第1章 優劣


立派な建物の中には豪華に飾ってある訳でもなく、至って簡素な作りだった。しかし、天井から吊るされた行燈あんどんが光を放っている。強くも弱くも無い灯りは仄かに天井から建物内全体を照らしている。


外が見える場所は一枚も無く、出入り口も先程通った所だけのようだ。外ではあまり見られない造りの建物なので、春樹は物珍しそうに見渡している。さながらお上りさんのようだ。


「そんなに珍しいですか?」


「え?」


「いえ、あまりにも周りを見ているので気になってしまいまして」


「す、すみません。自分が生きている中で見たことがないので……」


自分の弟子が他の事柄に好奇心を持っているのが嬉しく思ったのか、咎めることなく柔らかい笑顔で春樹に説明を始めた。


「そうですね。普通に暮らしていたら、このような造りの建物は見ないでしょう」


「そ、そうなのですか?」


「そうやで~」


「うわ!?い、いきなり目の前に出てこないでください!」


歩みを遅くし、春樹の歩幅に合わせつつ話を始めた。彼の質問に答えようとした時、先の方へ進んでいたはずの烏丸がもう一度春樹の前に現れた。


そのことに驚いているようだが、それ以上に二人の会話に入ってきたことに対する不快感が募る蒼。表情は崩れていないようだが、彼の纏っている空気が張り詰めた。


「烏丸さん、いい加減にしてください。和国の人間はのんびり過ぎてお好きではないのでしょう?」


「いやいや~、そんなことあらへんよ~ 自分、ちょっと自意識過剰なんちゃう?」


「ふふっ莫迦にするのがお下手なんですね。やはり、頭の中もお花でいっぱいなのでしょうか?」


「何を言っとるんよ~!いつまでも自分達が中心だと思っとるあんさんに言われたないわぁ~」



春樹を間に挟み、お互いに上から下まで舐め回すように見る。目を細め口角を上げているのだが、渦中の蒼の愛弟子は恐ろしくて上を見ることが出来ないようだ。


少なくとも、軽い声で話をしているのとは裏腹に、互いの腹を探り合っているのだろうと容易に想像が出来る。意を決して見上げてみると、そこには目尻を垂らしながも目の奥が笑っていない二人が。流石にこの二人の間に入ることが出来ないと確信した春樹はどうしようかと考えていると。


「二人とも何をしているんだ?春樹くんを困らせては駄目だろう?すまないな、未だに和国と華国の仲は良くないのだ。今から会う彼等も似たような感じだが、気にすることはないからな!」


「は、はい!」


近衛の謝罪と元気な励ましに釣られるように大きな声で返事をする春樹。はっきりと話す彼の声はかなり通るようで、天井の高いこの建物内に響いている。じゃれ合い、という名の探り合いをしていた二人は春樹が想像したよりあっさりとしていた。


「近衛さんに言われたらな~んも出来へんや~ん」


「すみません、私も少し大人気なかったですね。反省します」


「分かってくれればいいんだ!それが、この会合の意味だからな!」


素直に謝っている春樹の師匠は恥ずかしそうにしている。いつも九条邸ではおっとりとしており、感情の起伏がそこまで激しくない。そんな彼が見せた一面は、春樹が思っていたより過激だった。


烏丸も笑顔を崩さずに平然としているようだが、近衛の一言により蒼から距離を取るようにして先に進む。二人の話を真ん中で聞いていた春樹は呆気にとられるように立ち尽くしているだけだった。


「すみませんね、春樹。他の人はこのような人ではないので安心してください」


「ほんまよ~こんなに意地悪い人なんておらへんよ~」


蒼とは正反対に愉快そうに笑っている烏丸は再度、彼等の間に割り込んでくる。何も言わずに黙ってしまった蒼は一度烏丸に向けて微笑み、「ほら、行きますよ」と春樹の手を取って歩みを進めた。


すると、二人の話を聞いているのか聞いていないのか、建物内に響くほどの大声で叫んだ。


「ほら!もうすぐそこだぞ!気合を入れろよ!」


「はい、分かっていますよ」


「はいは~い」


適当に反応する烏丸と、丁寧に返事をする蒼。春樹の先を歩いている近衛と烏丸の更に先に大きな扉のようなものが見えた。


見慣れない形をしているそれは、出っ張っている丸い取っ手のようなものが付いており、近衛は慣れたように掴んで手前に引いた。


「ま、眩しい!」


開いた部屋の中からは、少し暗かった先程の場所とは異なる輝きが目の中に入って来た。反射的に目を隠し、目を光に慣れさせるためにまばたきをゆっくりする。徐々に室内の光に慣れてきた春樹は部屋の中を見渡した。


入る前に見た外見とは異なり、豪華な造りになっている。輝かしい灯りが天井から吊るされており、その下に置いてあるのは大きな円形の机。その周りにはいくつかの椅子があり、三つの席を残して全部の席が埋まっている。


彼等が座っている後ろには春樹達と同じような恰好をしている人が立っている。彼らは各自手にお盆を手に乗せ、更に上には湯呑や急須が乗せられている。まるで、陽斗と海斗が言っていた通りの様子だった。


「遅れてしまい、申し訳ございません」


「すまんな~少し遅れてしもたわ~」


「良いのですよ。時間にはまだ余裕がありますからね」


「お気遣いありがとうございます」


各自謝罪をすると、座っていた一人の女性が返事をする。暗い藍色の髪を高い位置でまとめて結ってある彼女は整った顔立ちをしている。春樹は彼女の姿を見惚れてしまったのか、凝視していると目が合った。


「あら、その子が春樹くんかしら?」


「は、はい!あの、どうして僕の名前を……?」


「そりゃあ君の師匠から」


「話を聞いているからね」


「え!?お、同じ顔が二つ!?」


確認するように聞いてきた彼女は柔和な笑みを浮かべている。鈴のような声で聞かれたことに対して体が固まってしまった春樹。その所為か、変に裏返った声で返事をした。


しかし、それよりも自分の名前を知っていることを不思議に思った春樹は素朴な質問をしてしまった。彼の質問に答えたのは同じ顔をしている二人の男。

よく見ると目元が違うように見えるが、髪型も声も服装も全て同じであるので驚きを隠せなかった。


「春樹、あの方々こそ以前海斗が話をしていた双子の十二神司ですよ。右側にいるのが嵯峨さがそらさん。左側にいるのが嵯峨さがりくさんです」


「「よろしくね、春樹くん」」


息を揃えて挨拶をした双子は声だけでなく、お互いの発言する瞬間も揃っていた。一人は垂れ目で、一人は少しつり目。若干だけ異なる容姿は目を凝らさないと分からないほどだった。彼らの挨拶に対して何も言わずにいると、横から蒼に突かれた。


「ほら、挨拶しなさい。あの二人から習ったでしょう?」


「あ、よろしくお願い致します!」


勢いよく頭を下げて挨拶を返し、変に心臓が荒ぶるのを落ち着けるようにした。恐る恐る頭を上げると、彼ら十二神司の後ろにいる人が全員睨むように春樹を見つめていることに気が付いた。背中に嫌な汗が垂れた感覚がして、すぐに違う方向へと目を逸らす。


「ほら、早く座ってくださいな。会合を始めましょう?」


「もちろんだ!今回は半年後に行われる親善試合について話し合うからな!」


不穏な空気、というか視線を感じ取ったのか先程の女性が口を開く。賛同するように今日の議題を発表し、自分の席へと向かう近衛。それに釣られるようにして蒼も烏丸も各自席についた。


春樹は慌てるように蒼の後ろに付いて行き、他の人と同じように席の後ろに立った。蒼の両隣は二人の男性だった。右隣には黒い眼鏡をかけた男性で、蒼までとはいかないが、背も高そうに見える。


更に左隣にはいかにも柄が悪そうな男性。入った時にはそこまで目立つことはなかったが、春樹が近付くとつり目の所為か、尖っている髪型の所為なのか、少々怖い印象があった。


「それでは、始めさせてもらうぞ!先程話していた親善試合のことだが……」


円形の机を中心にして各自椅子に座っている。近衛が座っている所は何やら境界線のように机に痕が付いている。遠くから見える範囲では、彼が座っている正反対の机の所にも似たような痕があるのが見えた。


春樹はなんとか見えないかと頑張っていたのだが、体を動かさないようにするのはかなり難しい。とりあえず、目だけ動かそうと顔を動かさないようにして周りを見渡す。


机の周りには合計十二人の陰陽師がいる。


彼らの頭の上には濃い紫色の烏帽子を被っており、後ろに立っている人たちも様々な色の烏帽子を被っている。ほとんどが濃い青色や赤色の烏帽子を被っている。


これがどのような意味なのか、春樹には何となく理解はしていた。初めて九条邸に来た時、教養を教えてもらうと同時に指導された内容を思い出していた。


『低い方から黒、白、黄、赤、青、紫の順番で変わってくるんだよ。それに加えて濃淡も関わってくるからね。』


(ほとんどが、上級の陰陽師ってことか……)


色どころか、烏帽子すら被っていない春樹はこの場ではかなり浮いている。本来ならば、ここに連れてくる弟子は将来彼等が持っている十二天将を継ぐことを期待されている人間がほとんどである、と行く前に海斗が耳打ちをしてくれた。


要するに、陰陽師でも何でもない春樹が易々と来られる場所ではない。


だからこそ、十二神司の付き添いで来た彼等はあれほどまでに睨んでいたのだ。未だに視線を感じる春樹は、他の人と目を合わせないように、手に持っているお盆や湯呑を落とさないように集中した。


「……これで以上だ。今後とも互いの国同士、理解を深めていきたいと思っている次第だ!俺から話すことは以上!他に何か話すことはないか?……お、月輪つきのわか。何かあるのか?」


周囲を観察していると、近衛が話し終わっていた。明朗快活に話を進めていく彼は手を挙げている一人の男性の名前を呼んだ。彼は蒼の右隣に座っている人であり、かけている自身の眼鏡を軽く押し上げた。


「えぇ、少し聞きたいことがありまして。……付き添いの方々は席を外して頂いても?」


目配せをした月輪と呼ばれた彼。眼鏡越しに見える彼の視線は鋭いもので、春樹だけでなく他の付き添い人達も怯んだように見えた。


急かすように「早くしなさい」と強めに言ってくるので、互いに顔を見合わせた彼等は足早に部屋を出ていく。春樹も同じように出て行こうとした時。


「春樹くん、君は残りなさい」


「え……」


「春樹、返事は?」


「は、はい!」


予想外の人から引き留められた春樹。返事が出来ないほど驚いてしまい、一瞬動きが止まってしまった。しかし、その後すぐに蒼からの強い言葉に反応し、なんとか返事をする。


他の付き添い人達は烏帽子すら被っていない彼が残るなんてあり得ない、と言った顔をしていた。納得できない様子の彼等は何か言いたげだったのだが、目の前にいるのは十二神司。


下手なことをすれば、陰陽師としての自分が消えてしまうので唇を噛むだけだった。


「ほら、他の人は退出してください」


「は、はい……」


一人一人、出て行く時に頭を下げ、そのまま全員が退出した。最後の一人が出た後、鈍い音を立てて扉が閉まった。春樹は「残れ」と言われた瞬間から一歩も動かなかったので、蒼の後ろで立ったままだった。どうすれば良いのか分からず、頭の中は真っ白になっているようだった。


「……さて、全員出て行きましたね?皆さん、わざわざ付き添い人に出て行ってもらって申し訳ございません」


「いや、大丈夫だ!ここにいる全員が、何故彼が残っているのか分かっていると思う!」


「えぇ、もちろんですよ」


「当たり前や~ん」


口々に言っている彼等の賛同の声。春樹は理解が追いついておらず、目を白黒させている。蒼は何も言わず、にこにこと微笑んだまま。彼の隣である月輪は話を続けた。


「春樹くん、君に話があります。少し、良いですか?」


「は、はい……」


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