのだろう、と春樹の疑問は増えるばかりだった。


蒼の周りにはかなり広く場所を取っておるが、彼等の位置からは辛うじて彼の姿が見える。すると、ずっと手に持っていた扇子を音を立てて閉じ、目を伏せて言葉を放つ。



「では、今から見せますね。……『姿を見せぬ命ありき物達よ。ここに正体を現し給へ。十二天将・青龍』」



彼が呟いた途端、辺りは春樹たちの肌を切り裂くような鋭い風が吹いた。何処からそんな風が起きているのか分からない春樹は自身の腕を使って目を隠す。砂利で敷き詰められていた庭では細かい砂が舞い上がっている。


「な、何が起きているんですか!?」


「だーいじょうぶだって!見てろよ!」


止まらぬ強風に耐えるようにしている春樹とは違い、陽斗は堂々と立ったままだった。悟も何事もないように強風に吹かれているのを見て、ますますこのまま大丈夫なのかと心配になっている春樹。


すると、徐々に舞っていた砂埃が落ち着き、蒼ともう一つ何かが見えた。目を凝らし、ふわふわと舞っていた髪の毛が元に戻るのを感じた時。


「で、でか……!?」


『我が、十二天将の青龍なり。』


目の前に現れた巨大な式神、もとい龍は屋敷の何倍も大きい群青の色をしている。鋭い爪に、長い髭、蛇のようにうねる長い体には四つの手足が付いている。立派な角が頭に二本あり、春樹は太陽に反射して輝く鱗に目を奪われた。


「すみませんね、青龍。貴方にも春樹のことを知っていて欲しくて出てきてもらいました」


『春樹?……こいつのことか?』


尖っている爪を使い、春樹に指を差す。青龍と呼ばれた彼は誰よりも低い声で名前を呼び、蜥蜴(とかげ)を思い出させるような目をしている。ギョロリとひん剥くような目で見つめられた春樹は膝が震えていた。あまりの迫力に何も言えなくなっていると、陽斗が青龍に気軽に話しかけた。


「青龍のおっさん!久しぶりっすね!こいつ、俺の弟みたいなやつなんです!可愛いでしょ!」


『何だ、陽斗も居たのか。あと、おっさんと呼ぶのは止めなさい』


「いいじゃないですか〜!嬉しいでしょ?」


親戚同士の会話のように軽くやり取りをしている二人を呆然と見ている春樹。威厳のある風格で話をしているのだが、あまりにも陽斗との話し方に差があるのでこっちがハラハラしてしまう。すると、春樹の隣にいた悟が一歩前に出て頭を下げて話しかけた。


「お久しぶりです、青龍さん。お元気そうで何よりです」


『悟か。久しいな。お前も元気そうだな』


「はい、お陰様で。ありがとうございます」


昔からの知り合いのように話し始めた悟と青龍。二人の顔を交互に見て、「あの、これは一体……?」と現状の説明を求めた。すると、思い出したかのように「あ!」と大きな声をあげて陽斗が蒼の元へと駆け寄った。


「蒼さん!春樹にどれか一つ、術を見せてやってくださいよ!俺も見たいですし!」


「陽斗、そう簡単に言ってくれるけど、青龍が許してくれるかどうか……」


『あぁ、いいぞ。今日は気分が良い。それに、この新人にも見せた方が良いのではないか?』


「そ、そうですか?まぁ、貴方がその気なら良いですが……」


珍しく押され気味の蒼はまさかの快諾に戸惑いを隠しきれていなかった。改めて見ると青龍は地面から少し浮いている。上から太陽が照りつけているのだが、彼には影が出来ていないのを見て、目の前に見えるけど見えていないと言う不思議な感覚に陥っていた春樹。


彼らのやり取りを聞いてはいたが、違うことを考えていたので右から左に流れるだけだった。


「では、今から見せますね。くれぐれも!こちらに近づかないようにお願いしますよ!特に、春樹!貴方は好奇心で身を滅ぼす人だと思っています。ですので、必ず陽斗か悟の隣にいなさい!」


「は、はい!」


いつもより大きな声で注意されたことに目を見開いて、慌てて返事をした。隣にいた二人は笑って「そう言うことだ」と言って春樹の頭を軽く叩いていた。何処か納得いかない顔をしている春樹はしぶしぶ彼らの間に再び入り、大人しく立っていることにした。ちなみに間に入った瞬間に両隣から腕を掴まれて本当に動けなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る