第1章 承認

和国と華国の関係性は未だに仲違いをしている状態なのは他国でも有名な話。


独特な政治体制を敷いている二国は稀であり、注目の的でもある。その為なのか、下手に戦争を起こす事も出来ずにいるのが実の所である。もちろん、陰陽師も例外ではない。


複雑な事情を持っている二つの国はこの内情とは裏腹に、非常に素晴らしい特徴を持っている。それは、四季だ。


他の国と比較すると、綺麗に春夏秋冬が別れている為、移りゆく季節を気品のある言葉で色付けをしている。そして、これらの言葉たちを多く使用しているのが陰陽師であった。


「あの、式神って一つ一つ技とかあるのですか?」


「そうだねぇ。一括りとしては言えないけれど、あることはある、かなぁ」


「それなら、樹(いつき)も使えますかね?」


「あぁ、春樹の友達って言う彼?彼は私達と意思疎通が出来るから、きっと出来るよ。でも、練習が必要になるかなぁ」


筆を持ったまま、ふと思いついたように質問をする春樹。手先は少し赤くなっており、閉じているはずの襖からは冷え切った空気がするりするりと入ってくる。


何枚も単を着込んでいる姿は今の季節が冬の真っ只中であることを示しているようだ。手を摩りながら指導をしているのは海斗。陽斗はと言うと、他の用事で人手として駆り出されている。


「練習、と言うのは?」


「うーん、どう言う説明をすればいいのかな……」


「難しいんですか?」


「難しいって言うか、線引きがあやふやな所があるからねぇ」


悩んでいる姿を見つつ、学舎から出された課題やら何やらを解いている春樹。筆の速さは止まらず、山積みのようになっている紙類や巻物達はあっという間に減って行く。


海斗は春樹の課題を終わらせる速さに舌を巻きつつ、過去の自分と比較して落ち込んでいた。


「まず初めに言うけど、技、つまりは術を持っているのは意思疎通が可能な式神だけなんだ。そこで代表的なのは十二天将だね。彼等は一体ずつ術を十個持っているんだよ」


「十個もですか!?」


「そう、十個もだよ。なんせ、式神の最上級の位だからね。この術も師匠から次へ受け継ぐ者に一つ一つ教えるんだ」


「大変ですね……」


術についての話を聞きながら課題を進めていた春樹は手を止めた。術の多さに驚き、目を大きく開いている様子から想像以上だったのだろう。さも当然かのように話をする海斗は手が止まったのを見て、少し笑ってしまった。


同情するような言葉を発し、いかに十二神司が優れているのかを再び思い知らされるよう。


「仕方ないよ。それほど強力な術であり、同時に難しくもあるんだ。それよりも、ほら。手が止まっているよ?」


「あ、すみません……」


「それよりも、最近の学舎はどうなんだい?ほら、例の藤原家の子とは仲良くしてるの?」


「あ〜……それはですね……」


課題を進めるように促したのだが、直後の質問により筆が止まる。止まる、と言うよりかは強張るように固まってしまった。口をもごもごと濁すようにして、目線を逸らしている春樹。何かあったのか、すぐに悟ってしまった海斗。


「また、何かあったのか?」


「……いえ、逆なんです。全く何もしてこなくなって……それが怖いって言うか、何て言うか……」


重たく口を動かしつつ、学舎での状況を話し始めた春樹。初対面では啖呵切っていた彼が何もしなくなったのは、後九条先生と親しくしているのを見てからだった。


その時には既に他の生徒からの信頼が厚かった春樹は特に彼のことを気にすることもなかった。気づいた時には今の状況になっていたので良かったのかもしれないが、それはそれで怖いと思ったらしい。


「まぁ、手を出せないって思ったんだろうね」


「え?手を出せない?でもあの人、有名な貴族の子供だって……」


「そうなんだけどねぇ。世の中、それだけで上手く立ち回り出来たら苦労しないよ。流石にあの莫迦ばか息子も、敵に回してはいけない人間を分かってるようだねぇ」


ふふっと笑っている海斗の笑みは少し不気味に感じる。口元は上がっているが、目は笑っていない。彼の言葉を聞いた春樹は背中に嫌な汗が流れたのを実感した。


いつかも似たような思いをしたことが頭の中によぎり、「は、はは…」と頰を引きつらせて笑っていた。


「ま、春樹はそんなに深く考える必要はないってことだよ。それに、お前には大きな夢があるんだろう?」


「……!はい!」


「さ、勉学に励むんだぞ。少年よ!」


春樹の背中をバシバシ叩き、激励を浴びせるような振る舞いをする海斗。入ってきたばかりの時も、陽斗に同じように励まされたことも思い出した。元気よく返事をした後、外が暗くなるまで課題は続いた。










「さて、春樹くん。今日、君をここに呼び出したのは他でもない。今後の学舎でのことについてだ」


「は、はい」


「君はこの学舎をこの春で卒業しなさい」


「……え?」


長いようで短い冬の休暇が終わり、まばらに学舎から自分達の屋敷へ戻って行く子供達。その中に春樹はおらず、牛車へ向かう直前にこの学舎の長である後九条から呼び出しをされたのだ。


厳しい冬が少しずつ春への陽気へと変わりつつあるのを肌で感じながら、後九条の後を付いていく春樹。向かった場所はよく彼が利用する書庫の中だった。


初めて入った日と変わらず日の差し込みがほとんどないこの部屋では、今の寒さを更に引き立てるだけだった。凍っているような空気に鼻の奥が痺れるような感覚に陥る。


はぁ、と吐く息は白くなっているのを見て、室内の寒さを証明しているようだ。


「君に教えることはもうないよ」


「そ、そんなことはないです!俺、まだ先生から学びたくて……」


「ここにある全ての書物を読んだと言うのに?」


「……っ!」


図星を突かれたのか、春樹は目を大きく見開いた。大きく開かれた青い目は唯一入ってくる一筋の光が当たって、輝く海を思い出させる。


彼の学びたい姿勢は本心であるのは後九条も理解はしていた。しかし、彼の言った通り本当にこれ以上ここで教えることはないと判断したのだ。


「で、でも!ここは2年間あるって師匠が!」


「それは通常の場合ですよ。たまに、貴方のような子がいるのです」


「俺が、その子供だと……?」


「えぇ、おめでとうございます。君は、立派に卒業出来ますよ」


やっと慣れたと思った口調が元に戻っているのにも気付かないほど、春樹は取り乱していた。目の前で微笑んでいる後九条は先生の立場と、陰陽師の師匠としての立場、両方から出た言葉。


自分の生徒の成長を喜び、今まで見た中でも類を見ない成長の早さに感動している。


「既にこの事は蒼にも伝えてあります。君が、立派な陰陽師になることを期待していますね」


胸の奥底から溢れてくる気持ちを必死で抑えこもうと、春樹は上を向く。天井には所々蜘蛛の巣が張られているが、そんなものは霞んで見えた。久しぶりに目から溢れるものにどうすれば良いのか分からず、ただ上を向いて詰まりながら言った。


「ありがとう、ございますっ……!」


彼の姿を見た後九条は変わらず微笑んだまま、「いえいえ」とだけ言ってその場を去った。扉の閉まる音が聞こえた後に更に溢れてきた雫は春樹の頬をつたい、床に染みをいくつも作ったのだった。


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